四、鼻梁（愛玩）　甘やかされてると思う。大包平のいない布団の中で、小竜は目を覚ます。夜はまだ深い。大包平はいつも、朝、ギリギリまで、布団の中で小竜を抱きしめているのに、どうしたのだろう。だか部屋に大包平の気配はする。大包平が居たのは、小竜の部屋の唯一外を向いた、障子の先の濡れ縁だ。庭は小さな、寂しい庭だった。手酌をしているかと思ったが、そうではない。月も見えない庭の何を見ているのだろう。
「ああ、起こしてしまったか。」
大包平は障子を閉める。そこで、小竜は思い出した。明日は大包平に召集がかかっている。眠気覚ましに風に当たってたということか。
「大包平。こっちきてよ。」
甘えているのは、自分の方かもしれない。こちらに向かってくる大包平を見ながら、小竜は思った。
「めずらしい。」
「別に誘ってるわけじゃないよ。」
「それくらいわかる。」
それでも、ちょっと期待していたのか、言い返した大包平の頬が赤い。
「手を握って。」
小竜が手を差し出す。大包平は力強くその手を握り返した。
　いつまでもこうしているわけにはいかないのに、二人は何となくつないだ手を離さなかった。大包平は横になっている小竜の髪を空いた手で梳いている。大包平の熱い手と、髪を撫でるゆっくりとした手つきに、小竜のまぶたが重くなる。
「大包平。」
小竜は名残惜しそうに大包平の手から、自分の手を離す。指先が離れる時、大包平の指先が曲がって、小竜の手が離れていくのを、わずかに拒んだ。
「明日は、早いんだろう？俺も眠くなってきたから、自分の部屋に帰るといい。」
大包平はまだ何か言いたそうだ。早くと小竜が急かすと、大包平は観念したように、小竜に口付けた。
「行ってくる。」
「見送りは必ず行くから。」
その言葉を聞いて、大包平はようやく、小竜の部屋を後にした。

　部隊が無事に帰ってきたのを、喜ぶ仲間たちから少し離れた場所で小竜は見届ける。じっと見ていると、視線を感じたのか、大包平と目が合った。それを確認して、小竜はその場から離れた。
　大包平の部屋に行くために小竜は廊下を歩く。
「なに？」
後ろから抱きしめてきた大包平には、まだ戦の匂いが残っていた。
「怪我はない？」
「当然だ。」
「無事でよかった。」
小竜はほっと胸を撫で下ろす。出陣するときも帰還したときも、小竜はいつも同じように不安を隠して見送り、帰ってくれば、同じように安堵する。それは、大包平とて同じだろう。戦場と大包平の匂いに、小竜は目を細めて、陶酔する。
　そうしてる間に、大包平は武具をつけたまま、小竜を抱き上げた。
「……ちょっ……待って、俺も太刀なんだけど。」
身長も同じくらいだし、小竜もそれなりに力が強い。手合わせでは、稀に押し負けることはあっても、いい勝負ということだ。なのに部屋までの短い距離を大包平は、小竜を抱えたまま大股で歩く。
「恥ずかしいから降ろして。」
両足をばたつかせる、小竜の言葉を無視して、大包平は自室に進んでいく。小竜は振り落とされないように、大包平の首に手を回した。
「嫌だ。」
「なんで？」
行くところは同じなのだ。別に抱きかかえる必要などないだろう。
「少しでも、おまえを感じていたい。」
大包平は、すりっと小竜に頬ずりする。小竜は何も言えなかった。　
「俺がしたいんだから、いいんだ。」
大包平は、小竜の鼻先に口付けた。