行く先を パイロットが振り返り、口角を持ち上げまなじりを下げる。笑顔――コピーされた笑顔。
「どうした、相棒?」
ごく自然な、おそらく自然と思われるような問いかけ。私が答えずにいると、パイロットは再び同じ問いを投げかけた。全く同じ口調で。あと何回繰り返したら次の段階に行くのか、私は知っている。予測したままに。
シミュラクラム用義体に、当機パイロットの情報、性質、戦闘効率評価、ニューラルリンク情報、その他私が持ちうるデータを詰め込んだ。出会ってから×年×ヶ月間の記録、そのすべてを。
私は知っている。パイロットを。パイロットのことならば、私はありとあらゆることを知っている。どう考え、どう行動するのか。
平均よりわずかに高い体温を。明るく、熱しやすく冷めやすい性格を。中~近距離射撃を得意とし、狙撃は苦手とすることを。酒保のダーツゲームのスコアボードはいつも上位にランク入りしていることを誇り、しかし一位にはなれないことを。チームメイトと犬と私とで写した記念写真を手放さないことを。そのバイタルが失われる直前、シートに頭部をこすりつけたことを。私は知っている。私は知っていた。
《パイロット》
「どうした、相棒?」
けれど、あなたは帰ってこない。あなたの行く先を、私は知らない。
左脚部第二関節及び左上腕油圧系に異常を検知。機体ダメージ五十六パーセント。残弾数わずか。パイロットのバイタル低下、フェンタニル及びニフェジピン投与量限界値。
内部カメラがとらえるパイロットの姿は、私の歩みに力なく揺れている。私の呼びかけに、かろうじてうめき声をあげる。応援部隊の到着まであと八分。
三分経過。パイロットの頭部に動きがあり、シートに圧力を検知。間もなくパイロットの心肺停止。呼びかけ、反応なし。カウンターショック施行、波形回復せず。瞳孔散大。消失/欠損/××?/××?/××?
シートから血液が滴っている。洗浄前にMRVNに回収を要請しなくては。task#104:パイロットへ体液の返却。
(データストレージより、×時間前の記録を抜粋。)
返却不要。パイロット再構築を検討。
空の棺を前に、立ちすくむパイロット。ルームメイトの遺品が入れられた箱を手に、零れ落ちる涙をぬぐう。悲しみ/怒り。
見かねた上官がその肩を抱き、パイロットを促す。パイロットはようやく頷き、箱を棺へと納めた。肉体の代わりとして。棺の蓋が閉じられる。同部隊員たちがバッジを手に並び、順々に蓋へを打ち付ける。最後に当機のパイロットも、同じようにバッジを打ち付けた。そのバッジには赤い汚れがついている。
気を付けの命令に、私は両機とパイロットらとともに並び立った。パイロットの握りしめた手から、赤い雫が滴っている。負傷?
(データストレージより、×日前の記録を抜粋。)
メモ:手の負傷は完治。戦闘効率評価に影響なし。ストレス値及び心理傾向の変化に注意。
パイロットが整備士へ要望を言い立てている。交換弾倉の位置を調整、四肢関節に使用するグリースはVD社のものでも構わない、でもハッチ開閉部のヒンジに使用するものは虎大のものでなくては、等々。
パイロットが振り返る。「相棒、おまえもそう思うだろう?」
グリースによる影響は誤差の範囲内。どちらでも構わないので、パイロットに同意した。整備士は肩をすくめてMRVNへ指示を出す。パイロットは鼻歌を歌いながら、私の外装パーツへのワックスがけを再開した。上機嫌/快適/満足。
(データストレージより、×週間前の記録を抜粋。)
ガントレットを駆け抜けるパイロットを、私は観察する。一度も足を止めることなく、コースA-11を二十八・三四秒で通過。ゴール地点で待機していた私の元へと跳んでくる。ヘルメットを取り、私を見上げる。普段よりも眉と口角が持ち上がっている。笑顔。
「どうだった?」
私は答える。
《お見事です、パイロット。前回の記録を一・一三秒更新》
パイロットはガッツポーズをし、こちらへ手のひらを掲げた。あれは『ハイファイブ』という、主に人間がお互いの手のひらを叩きつけ合う行為。挨拶、あるいは賞賛や肯定的な同意を意図した仕草。私は応じず――当時の私はそれを知らなかった――続けて言った。
《ただし、射撃命中率は約6パーセント低下。仕留め損ねたダミーはいませんが、スピード、命中率ともに上げることを推奨》
パイロットは少し眉根を寄せ、肩をすくめた。不満、落胆の表出。
(データストレージより、×ヶ月前の記録を抜粋。)
検討事項:私はハイファイブに応じるべきだったのか? 私の手は人間と比較して巨大に過ぎ、出力を間違えればパイロットごと弾き飛ばしてしまう可能性がある。だが応じるべきだったのか。手を差し出すだけでも。そうすればパイロットは。
スリープ解除。足元に当機のパイロット予定者を確認。ひざまずき、身体特徴を視認。大きく目を見開いている。頬のこわばり。対象をスキャン:心拍数の増加、血圧上昇。緊張/興奮/歓喜?/恐怖?
理解不能。要観察およびデータ収集。
「はじめまして、××・××だ」
《はじめまして、パイロット。××‐××です。まずはニューラルリンクの構築を。どうぞ、搭乗を》
私はハッチを開き、パイロットをコクピットへ収めた。ハーネス固定。ニューラルリンクの構築を開始。
プロトコル・ワン:パイロットとリンクせよ――リンク完了。
「よろしく、相棒。××って呼んでもいいかな?」
《もちろんです》
プロトコル・ツー:任務を執行せよ――戦闘効率評価の報告。
《新規任務を確認。当機との戦闘効率評価テストを開始します」
「了解。シムポッドへ接続」
《接続完了》
プロトコル・スリー:パイロットを保護せよ。
《テスト環境構築完了。パイロット、あなたは私が守ります》
「頼りにしてる。さあ、やってやろうぜ」
(データストレージより、××前の記録を抜粋。)