「んふふふ〜♪」
「ソラ、飲み過ぎ」
クラブWYDの従業員だけでひっそりと行われた内輪のパーティー。浮かれ気分のお客たちが次々と押し寄せるいわば繁忙期を終えた慰労会みたいなものだ。
隣に座る見た目の割にきちんと成人済みだといううちの新しい看板スターはアルコールも入ってずいぶんとご機嫌だった。
「まあいいや。ソラはもう連れて帰るから」
「まだ飲む〜!」
「明日も仕事だよ。それとも、俺よりお酒の方がいい?」
明日も仕事とは言ったがそんなのデタラメだ。酔っ払っているソラには判断がつかないだろうと思って言ったにすぎないのだが、まさかこんな状況で店を開けるのかとギョッとした他の従業員たちに向けて黙っていてと口元に指を立てて笑えば皆安堵の表情を浮かべていた。
そりゃあこんな、大人たちが羽目を外して飲めや食えや歌えやした後のちょっとした惨事、片付けと掃除とその他もろもろやらなければ到底お客など入れられない。
「コウがいい!」
「良い返事。それじゃあみんな、また明日」
きらきらした目で即答されたのがちょっと嬉しくなってしまうあたり自分も割と単純思考なのかもしれない。
ひやりとした夜風が頬を撫でるなか、二人で手を繋いで家路を歩く。ご機嫌なソラの鼻歌は刹那の新曲をどんどん生み出していくから聞いていて楽しい。少しもったいない気もするが俺だけが聞ける特別。
「ねえねえコウはお酒飲んでないの〜?」
「飲んだよ。一緒に乾杯したの忘れちゃった?」
「た、たしかに……」
「ほら、部屋着いたよ」
ソラと初めて会った時、彼は住み込みで働ける場所を探していると言っていた。だから我が家の空き部屋を貸す代わりにうちで働いてもらっているので当然合鍵は俺も持っている。
ポケットから出した鍵で玄関を開け、通り道にあるキッチンの冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターをひとつ取り出して階段を昇った。
「ソラ、俺は部屋に戻るから離して」
「やだ」
「子供じゃないんだから」
「お酒じゃなくて君を選んだのだからちゃんと付き合って」
酔っ払いのソラを部屋まで送り届け、それでは改めて自分も自室で休もうかと思ったのに掴まれた腕がいつまで経っても放されない。やだやだと駄々をこねる彼は幼子のように頭を横に振って更に強い力で腕を掴んでくる。ふとほんの少し低い位置から見上げてくる視線は先程までの子供じみたものではなく、大人の色気とちょっとした強引さを孕んだものだった。
自分とアルコール、どちらが良いかと問うたのは紛れもなく己自身だ。仕方ないのでこうなったら最後まで付き合ってあげよう。なんといっても明日は休みだ。
諦めて一緒にベッドへ横になり、他愛の無い話を幾度と繰り返したが不思議と飽きる気配は無かった。
「コウは本当に、いつでも全身キラキラしてて綺麗だね」
「……俺、また口説かれてる?」
「んふふ〜どうかな〜? でも本当にそう思うよ」
「格好良くて綺麗で、見た目もすごく好き。でも足とか手とか、指先も好き。ダンスしてる時も意識してるからか瞬時にスッと指先まで伸びるの超綺麗なんだ〜」
おそらく無意識なのだろうが、そう言ってゆっくりと繋ぎ直した俺の手を取り指先に口付けるのは正直狡くないだろうか。
うちの従業員の中では比較的可愛らしい分類に入るであろうソラなのだが、時折こうしてさらりと格好良い男を演じてくるあたりに未知数の可能性を感じている。相も変わらず面白い人だ。
「あと俺もコウの歌とか声好き。聞いてて心地良いもん」
「君も本当に、天性のプレイボーイだね」
「俺のことをそんな風に言うのはソラくらいだよ」
見た目のことを手放しで褒められたり明確な意図を持って男女問わず口説かれたり、そんなことは割と頻繁にあるけれど、俺が好きなダンスをきちんと見てくれてあれやこれやと褒めてくれる人間はほとんど居ない。もしかしたらソラが初めてかもしれない。
マーカスもダンスは褒めてくれるけれど彼は俺が小さい頃から知っている、つまりほぼほぼ保護者のようなものだ。だからそれは子供の踊りが上手く出来たと褒めるものに等しい。
「……俺に言われるのは、嬉しくない?」
「そんなことない。嬉しいよ」
好きで得意なダンスだけれど店には専属のダンサーももちろん居る。彼らに恥じないようきちんと基礎から勉強して同じステージに立つに値するダンスを披露する。容姿と立場だけの人間が遊びでやっているのだと思われないように。
ソラはいつだって俺を、コウを見てくれている。色眼鏡なんて決して使わない。それがただ純粋に嬉しかった。
「コウ。俺を見つけてくれてありがとう」
「ソラこそ。うちに来てくれてありがとう」
ソラが地元からロサンゼルスに出てくる時、乗せてくれたトラックの運転手がうちのクラブを薦めてくれたらしい。何も知らないソラがマーカスの歌を聞いて、すごいすごいと目を輝かせていたのを今でも覚えている。
そこで俺と初めて会ったのに少し話しただけでお互い息が合うのがわかった。テンポ感というか、空気感というか。俺の直感がソラの歌を、ソラの直感が俺のダンスを、お互いに好きだと伝えていた。
だから今しかないとソラを巻き込んでクラブWYDの立て直し計画を実行に移したのだ。
たくさんの偶然が重なって、必然のように今この瞬間を流れている。
だからほら、言いたいことなんてわかってしまう。同時に口を開けば事前の打ち合わせなんて一切していないのに自然と声と音が重なる。
「「これからもどうぞよろしく」」
服が皺になることも忘れて二人で笑い合った。