透明化の禁書「どうしておまえはいつもいつも……」
「貴様が俺に指図する筋合いはない!」
そんな叫び声がサタンの部屋から溢れ出る。いつもの光景。普段と同じ日々。
どうしてこの馬鹿は進歩しないのかと頭を抱えるが、それでもこうして俺に対する反抗心を向けてくれるとどこか安心する部分がある。シャーシャーと猫のように威嚇するおまえを見ていると、きっと明日も同じ日を繰り返すことになるのだろうと安堵する。
「おい! 聞いているのか!」
「聞いてるぞ。で、なんだ?」
俺の返事にサタンの表情が更に険しくなる。サタンの手が俺の方に伸びてきた。
「やはり聞いてないだろう!!」
そう言って俺の胸ぐらを掴んだサタンはそのまま…… バランスを崩して俺の方に倒れてきた。俺もまた同じように倒れてしまい……
二人同時に、何かの本に触れた。
まばゆい光が、俺とサタンの二人を包み込む。
俺が目を開けると、サタンは俺からやや距離を取ったところに座り込み、顔を真っ青にしていた。
俺はそんなサタンをじっと見つめ続ける。
「……おい、どうした。そんな青い顔をして」
俺の問いかけに、サタンはこちらをじっと見た。相変わらず青い表情のままではあるが、先程よりはやや安堵の色が宿る。
「おまえには俺が見えているのか。……よかった」
最後の方はほぼ独り言のような言葉だった。聞こえなかったフリをして、俺は先程触れたであろう本の方に視線を向ける。
「……透明化の禁書、か」
つまり、俺とサタンは透明になっているということだ。二人同時に触ったから、俺とサタンの間だけは互いが見えているということだろうか。
「ふむ……」
俺は少し考え込む。どうせ半日は禁書の効果で姿が見えないのだろう。おそらく声も、聞くことはできないはずだ。
「ちょっとこっちにこい」
そう言ってサタンの手を取り立ち上がった。
* * *
ライブラリに俺とサタンは向かった。相変わらず、レヴィはゲームをしていて、ベルフェはソファで寝転がっている。
「おい。こんなところに連れてきて何をするつもりだ!」
サタンがそう叫ぶが、レヴィもベルフェもこちらを向く気配はない。俺は確信した。俺たちは今、姿も見えなければ声も聞こえていない、と。
「どうやら、俺たちの姿も声も、こいつらには認知できないようだな」
そういってサタンに笑みを向けると、サタンが眉をひそめて困惑の表情を浮かべた。
「……本当か?」
サタンの問いかけに、俺は頷く。
「試しに側転でもしてみるか?」
俺はそういうや否や、サタンの手を離し、その場で側転してみせる。服の擦れる音。着地音。どれもそれなりの音がなっているはずだが、ライブラリにいる二人は気づく気配がない。
「…………本当に、見えてないし聞こえてもないんだな」
そう呟いたサタンも、俺の隣で側転を試みた。
……が、サタンはバランスを崩して俺に向かってぶつかってくる。
「ま、まて……!」
サタンの勢いのせいで、そのまま本棚にぶつかってしまった。綺麗に並べられていたはずの本が、山のように俺たちの上へと降り注ぐ。俺は慌ててサタンを抱き寄せ、降り注ぐ本からサタンを守った。
「な、なんだ? 突然、本棚が揺れたぞ……?」
「うーん……? ポルターガイストでもいるの……?」
レヴィとベルフェのそんなやり取りが聞こえてくる。とはいえ、片付けるのが面倒だからか、二人ともこちらに近づいてくる気配がない。
「……あとで、片付けるかぁ。いま、いいとこだし」
「……ぼくも、まだ……ねむい……」
そう言って、こちらを見ていたであろう二人の視線は各々の目的のほうへと戻っていった。
一方、俺はサタンを抱き寄せたまま、二人して本の下敷きになっている。
そんな俺を、サタンははねのけようと一生懸命に腕に力をこめていた。
「おまえに守ってもらわなくても平気だ!」
「……ふっ。素直じゃないな。『守ってくれてありがとう、お兄様』と言ってくれていいんだぞ」
俺の言葉にサタンの顔が赤くなる。
「誰がそんなこと、いうか! 早く離せ!」
再びシャーシャーと威嚇する可愛い猫に戻ってしまった。本当に、いつになったら素直になるんだか。
「それでも、俺はおまえを愛してる」
そう言いながら笑みを見せると、サタンの顔が更に赤く染まった。
腕の中から抜け出そうと抵抗を諦めた替わりに、サタンは両の手で俺の両頬を外側へと引っ張った。
「おまえのその減らず口を、少しでも減らすにはどうしたらいいだろうな?」
サタンの引っ張る指先に力が入る。そのまま無理矢理、俺の顔はサタンの顔へと引き寄せられた。
頬が痛い。本がぶつかった場所も痛い。
それでも今触れている唇は、そんな痛みを忘れてしまうほどの柔らかさだった。