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    (野田)

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    (野田)

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    諸注意
    *これはツキプロ(ツキノ芸能プロダクション)合同舞台『太極伝奇』シリーズの用語や設定、世界観の一部をお借りしたものになります。原作と異なる点が多いので純粋に元ネタが好きな方にはおすすめ出来ません。割と好き勝手やってます。
    *人族(人間)の清麿と獄族(人型の魔物)の水心子の話。いずれ麿水になるけれどその前のおはなし。

    →続く

    #麿水
    maruWater

    →諸注意続き

    *史実の源清麿が自刃した、という説から別人格の清麿も出てきます。スランプになった時とかお酒飲んでそうなったらな〜程度で史実とは完全に別物です。
    *元ネタの世界観は中華ファンタジーみたいなものですがこの話の舞台設定は日本で江戸時代辺りを目安に書いてます。でも目安なので江戸時代風くらいで全部きっちり調べているわけではないのでご注意。
    *この時点ではまだ序盤なので後ほどいろいろと辻褄が合わない部分もあるかもしれません。そのうち続きとまとめることがあればその時に加筆修正します。








     この世界は陰と陽で出来ている。かつては陰(夜)と陽(昼)の天秤が釣り合わず、陰が世界を支配していた。
     陽の存在である人族は陽の光がさすわずかな時間だけ活動し、夜は魔物に怯え息を潜め肩を寄せ合い生きていた。だからこそ『最弱の種族』と呼ばれる。
     そんな人族に対し陰の存在である獄族は闇さえも従える力と高い知性を持ち、己の欲望に忠実で凶暴な人型の魔物だ。それ故に言葉を持つものは言う、獄族こそが『最強の種族』だと。
     
     これは『最弱』と『最強』が出会ってはじまる物語。
     
     
     ******
     
     
     獄族の特徴でもある長く鋭い爪を隠し、既に太陽がほぼ沈みかけている町の札の辻を曲がり大通りを月が見える方角へと向かって歩く。今夜は町の名物でもある一年に一度の大きな祭りが開催される前日らしく、いわゆる前夜祭にも関わらず早くも至るところが浮き足立っていた。前日の、それも夜には少し早い時間なのにこの盛り上がりようならば当日の夜はどれだけ賑わうのだろうと水心子はぐるりと周りを見渡す。
     大通りだけでなく細い路地も大小さまざまな大きさや色の提灯で彩られ、間も無く夜になろうという時間帯にも関わらずどこもかしこも明るかった。他にも縁起物の数々を店先に飾りつけ明日の本番に向けて誰もが忙しさも忘れ笑顔で準備していた。
    「水心子っ!」
    「清麿?」
     不意に長い袖の上から腕を掴まれ、水心子が振り返るとそこには珍しく少し焦った様子の清麿が居た。
    「良かった……見失った時は、どうしようかと思った」
    「す、すまない……」
     人族は群れ、集団で行動する種族であるが獄族はその強さから複数で動く必要性が無く個で活動する生き物だ。それゆえ清麿の姿が途中で見えなくなったことに獄族の水心子は気づいていたが、町から出なければそのうちまた会えるだろうと特に危機感も無くあちらこちらを見て回っていた。だが人族の清麿はそうではなかったようで軽く息を切らし薄らと汗をかいている様子からどうやら水心子を見つけるために町中を探し回ってくれていたらしい。
    「この町は明るいけれど、それでも夜の闇は君を隠してしまう。だから離れないで」
    「清麿は大袈裟だな」
     黒を基調とした装いの差し色に菫の花にも似た紫を少しばかり。髪色も黒だから清麿の言い分もわからなくはないのだが、彼は夜目が利くはずだからこの姿を捉えられないことはないはずだろうと水心子は小さく首を傾げた。
     離れないようにと差し出された白い手を水心子が取れば、清麿は嬉しそうに笑うのだった。
     
     
     ******
     
     
     初めて見つけた時の清麿は真っ赤に染まった姿をしていた。生と死の狭間を漂うその鮮やかな色を、水心子はいつまでも忘れられないでいる。
    「水心子。僕を殺して」
     源清麿には悪い癖があった。何かに行き詰まるとこの世の全てが嫌になり死にたくなってしまうのだ。
     最初に出会った時から死にたがりだった清麿は酒を飲むとこの悪い癖が出ることに気づいた。普段は大人しく柔らかに笑って「死にたい」なんて口にも態度にも出さないのに、心の奥底ではやはり今でも死を望んでいるのだろうか。
     少々厄介なのは普段の清麿とこの死にたがりの清麿は別人格として独立していることだった。記憶の共有もしていない、というよりは表に出ることの少ない死にたがりの清麿はある程度普段の清麿の記憶も持っているのだが逆は覚えていないらしい。翌日この件について水心子が訊いた時、清麿は目を丸くしたあとしばらく布団に篭ってしまった。
     
