→諸注意続き
*史実の源清麿が自刃した、という説から別人格の清麿も出てきます。スランプになった時とかお酒飲んでそうなったらな〜程度で史実とは完全に別物です。
*元ネタの世界観は中華ファンタジーみたいなものですがこの話の舞台設定は日本で江戸時代辺りを目安に書いてます。
*この時点ではまだ書きかけなのでいろいろと辻褄が合わない部分もあるかもしれません。そのうち続きとまとめることがあればその時に加筆修正します。
この世界は陰と陽で出来ている。かつては陰(夜)と陽(昼)の天秤が釣り合わず、陰が世界を支配していた。
陽の存在である人族は陽の光がさすわずかな時間だけ活動し、夜は魔物に怯え息を潜め肩を寄せ合い生きていた。だからこそ『最弱の種族』と呼ばれる。
そんな人族に対し陰の存在である獄族は闇さえも従える力と高い知性を持ち、己の欲望に忠実で凶暴な人型の魔物だ。それ故に言葉を持つものは言う、獄族こそが『最強の種族』だと。
これは『最弱』と『最強』が出会ってはじまる物語。
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獄族の特徴でもある長く鋭い爪を隠し、既に太陽がほぼ沈みかけている町の札の辻を曲がり大通りを月が見える方角へと向かって歩く。今夜は町の名物でもある一年に一度の大きな祭りが開催される前日らしく、いわゆる前夜祭にも関わらず早くも至るところが浮き足立っていた。前日の、それも夜には少し早い時間なのにこの盛り上がりようならば当日の夜はどれだけ賑わうのだろうと水心子はぐるりと周りを見渡す。
大通りだけでなく細い路地も大小さまざまな大きさや色の提灯で彩られ、間も無く夜になろうという時間帯にも関わらずどこもかしこも明るかった。他にも縁起物の数々を店先に飾りつけ明日の本番に向けて誰もが忙しさも忘れ笑顔で準備していた。
「水心子っ!」
「清麿?」
不意に長い袖の上から腕を掴まれ、水心子が振り返るとそこには珍しく少し焦った様子の清麿が居た。
「良かった……見失った時は、どうしようかと思った」
「す、すまない……」
人族は群れ、集団で行動する種族であるが獄族はその強さから複数で動く必要性が無く個で活動する生き物だ。それゆえ清麿の姿が途中で見えなくなったことに水心子は気づいていたが、町から出なければそのうちまた会えるだろうと特に危機感も無くあちらこちらを見て回っていた。だが清麿はそうではなかったようで軽く息を切らし薄らと汗をかいている様子からどうやら水心子を見つけるために町中を探し回ってくれていたらしい。
「この町は明るいけれど、それでも夜の闇は君を隠してしまう。だから離れないで」
「清麿は大袈裟だな」
黒を基調とした装いの差し色に菫の花にも似た紫を少しばかり。髪色も黒だから清麿の言い分もわからなくはないのだが、彼は夜目が利くはずだからこの姿を捉えられないことはないはずだろうと水心子は小さく首を傾げた。
離れないようにと差し出された白い手を水心子が取れば、清麿は嬉しそうに笑うのだった。
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初めて見つけた時の清麿は真っ赤に染まった姿をしていた。生と死の狭間を漂うその鮮やかな色を、水心子はいつまでも忘れられないでいる。
「水心子。僕を、殺して」
最初に出会った時から死にたがりだった清麿は酒を飲むとこの悪い癖が出ることに気づいた。普段は大人しく柔らかに笑って「死にたい」なんて口にも態度にも出さないのに、心の奥底ではやはり死を望んでいるのだろうか。
少々厄介なのは普段の清麿とこの死にたがりの清麿は別人格として独立していることだった。記憶の共有もしていない、というよりは表に出ることの少ない死にたがりの清麿はある程度普段の清麿の記憶も持っているのだが逆は覚えていないらしい。翌日この件について水心子が訊いた時、清麿は目を丸くしたあとしばらく布団に篭ってしまった。
隣の布団で静かに寝ていたはずなのに気がつけば水心子の上に乗りその手を自身の首に添えさせている。正確には清麿が動きだした時点から薄々そういう日だろうとは予想していたので水心子はただ清麿の好きにさせていただけなのだが。
水心子がほんの少し力を入れれば気管が締まり呼吸は出来なくなるし軽く捻れば骨もろとも簡単に折れるだろう。
「最強の戦闘種族、獄族……ふふ、簡単でしょ?」
「……お前は私とした約束を違えるのか?」
長く鋭い爪が触れるだけで皮膚が切れて血が滲む。以前そんな些細なことにすら気がつかず首の表面を薄く切ってしまい、なかなか血が止まらず慌てる様子を清麿が楽しそうに眺めていたのは水心子の記憶の中でもまだ新しい。
爪が当たらないよう気をつけながらゆっくりと顔を近づける。
「これからももっと、私の知らない世界を教えてくれるのだろう?」
「……そう、だ、約束……した……」
長い睫毛に縁取られた菖蒲色の瞳が音を立てそうなほど綺麗にゆっくりと瞬きする。時間にすればほんの刹那であるはずなのにやけに長く感じたその瞬間は、あまりにも儚くそして美しかった。
しばらくあやして清麿が軽く船を漕ぎ始めたところで寝かしつける。そもそも人族は日中活動する種族なのだから夜間は眠るように出来ているのだ。
清麿を布団に戻してもう一度眠るように促すが大人しくしているのははじめのうちだけですぐに抜け出しどこかへ行こうとしてしまう。今日は夜の散歩に出掛けたい気分なのかもしれないがそれはまたの機会にしようと水心子が再び布団に連れ戻し、今度はその腕の中に清麿を閉じ込めてしまった。もしそれでも嫌だと喚くのなら気絶させるしかない可能性も考慮したが、水心子の予想に反して清麿は驚きで瞳を丸くしたあと己よりも少しばかり小柄なその背へ嬉しそうに自らの腕を回すのだった。
「水心子。僕が寝つくまでこうしていて」
「構わないが」
「絶対だよ?」
「わかったからほら、おやすみ清麿」
人族の感覚で言えば清麿はもう大人なのかもしれないが、何百年も生きている獄族の水心子からすればまだまだ赤子のようなもの。
「おやすみ、水心子」
丑三つ時にはまだ早いのだから太陽だって地平線の向こうに隠れたまま、顔を出すにはしばらく時間がかかる。草木も眠るのだから人も眠ればいい。
獄族は睡眠の概念が無いので眠る必要性を水心子は未だ理解出来ないがそれでも、清麿と同じように眠ってみるのも悪くはないと感じ始めていた。何をするでもないが目を閉じて規則的な寝息を聞きながら意識をゆっくりと落としていく。
夢を見るという感覚も水心子にはまだわからないけれど、一緒に眠る清麿が見る夢は少しでも良い夢であればいいなと思いつつ。