会いたい 最近お兄ちゃんに彼女ができた、と名探偵ルナは睨んでいる。なんでそう思ったか、順を追ってご説明しよう。ヒナちゃんに教えてもらった探偵ドラマが面白かったから、探偵風にお送りします。
最初に気づいたのは、出かける時のお兄ちゃんの変化だった。お兄ちゃんが出かける時、今までは必ず誰と遊びに行くのか教えてくれた。八戒とかドラケンとか私も知ってる人の時はもちろん、会ったことがない人の時でもちゃんと名前を言ってくれる。でも最近、誰と遊ぶか言わないことが増えてきたのである。私は、その日は彼女と遊んでるんじゃないかなと踏んでいる。
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「ルナ~マナ~。明日兄ちゃん出掛けてくるな。夕飯は作っといたから、悪いけど明日は二人で食べてくれるか。」
お兄ちゃんが高校生に、そして私が中学生になってから、お兄ちゃんはだんだん自分の時間を取れるようになってきて、友達と夜ご飯を食べてくることも少しだけど出てきた。それでも、私達の分のご飯は絶対作ってくれる。
「分かったー。ご飯なに作ってくれたの?」
「肉じゃが。二人とも好きだろ。」
お兄ちゃんの肉じゃが! って一瞬目的を忘れそうになったけど、ここはちゃんと聞かなければならないところ。
「ありがとう! ねぇ、明日は誰と遊ぶの? 八戒?」
「あー…新しく出来た友達。」
「へぇ、高校のお友達?」
「まぁ、そんな感じ。」
きた! 明日は恐らく彼女と遊ぶ日だな。もう少し探りを入れよう。
「んで、今日の夜ご飯は鮭のムニエルな。」
「やったー!」
ここから私の心はあっという間にムニエルに囚われてしまった。不覚…!
夜ご飯を食べ終えて皆でテレビを観ていると、お兄ちゃんの携帯が鳴った。着信を見てお兄ちゃんの顔に笑顔が浮かぶ。ハッと名探偵の勘が働く。これは彼女だな。
「兄ちゃん、ちょっと外で電話してくるな。」
すぐそこにいるから! と準備もそこそこに出て行ってしまう。いけないこととは分かりつつ、私はどうしても気になってしまって窓を開けた。お兄ちゃんは私達の様子が分かる様に、この窓が見えるところで電話をしてるのを知っている。案の定、開けた窓の隙間からお兄ちゃんの楽しそうな声が聞こえてくる。
「もしもし、お疲れ。そっちどう、勉強大変? ……ぶっ、あはははは! 大寿くん迫力あるもんなぁ。普通の人は隣に座るの勇気いるんじゃん? …やべえ、周りが空席のなかで大寿くん一人だけ座ってるの、想像しただけで面白すぎて…! あ、ごめんもう笑わねえから! …うん、大寿くん話すとこんなに面白えのにな。周りが大寿くんの良さに気づかないのはちょっと残念。……嬉しいこと言ってくれんじゃん。じゃあ明日はいっぱいオレと遊ぼ。…うん、オレの方もボチボチ。課題終わったからゆっくりできてるよ。そう、この間なんかさー…」
電話のやりとりを聞いて、私はちょっとびっくりした。
お兄ちゃんは基本的に人の話を聞くことが多くて、こっちから聞かないとあんまり自分の話はしてくれない。それは私達にだけじゃなくて、八戒やドラケンの時もそう。だから電話の相手に進んで自分の話をしているお兄ちゃんの声を聞いて、私は知らないお兄ちゃんを見た気がして、なんだかドキドキしてしまった。これは有力な証拠だ。お兄ちゃんがそんな風になる相手って、一体どんな人なんだろう。
お兄ちゃんが電話を終えて家に戻ってくる。マナはとっくに寝てしまって、今はお兄ちゃんと二人。証拠は十分。聞くなら今しかない。
「お兄ちゃんさぁ、彼女できた?」
「…へ?」
私の突然の質問に、お兄ちゃんは固まってしまった。
「な、なに言ってんだよ急に。」
「しらばっくれないで。名探偵ルナの推理によると間違いないんだから! 証拠もあるの。」
「…探偵ってナニ。」
設定に若干呆れつつも、お兄ちゃんは私の話を聞く姿勢になってくれた。お出かけのことやさっきの電話についてを話す。電話は聞いちゃってごめんなさいって謝って。
こうして話をしているうちに、お兄ちゃんは顔を両手で覆ってしまった。
「…オレ、そんなに分かりやすかった?」
「自覚ないんだ。」
「今ルナに言われて気づいたんだもん…。」
そう言ったお兄ちゃんは、恨めしそうに私を見る。ほっぺが赤く目も少しうるうるしてて、身内から見てもちょっと可愛いと思ってしまう。
「いきなりごめんね。でも、お兄ちゃんがそんな風になる人ってもう彼女しか思い浮かばなくて。…私とルナの面倒見るために彼女との時間取れなかったりしたら嫌だから言ってほしいなって思ったの…。」
名探偵ルナ! なんて言ってたけど、お兄ちゃんに彼女がいるか気になっていた理由はこれ。私もマナも大きくなって、お兄ちゃんにはもう自分の幸せを掴みにいって欲しかったし、私達のためにこれ以上我慢してほしくなったから。