     隣の布団で静かに寝ていたはずなのに気がつけば水心子の上に乗りその手を自身の首に添えさせている。正確には清麿が動きだした時点から寝る前に酒を飲んでいたし薄々そういう日だろうとは予想していたので水心子はただ清麿の好きにさせていただけなのだが。
     水心子がほんの少し力を入れれば気管が締まり呼吸は出来なくなるし軽く捻れば骨もろとも簡単に折れるだろう。
    「最強の戦闘種族、獄族……ふふ、簡単でしょ?」
    「……お前は私とした約束を違えるのか?」
     長く鋭い爪が触れるだけで皮膚が切れて血が滲む。以前そんな些細なことにすら気がつかず首の表面を薄く切ってしまい、なかなか血が止まらず慌てる様子を清麿が楽しそうに眺めていたのは水心子の記憶の中でもまだ新しい。
     爪が当たらないよう気をつけながらゆっくりと顔を近づける。
    「これからももっと、私の知らない世界を教えてくれるのだろう?」
    「……そう、だ、約束……した……」
     長い睫毛に縁取られた菖蒲色の瞳が音を立てそうなほど綺麗にゆっくりと瞬きする。時間にすればほんの刹那であるはずなのにやけに長く感じたその瞬間は、あまりにも儚くそして美しかった。
     
     しばらくあやして清麿が軽く船を漕ぎ始めたところで寝かしつける。そもそも人族は日中活動する種族なのだから夜間は眠るように出来ているのだ。
     清麿を布団に戻してもう一度眠るように促すが大人しくしているのははじめのうちだけですぐに抜け出しどこかへ行こうとしてしまう。今日は夜の散歩に出掛けたい気分なのかもしれないがそれはまたの機会にしようと水心子が再び布団に連れ戻し、今度はその腕の中に清麿を閉じ込めてしまった。もしそれでも嫌だと喚くのなら気絶させるしかない可能性も考慮したが、水心子の予想に反して清麿は驚きで瞳を丸くしたあと己よりも少しばかり小柄なその背へ嬉しそうに自らの腕を回すのだった。
    「水心子。僕が寝つくまでこうしていて」
    「構わないが」
    「絶対だよ?」
    「わかったからほら、おやすみ清麿」
     人族の感覚で言えば清麿はもう大人なのかもしれないが、何百年も生きている獄族の水心子からすればまだまだ赤子のようなもの。
    「おやすみ、水心子」
     丑三つ時にはまだ早いのだから太陽だって地平線の向こうに隠れたまま顔を出すにはしばらく時間がかかる。草木も眠るのだから人も眠ればいい。
     獄族は睡眠の概念が無いので眠る必要性を水心子は未だ理解出来ないが、それでも清麿と同じように眠ってみるのも悪くはないと感じ始めていた。何をするでもないが目を閉じて規則的な寝息を聞きながら意識をゆっくりと落としていく。
     夢を見るという感覚も水心子にはまだわからないけれど、一緒に眠る清麿が見る夢は少しでも良い夢であればいいなと思いつつ柔らかな髪を撫でた。
     
     
     
     
     
