春夢 見事な桜が咲き誇る地で、兄弟で恋刀でもある小豆と共に歩く
暫く進めば、トーハクの仲間が己をを呼ぶ声が聞こえる
今行く、と手を振り返事をして歩を早めた
「げんきでね、どうかしあわせに」
「え?」
不意に聞こえた言葉にバッと後ろを振り向けば花吹雪が強くなり、思わず目を瞑る
再び目を開けたときには、小豆の姿はどこにもなかった
まるで、花吹雪に攫われてしまったかのように
*
「…はんにゃ。大般若!!」
「はっ…」
身体を揺すられ、名を呼ばれ、意識が一気に現実へと戻ってくる
起こしてくれた犯人は件の小豆で、つい先ほど見た光景が夢であったと知る
「夢、か…」
「だいじょうぶかい?だいぶうなされていたよ」
「あ、あぁ…大丈夫、だ」
「とりあえず、かおをあらっておいで。だいぶひどいかおをしているよ」
布団を片付け先に部屋を出ていこうとする小豆の服の裾を思わず掴めばどうしたの?と戻ってきてくれた
「小豆…小豆…」
腕を伸ばせば手を取られ、ぎゅぅと抱きしめられる
「わたしはここにいるだろう?」
「どこにも、行かないよな?」
泣きそうな顔でそう問えば、小豆は眉を下げ悲しそうな笑顔を浮かべ、何も答えてくれなかった
その行動が、小豆の答えを示しているようで、酷く心をえぐる
「小豆…」
「ごめんね?」
代わりと言わんばかりに先程よりも強く抱きしめられたが、それが余計に辛くなって小豆の胸に顔を埋めた
*
悪夢を見た次の日以降、妙に小豆に避けられるようになった
食事の時や内番、戦闘なんかはいつも通りなのだが二人きりになることがなくなった
理由を問うても答えてくれない姿にもやもやが募っていく
どうしたものかと、考え、とりあえず昔から小豆を知っている短刀達に相談してみることにした
「心当たり、ですか」
「あぁ…」
「この時期だから…かもしれませんね」
「あぁ、そういえばもうそんなじきだったね」
「何か、あったのか?」
「冬が開けて、春になりかけのこの季節は、謙信様がお亡くなりなられた時期なんです」
そう言われて納得した
歴史上、小豆長光という刀は上杉謙信の話にしか出てこない
上杉三十五腰として上杉が所有する刀の一覧が作られた景勝の時代には、小豆の話は曖昧でしかない。長光の刀は、一覧に出てくるがそれが小豆であるとは言っていないのだ
つまりは、おそらく小豆がいなくなったのは謙信公が世を去った時期、なのだろう
それを踏まえればこの時期は小豆の存在が揺らぎやすい、という事なのかもしれない
本丸ごとに個体差はあるかもしれないが、少なくともこの本丸では弱るのだろう
「きっと、小豆さんは大般若さんが嫌になったとかじゃなくて、大般若さんに不誠実な事はしたくないから、だと思います」
「かならずは、ないことをあつきがいちばんよくしっているから。ぜったいいなくならない、ってやくそくしちゃったら大般若にうそをつくことになってしまうのだ…」
「分かってるさ。ありがとうな、2人とも」
しょんぼりとする短刀達の頭を撫でてから、さぁてと立ち上がる
「小豆さんを、支えてあげてください」
「ぼくたちだけでは、たりないところもあるのだ…」
「あぁ、分かったよ」
彼らに頼み込まれたとあれば、いい報告が出来るようにしないといけない
さてどうするか…
*
大般若に「どこにも行かないよな?」と問われた時、答えを返せず、彼を傷つけてしまった
私、という存在は、酷く曖昧でたまに自分がどこにいるのか分からなくなることがある
特に、冬が開け春の息吹が元気になるこの時期は
それで、大般若を避けるような行動を取ってしまった。謝らなければと思う反面、また傷つけてしまうのではと恐ろしくなる
大事であるからこそ、愛しているからこそ、絶対の約束は簡単には出来ない。それは嘘をつくことと同じだからだ。だが、それならばそもそも恋仲になどならない方が彼の為だったのではないか、と悪い方向にばかり考えてしまう
ため息ばかりしていれば、山鳥毛に小言を言われてしまった
*
「おい、小豆」
廊下を歩いていた小豆を逃さないように、立ちふさがり進路を阻めば、どうにか逃げようとしていた小豆も流石に諦めた
「なんだい、大般若」
「こっち来い。話がある」
そう言って近くの無人の部屋に小豆を連れ込んだ。連れ込まれた時の小豆の顔はこれから別れ話でも告げられるのではとばかりに絶望した顔で思わず両手で頬を挟んでやった
「いいか、小豆。絶対じゃなくていい。絶対じゃなくていいんだ。けど、ちゃんとここにいると、俺に感じさせてくれ」
「大般若…」
「ここにいるお前は幻なんかじゃないだろう?」
もみもみと頬を揉んでやりながら言い聞かせてやる
「それとも、俺と育んできたものは嘘だったのかい?」
「うそではない!うそでは、ないのだ…」
「だろう?」
「わたしは…きみがたいせつだから…」
「分かっているよ。お前は優しいからなぁ」
「うぅ…」
おもいっきりしょげている小豆を撫でつつ、押し倒して乗り上げる
「だ、大般若?」
「まぁ、それはそれとして俺を放っておいたんだ。その分の埋め合わせはしっかりしてもらうからな」
「君ねぇ…」
「当然だろう。お前がちゃんとここに存在すると理解するまで付き合ってもらうからな?」
「ながく、なりそうだね」
「足りないさ、この程度じゃ。欲張りだからな」
熱が交じり合って一つになって、それでも足りぬと、身体に、その魂に刻み付けたい
愛し愛された刀がそうそういなくなるような奴であって溜まるかと、満足するまで絡み合った
*
見事な桜が咲き誇る地で、兄弟で恋刀でもある小豆と共に歩く
暫く進めば、トーハクの仲間が己をを呼ぶ声が聞こえ、今行く、と手を振り返事をして歩を早める
「げんきでね、どうかしあわせに」
その言葉が聞こえて直ぐに振り返ると花吹雪が強くなる。だが、今回は目を瞑るようなことはしない。しっかりと見逃さないように花吹雪で殆ど見えなくなっている小豆の姿を見据える
そして花吹雪の中に手を突っ込み小豆の腕を掴み、思いっきり引っ張る
―もう、離してなどやるものか