「大寿くんはそれを嫌だっていう人じゃないから大丈夫だよ。」
顔は赤いままだったけど、お兄ちゃんが気にしてくれてありがとうなって私の頭を撫でる。
ん、今大寿くんって言った? そういえばさっきすごく楽しそうに電話してた時も、その名前を呼んでいた気がする。あれ、お兄ちゃんの好きな人ってもしかして…
「なんならまだ付き合ってすらないし…。」
この一言で、お兄ちゃんの好きな人問題は吹き飛んでしまった。
「え、まだ付き合ってないの?!」
「あ――もうこの話終わりな!」
そう言って強引に話を切り上げようとするお兄ちゃんに待ったをかける。あんなに楽しそうな姿を見ちゃったら、ここで引き下がるわけにはいかない。
「なんで付き合わないの? 向こうにもう恋人がいるの?」
「いないはず…だとは思うけど。」
「それなら告白、しなよ!」
「…うー…。」
力強く言うと、お兄ちゃんは頭を突っ伏してそのままぽそぽそと喋り始めた。
「断られて今の関係壊れるんなら、大寿くんとはこのままでも良いなって…。」
初めて見る弱気な姿に、私はびっくりしてしまう。大寿くんのこと本当に好きなんだな。ていうか、さっきからもう相手が大寿くんっていう人だって隠す気無いね。
「お兄ちゃんらしくないなぁ。いつもの喧嘩上等! って勢いはどこいっちゃったの。」
「…だってよぉ…。」
焦ったいなぁ、もう!
「関係性壊れちゃうのが怖いっていうけど、もし大寿くんが別の人と付き合った時に、お兄ちゃんは今の関係性のままでいられるの。」
「…っそれは、出来ないかも…。」
「だったら! 『恋愛は最初に告白する奴だけが本命と戦える』って、こないだ千冬から借りた漫画に描いてあったよ。当たって砕けろだよ!」
こんなこと言ってるけど、私は実際は大寿くんって人は脈アリだと思っている。あんなに頻繁に会ってるのにマメに電話くれてるみたいだし、それってもう結構お兄ちゃんのこと好きだよね。これは探偵じゃなくて女の感。
次の日、お兄ちゃんは鏡の前でほっぺを叩き、うしっ! って気合を入れて出掛けて行った。頑張れ、お兄ちゃん。
それからは私の方が一日落ち着かなかったけど、帰ってきたお兄ちゃんが満面の笑みでVサインをしてきたから、二人でひっそりとハイタッチをした。
――
「ルナは二人の恋のキューピッドで名探偵なんだから、恋人さんに会う権利があると思うの。会いたい! 今度家連れてきて!」
それからしばらく経ってから、大寿くんと出掛けてくるな、って未だに照れながら言うお兄ちゃんにとうとうお願いをしてみた。
「あー、えーと…。」
何故かお兄ちゃんは気まずそうに笑ってほっぺを掻く。
「えぇ、なんでそこで渋るの。もう散々相談したくせに!」
お兄ちゃんの照れ屋! って怒っている時に、お兄ちゃんが気まずそうしてる理由は別にあると、また名探偵の勘が働いた。
お兄ちゃんの好きな人は間違いなく〝大寿くん〟。きっと、大寿くんは男の人だ。世間から見たら、普通じゃないと言われるこの恋を私たちが受け入れられるか、きっとお兄ちゃんは不安なんだろう。そんな心配いらないのに。私にとって一番大事なのは、お兄ちゃんが幸せになることだから。伝われ! って思いながら口を開く。
「大寿くんによろしくね。」
「…え、なんで?」
「あれだけ話してるなかで大寿くん大寿くん出てきたらそりゃ分かるよ!」
てかやっぱり口に出してたの無自覚だったんかい! テンパってるお兄ちゃんを遅刻するよ! と背中を押して外へ出す。
「ルナごめん、あのな…」
「私、お兄ちゃんのあんな顔もあんなに悩んでるところも初めて見たの。」
お兄ちゃんの言葉を遮って話す。なにも悪いことしてないのに、お兄ちゃんは謝るだろうなって思ったから。
今まで私達のためにたくさんのことを我慢してきたお兄ちゃん。お兄ちゃんには、これからたくさん幸せになってほしい。あの顔を見たら、お兄ちゃんの幸せには大寿くんが必要だってよーく分かってしまったので。
「だから私も、今度大寿くんに会いたい!」
「…うん。」
行ってきますって言って、お兄ちゃんはぎゅっと私を抱き締めた。中学生になってからはこんなこと全然無くなったので何だかこそばゆい。でもお兄ちゃんが少し震えていたから、私も強く抱き締め返した。大丈夫だよ、お兄ちゃんが誰と結ばれたって私達はお兄ちゃんが大好きだよっていう気持ちを込めて。
――
約束通り、後日お兄ちゃんは大寿くんを家に連れてきてくれた。あまりの大きさにびっくりして一瞬固まってしまったけど、家の柱におでこを強打した大寿くんを見て、なんだか仲良くなれそうだと思った。イケメンだし。大寿くん、これからどうぞよろしくね。