     腕の中で静かに身じろぎする感覚に水心子が目を覚ませば状況を理解出来ないでいる清麿と視線がかち合う。加減はしたつもりだがやはり窮屈だったろうかと抱きしめていた腕を解き夜着から抜け出そうとしたが、戸惑っているにも関わらず清麿の手は無意識に水心子の服をぎゅうと握りしめておりそれは叶わなかった。
    「な、なんで……」
    「おはよう清麿。死にたがりは収まったか?」
    「……僕、また水心子に迷惑かけた?」
    「別に迷惑というほどではないが、殺して欲しいとは」
     昨夜は比較的素直に眠ったが幼子のように駄々をこねて寝つきが悪い日や少々強引に夜の散歩へと繰り出す日ももちろんある。それに比べれば殺して欲しいと強請ることなど死にたがりの清麿にとっては日常茶飯事と同義のようなものだからその程度の我儘など水心子からすれば可愛いものだ。
     しかしもう一人の自分に関する記憶が無い清麿にすれば何をしているのか得体が知れず恐ろしくなる時もある。ならば飲酒を控えればいいのになかなかそれも出来ず、けれどそれでも毎回水心子は清麿のことを優しく心配してくれるのだから嫌われてはいないのだと自惚れていたい。
    「……死にたい。昨日の僕も殺したい」
    「駄目だと言っただろう。人族の子供はみんなこんな軽率に命を捨てるのか?」
     頭を抱えてずるずると布団に潜り込んでいく清麿に向けて水心子は声をかける。
     ただでさえ人族という限りある儚い命を持つ種族なのに夜会った死にたがりの清麿だけでなくこちらの清麿まで死にたいと言ったら今度こそ清麿がこの世界から消えてしまうのではないだろうか。約束があるのだからそれは困ると引き留めれば軽く頬を膨らませる清麿が捲った夜着の中に居た。
    「ほら拗ねてないで、今夜は祭りに行くのだろう?」
    「…………行く。夜なら君も出られるでしょう?」
    「まあな。でも、この宿からでも花火は見られるようだし」
     たまたま直前で予約取消になり一部屋空いていたという理由で取った旅籠の部屋は、方角的にも位置的にも祭りの目玉となる花火が綺麗に見える場所だった。
     本来であればこんな特等室は手を出すのも躊躇われるほどの価格だが、当日のそれも朝いきなり取り消しになったのだから空室を出したくない旅籠側としては破格の低価格にしてでも満室にしたかった。そんなことを露にも知らない清麿と水心子はたまたま目についたこの旅籠の暖簾をくぐり、ある意味訳あり価格のこの部屋を勧められ断る理由も無いためそのまま泊まることにしたのだ。
    「それでも一緒に行こうよ。水心子、知識はいっぱいあるけれど経験も大事でしょ?」
    「それは、たしかに、そうだが……」
    「じゃあ行こう」
     差し出された白い手を取るにはまだ陽が昇ったばかりだ。太陽が空の高い位置にあるうちは陽の気に満ちた時間帯。水心子たち獄族にとっては陰の気が滅する相容れない唯一の弱点にも似たものである。
     太陽の下、陽の出ている時間。外の様子は、人の動きは。水心子の知的好奇心は尽きないが獄族にとって陽の光は天敵だ。
     
     遥か古、何百年何千年も昔は陰と陽の割合が極端に傾いていたため陽の光がさすのは一日のなかでもほんの僅かな時間だけだった。
     だからこそ陰の気の結晶でもある獄族はその高い戦闘能力や知性を持ってして世界を支配する種族であったし、人族はささやかな光の時間だけ外に出て圧倒的な強さを誇る獄族に怯えるよう生きていた。
     しかしそれも昔の話である。今では陰と陽の割合がほぼ平等であり、人族は着実に数を増やしていったのに比例して獄族は少しずつ数を減らし今では幻にも近い存在になっている。
    「陽が落ちたらな」
     己へと伸びる白い手を払う理由も見つからず水心子がその手をゆっくりと取れば、たったそれだけのことなのに清麿はとびきり嬉しそうに笑う。
     つられるように水心子が小さく笑えばそのまま引き寄せられ、機嫌の直ったであろう清麿に抱きしめられるのだった。
     
     
     ******
     
     
     カランコロンと響く下駄の音がいつもより多い気がする。あちらこちらで笛や太鼓といった鳴物の音がして、人の笑い合う声と楽しそうな笑顔が町中に溢れていた。
     人里離れた奥地でひっそりと生きていた水心子は清麿と一緒に旅をするようになってから人族はたくさん見たはずなのにそれでも見たこともないほど溢れんばかりに人がいるではないか。あまりの人の多さに目が回りそうだと思いつつ、前夜祭で清麿とはぐれたことを思い出しなるべく離れないようにしようと思うが目に映るもの全てが物珍しくてつい好奇心が勝ってしまいそうになる。
     せめて勝手に動かぬようにと清麿の袖を掴むが視線はどうしても見知らぬものを追ってしまう。そんな水心子の収まらない好奇心を知ってか清麿は水心子の目線を辿ってからそっと顔を寄せ「何か気になるものはあった?」と問うてくる。
     それならばと掴んだ袖を軽く引いて水心子は清麿を呼ぶ。
    「清麿、あれはなんだ?」
    「あれは冷たい水を売ってるんだよ。ほら、あの荷台の中に冷たい水と白玉が入っていてお金を払うと売ってくれるんだ」
     水心子が指を指した先には荷台から掬った水を丼へと注ぐ人がいた。丼を受け取った客はそそくさと日陰へと移動し買ったばかりの水をこれぞとばかりに美味しそうに飲んでいる。
    「冷水など山の湧き水を汲めばいくらでも飲めるだろう?」
    「ここは山から少し離れているのもあるし井戸水は真水じゃない。だから美味しくて冷たい水を飲みたい場合は誰かから買わなくちゃいけないんだよ」
    「ふむ、人族とは大変なのだな」
    「そうだね。君たちみたいに体力があって一晩で山をいくつも越えられるほど足が速いわけでもないから……そういう意味だと少し大変かもね」
     意味がわからない、とでも言いたげに水心子は首を傾げるが決して彼が人族のことを皮肉っている訳ではないことを清麿はきちんと理解していた。
     人族と獄族では生き物としての能力も生きるための術も、時の流れも価値観も命の重要さも、何もかも違う。
     獄族には普通で当たり前のことだとしても人族はそうじゃない。違いを知って水心子は人族のことを少しでも理解しよう頭を捻らせていた。
     
