守り守られ共にあれ 八つ時も近く、くぅくぅと軽く腹が鳴る。そろそろプロが作っているであろうおやつが出来上がる頃合いかと以前手に入れた戦利品を愛でる手を休め腰を上げた時だった。突然ブーッ、ブーッとけたたましいサイレン音が本丸中に鳴り響く。
「何事だ!?」
慌てて部屋の襖を開ければ結界で守られているはずの本丸内に遡行軍が侵入してきているのが確認できた。
「なっ…。」
突然の出来事に思考が止まりそうになるのをなんとか押しとどめ、本体を持って主人の元へと向かった。その道中で何体か斬り伏せたが、斬り伏せた以上に敵が侵入してきているようで追撃の手は強まるばかりだった。
「大般若君!こっち!」
「悪いっ。」
己を呼ぶ燭台切がいる部屋へ滑り込むような形で入れば、ぴしゃんと襖が閉まって結界が張られる気配がした。一旦、一息をついてから部屋の奥に居る主人へと声をかける。
「状況は。」
「見ての通りだ。本丸内に遡行軍が侵入。短刀達の話によれば結界に複数の穴が開いていてそこから入り込んでいるらしい。修復したいが何分敵の数が多く手が回らない。」
「一旦ここに来てくれた子達には指示を飛ばして戦闘してもらっているけれど、このままではじり貧だね。」
「そうか…。」
「それで、大般若にも戦闘に参加してもらいt…「すまない、小鳥!一振の手入れを頼む!」誰が負傷した!!?」
襖に映り込む影に、嫌な予感がして許可をもらって開ければ中傷状態の小豆と共に、彼に肩を貸す山鳥毛が転がり込んできた。
「小豆…。」
主人の前に放り出すように担ぎ込まれた小豆の様子は、重傷とは行かないにしても至る所に切り傷があり、さらに足を切られ歩けはするが、満足に動けるような状態ではなかった。それでも外へと戦いに行こうとする小豆を山鳥毛が止める。
「山鳥毛、わたしはまだたたかえる。」
「言っている場合か。その足では足手まといだ。普段の君らしくもない。」
「そうですよ。手伝い札使ってすぐ直すので戦闘はその後です。」
「しかし、こうしているあいだにも…。」
「小豆長光。」
「うぅ…。」
「はいはい、さっさと直しますよー。」
審神者が手伝い札と資材を使用し、手入れを施す。いつ見てもどういう原理なのかはよくわからないが、今は関係のないことだ。
「これで大丈夫です。刀装はまだありますか?」
「だいじょうぶだよ。ありがとう。」
「では行くか。小鳥よ、おそらく入れ替わりで傷ついた者達が連れてこられるだろうから、対処を頼む。」
「分かりました。ご武運を。」
「俺も行こう。人数はいた方が良いだろう?」
前線に戻ろうとする上杉の二振についていこうとすれば小豆に止められた。
「きみはここで主をまもっていてくれる?」
「燭台切もいるんだ。今は戦う手が少しでもあった方がいいだろう。」
「いいから。大般若、たのむ。」
聞いたこともないようなドスの聞いた低い声でそう言われてしまえば、思わず身がすくんでしまう。実戦刀の覇気は、こんなに恐ろしいものだったか。
「言葉が足りんぞ。小豆長光。一旦冷静になれ。」
「れいせいだよ。わたしは。」
「どこがだ。」
べしっと山鳥毛に頭を叩かれ苦言を言われれば、小豆はむすっとした顔で受け答え、そのまま出ていってしまった。
「すまないな、大般若殿。アレは大分焦っているらしい。」
「だろうなァ…。」
「だが、アレの気持ちも分からないでもない。焦るほどに守りたいらしい。猫の手も借りたいところではあるのだが、負傷した者達の退路の確保も重要でね。頼めるだろうか。」
「そういうとこだよあいつは…。退路の件、承った。」
「ありがとう。頼んだよ。」
「あぁ。」
小豆の後を追いかけるように前線へと戻っていった山鳥毛を見送り主人の方へと振り返る。
「だ、そうだがそれでいいかい?主人。」
「頼んだ。手入れが出来なければ消耗する一方だからね。援軍も要請したからそれまで耐えてほしい。」
「分かった。行ってくるよ。」
「気を付けてね。」
主人と燭台切に見送られ、己に課せられた任務をこなすべく戦場へと降り立った。
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遡行軍による襲撃から数時間、政府からの援軍もあり戦況は好戦へと傾き本丸の結界の修復も完了した。残党も程なく対処し終えるだろう。戦線離脱者の退路の確保という役目も殆ど終わったようなものだろうと、一息ついて刀を鞘に納めた。前線でなかったとはいえ、戦闘がなかったわけではないので軽い切り傷程度の怪我を負ったが問題はないだろう。
「大般若!」
俺を呼ぶ声がしてそちらを振り向けば、俺よりも怪我を負っている小豆がこちらへと走ってくるのが見えた。
「小豆。終わったのか。」
「あぁ、もんだいないよ。みなぶじだ。」
「そりゃよかった。」
「きみは…。」
小豆は、俺の傷を見て悲しそうな顔をして、そっと傷へと触れた。
「きみのきれいなかおや、からだにきずが…。」
「戦っている以上、傷の一つや二つは出来るだろう。」
「わたしが、きみがきずつくのをみたくないだけだよ。」
「そっくりそのまま返してやろうか。俺だってあんたがボロボロになってるのを見たくはないんだが。」
「う…。けど…。」
ばつが悪そうな顔をする小豆になんとなくイラっと来て一発グーで殴ってやった。
「いたいのだぞ。」
「痛くしてるからな。確かに俺はこうして本丸に顕現するまでは、あんたほど戦場に出たことはない。だが、刀剣男士として戦いに身を投じて、練度も上げている。まったくの箱入りじゃないんだ。あんたに守ってもらう程弱くはない自負はあるぞ。」
「それは、そうだけれども…。」
「俺は、そんなに信用がないか?」
「そんなことはないのだぞ!」
声を荒げて、否定をする小豆に諭すように話す。
「あんたが俺を大事に思ってくれてることも、実際大切に扱ってくれてることも分かっている。けれどな、それは俺だってそうなんだよ。あんたが大事だから、守りたい。それは、尊重してもらえないか?」
「…ぜんしょはする。」
「そうしてくれ。俺だって守られるだけは嫌なんだ。」
「うん…。」
しょんぼりとしてしまった小豆の頭をぽんぽんと撫で、手入れ待ちの列に向かって背を押す。
「さ、立ち話はここまでにしてまずはあんたの怪我を直してもらいに行ってきな。今のままじゃ、乳繰り合えもしないだろう?」
「きみねぇ…。ひとがきいてるかもしれないところでいうことばではないのだぞ。」
「あんただって待ちきれないだろう?」
「それはそうだけど。」
「スケベだな?」
「むぅ…。きみだってひとのこといえないだろう。」
「まぁな。という訳で俺の為にも直してこい。部屋で床整えて待っててやるから。」
「わかった。まってて。」
そう言って手入れ待ちの列へと歩いていく小豆を見送ったと思ったら、何かを思い出したかのように駆け足で戻ってくる。何事かと思えば、ぎゅっと抱きしめられたうえでキスをされた。
「なっ…。」
「わすれもの。ぶじでいてくれて、ありがとう。」
「ったく。あんたも、無事でよかった。」
キスをし返せば、小豆はふにゃっと笑って今度こそ手入れ待ちの列へと並びに行った。本当にそういうところだぞと思いながらも床を整える為、部屋へと帰るのだった。