     通りを飾る風車がくるくると回る。祭りで賑わう人の熱気、その合間を縫って心地良い風が時に頬を撫でるのが気持ち良い。
     隣を見れば提灯の明かりに照らされた清麿の横顔が綺麗で、夜見る姿は美しいのだから昼の姿も違わず美しいのだろうとぼんやり思った。ただし水心子はどんなに思ってもその姿を見ることが叶わないのだが。
     そんなことを思っているとふと見慣れないものを見つけ思わず目が追いかけてしまう。
    「清麿、あちらに居る透かし格子の天秤棒を持っている人は何をするんだ?」
    「どれどれ……ああ、あれは『ところてん』という食べ物を売っている人だよ」
    「ところてん……」
    「江戸では結構人気なんだけど、説明するより食べた方が早いから一緒に半分ずつ食べよう?」
     商人に銭を渡してから戻って来た清麿の手には受け取った椀があり、中には細長くて透明な物体がいくつも入っていた。初めて見る食べ物を怪訝そうな顔をしながら見つめ匂いを嗅いだりしている水心子の姿が少し面白くて清麿はつい笑ってしまう。
     怪しんでいる水心子を横目にまずは清麿が一口。つるつるとした喉越しに三杯酢の適度な酸味と塩味がぴったりで美味しい。そして害の無いものだと身をもって証明したところで水心子へと箸を向ける。
    「はい水心子、あーん」
    「……なんか変な感じ」
    「あははっ、元は海藻だからかな」
    「これが、海藻……?」
     もぐもぐと口を動かし、初めての食感に先程とは違う理由で首を傾げながら未知の味を確かめるようにゆっくりゆっくりと咀嚼していく。
     
     清麿あれはなに、清麿これはなに。清麿、清麿。
     
     外見の年齢こそ似ているが、人族と獄族における刻の流れが違うから清麿にすれば水心子は自分の何倍も長く生きていることになる。それなのに初めて外へ出掛けた幼子のように清麿の手を引き次々と質問を繰り返す様子があまりにも愛らしくて、思わず顔が緩みそうになるのを必死に抑えていた。
     隠し切れない好奇心に目を輝かせ、翡翠のような瞳が星の瞬きにも見劣りしないほどきらきらと光る。
    「来て良かった?」
    「うん!  ……あ、んんっ、実に有意義だった」
    「なら良かった」
    「清麿は来て楽しいか?」
     無意識なのだろうがふとした瞬間に垣間見える水心子のあどけない表情が清麿は好きだった。もちろん普段の獄族としての誇りと威厳を胸に自身の『かくあるべき』理想像を貫こうとする真っ直ぐな姿勢も尊敬に値する素晴らしいもので、清麿からすればどちらも非常に尊く美しいものだった。
     その美しいものに、清麿はずっと囚われている。
    「うん、水心子と一緒に来られて嬉しかった。今日は僕の我儘に付き合ってくれてありがとう」
    「清麿の我儘など我儘のうちには入らないから」
     いつだってそう。それは、我儘というよりも清麿のささやかなお願い。
     殺すという死に関すること以外は、気が向いたら叶えてあげる。命を奪うその行為は水心子が必要だと判断した時にのみ行われる。
     
     今はまだ、その時じゃないから。
     
     ******
     
     
     陸奥や越後に比べれば武蔵の中でも江戸は比較的雪の少ない地域だ。けれどその日は数年振りの寒波で一日中雪の降り続く例年でも稀に見る珍しい日だった。
     水心子が雪を踏み締める小さな音だけが響く真夜中。空には重い雲が垂れ込めており月すらも見えない暗くて寒い夜に屋外を出歩く物好きな人族など居るはずもなく、だからこそ獄族である水心子は気兼ね無く江戸の町を散歩していたのだ。
     何百年生きていても江戸ではあまり見かけることの多くない雪を目にしてまるで童のように内心はしゃぎつつ、時折袖についた雪の結晶をまじまじと見つめその造形の美しさと規則性を理解しようと頭をひねらせていた。
     だが夜の帳に紛れ孤独でささやかな楽しみの時間に突然それは現れたのだ。正確には現れたというよりも落ちていた、が表現としては正しいのかもしれないが。
    (真っ赤、血だらけ……この人族、死にそう)
     暁八つの四谷に倒れているのは一人の人族。血色の悪い青白い肌に不釣り合いな赤黒い色。首には縄目が付いているにも関わらずそれだけでは満足出来なかったのかさらには斬り傷まで付いていた。
     白い雪に真っ赤な血、そして本でしか見たことのない菖蒲の花にも似た色。本物の菖蒲もこんなに綺麗な色をしているのだろうか。
     しんしんと雪が降るなかで僅かに聞こえるのはか細い呼吸。命の灯がもう消えてしまうことを頭で理解しながらもその色彩の鮮やかさに目を奪われ、しばらく見惚れてしまった。
    (捨てるのはいつでも出来るから、とりあえず拾っておこう)
     邪魔ならば殺してしまえばいい。戦闘種族、獄族。同じ獄族の年長者ならまだしも人族相手に負けることなど有り得ないのだから、と誰に対してでもなく言い訳をしながら水心子は夜更けの町を歩いていく。長い爪を隠しもしないその手には今にも散りそうな菖蒲色。
     そう、これはほんの気まぐれ。拾ったあとどうするかなんて微塵も考えていない。
     ただ、この美しい生き物をこのまま見殺しにするのが少し、惜しかっただけ。
     
     
     ******
     
    「そんなに甘やかされたらもっと欲しくなっちゃう」
    「欲張り禁止」
    「水心子に対してだけだよ」
    「さあ、特等席で一緒に花火を見よう」
     もう何度目かもわからないけれど差し出された白い手を取る。何度でも、何度でも。
     その白い手が傷つかないように水心子が爪を隠してしまえば、それに気づいた清麿は指を絡めるように手を繋ぎ直す。
     
     
     光の下に生きる、儚い生き物。弱くて脆くて、限られた生を精一杯生きる、それが人族。助けたのはほんの気まぐれのようでいて、実は必然だったのかもしれない。
     
     
     
     
     
     獄族は緩やかに、しかし着実に数を減らしている。幕府の管轄内組織や一部の藩では捕らえた獄族を強制的に使役しているとも聞く。
     だから同族に会うことは滅多にないのだが、会ったところで個で活動する魔物であるからいかんせんお互いに興味関心の薄いものが大半である。最後に会ったのはいつだったかなど、覚えている方が珍しいくらいだ。
     それなのに、今夜は同じ種族の気配がする。
     
     清麿が寝てから起こさぬようこっそりと部屋を抜け出した水心子は江戸の町を散歩しながら夜の空を見ていた。
     月の無い夜は星の瞬きがより一層引き立って見える。川の流れに沿うよう植えられている柳の木は穏やかな風を受けそよそよと揺れている。
     足音はしない。それでも隠し切れていない、もはや隠す気も無いであろう気配にゆっくりと振り返れば昔々に見たきりの姿。
    「数十年振りか?  久しいな『新祖』」
    「……冗談を。数百年振りかと『真祖』」
     

     何かが起こる、予感だけがした。



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    (野田)

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    *人族(人間)の清麿と獄族(人型の魔物)の水心子の話。いずれ麿水になるけれどその前のおはなし。

    →続く
    →諸注意続き

    *史実の源清麿が自刃した、という説から別人格の清麿も出てきます。スランプになった時とかお酒飲んでそうなったらな〜程度で史実とは完全に別物です。
    *元ネタの世界観は中華ファンタジーみたいなものですがこの話の舞台設定は日本で江戸時代辺りを目安に書いてます。でも目安なので江戸時代風くらいで全部きっちり調べているわけではないのでご注意。
    *この時点ではまだ序盤なので後ほどいろいろと辻褄が合わない部分もあるかもしれません。そのうち続きとまとめることがあればその時に加筆修正します。








     この世界は陰と陽で出来ている。かつては陰(夜)と陽(昼)の天秤が釣り合わず、陰が世界を支配していた。
     陽の存在である人族は陽の光がさすわずかな時間だけ活動し、夜は魔物に怯え息を潜め肩を寄せ合い生きていた。だからこそ『最弱の種族』と呼ばれる。
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