ミッドナイトサイドストーリー ●
アイス売りのトラックが、こがねが丘の夜を駆けていく。
とはいえアイスを売りに行くのではない。乗っているのはUGNエージェント。ジャーム討伐の使命を帯びた、平和と秩序が為の刺客だ。
「トウジさん」
助手席。ラジオから流れる流行りのJ-POP――レトロでエモくてメロウなシティポップ――を背景に、康平が呟く。
「トウジさんってなんというか……戦うのにすごく慣れてらっしゃるように見えます。レネゲイド同士の戦闘をたくさん経験してらっしゃるんでしょうか?」
「ん~? 戦闘経験ねぇ、少なくはないくらいだよ」
運転席のトウジが答え、サングラスの奥の目を細めて笑う。「倒した数を数えて悦に浸る趣味はないから、数までは聞くなよ?」と。
なので康平はそんな質問はせず、袈裟懸けのシートベルトを緩く握る。どこか縋るような。
「少なくはない、ですか。それが分かっただけでも十分です」
「ロボット君は……んーその口ぶりじゃあ……慣れてない、か?」
「うう……お察しの通りです」
戦いは――苦手だ。技術ではなく、心理的な意味で。苦い言葉尻の康平に対して、トウジはカラカラ笑いつつ言った。
「慣れてなくても、アレだけの火力が出せれば十分十分」
「……トウジさんにそう言って頂けるなら心強いです。ありがとうございます!」
「そりゃよかった。なんとかロボット君のお眼鏡に、かなったようで」
まあ、あくまでも一意見。責任は持てないよ。――そう付け加えて、トウジはなんてことはない物言いのまま続ける。
「……なんて。まぁ、そう不安がる必要はないでしょう。今回の任務内容なら。――資料、目通しただろ? ロボット君の得意そうな掃除だ。ゴミが残らないように綺麗に、綺麗~に片付けようか」
「お掃除にしては物騒ですよお!」
ウッと困った顔を浮かべるものの、一呼吸分の後には、緊張をにじませた真剣なかんばせ。
「……ちゃんと片付けはしますよ。仰せつかった以上は」
眼差しの先には、ジャームが観測されたエリアが見えていた。
●
路地裏の隙間から、眩い街明かりが垣間見える。
そして――それよりも眩く、燦然と、悍ましく、輝いているのは、UGNエージェント達と相対しているジャームの身体だ。
ネズミか野犬か野良猫か、異形と成り果てたその元の姿は断定できない。虎ほどにまで膨れ上がった四つん這いの獣の身体は、そこかしこが黄金の結晶と化していた。愚者の黄金――その不気味な黄金色は、エージェント達の後輩である風早閃の脚と同じ輝きをしている。
だが閃のように、『それ』はデミクリスタルに適合できなかった。厳密に言うと、半分適合に成功し、半分適合に失敗している――デミクリスタルの膨大な力を中途半端に得つつも、その肉体は、負荷に耐えきれずひび割れて、崩れつつあるのである。
そう、このジャームは放っておけば砕けて塵になって死ぬ。しかし砕け死ぬ前に、その苦痛で暴れて被害を出す危険がある。だからこそ、ここに、トウジと康平はいる。
――デミクリスタルは、願いの黄金は、この獣のどんな欲望に応えたのだろうか。
もっと食いたい? もっと殖えたい? もっと生きたい? それとも?
尤も、それが分かることは永遠にないまま、夜は更けていくのだろう。
「ッハハハ、あの坊主よりも酷い有り様だ」
デミクリスタルの亀裂からは鮮血が流れている。あれは相当痛いのだろう――格闘技選手という常人より痛み耐性のある閃が七転八倒するほどの激痛だ――しかし、トウジの目に憐れみの類はなく。
「デミクリスタルって厄介な存在ですね……」
対する康平は、閃がああなっていたら……という可能性にゾッとしていた。
「さて、ロボット君。人払いは済ませてあるが……消音モードとか搭載してる? 人目につかないとはいえ音は、良く響く」
「ランチャー一基で対応します。普段より音はマシかと」
「〜♪ 上出来」
トウジが靴の踵をカンと鳴らしたのと、康平が本来の姿に戻ったのは同時。
「ま、今回の任務取りこぼさなければ勝ちだ」
「はい! ……任務を開始します!」
トウジは絶氷刀を、狭い場所での取り回しの効く短刀へと凍てつかせ。康平は右腕だけをランチャーへと変形させ、脚部より展開するバンカーで姿勢を固定した。
「じゃ……やろうか」
通せんぼよろしく。そう伝え、壁を這う氷の回廊へと凍れる足が乗った。挟み撃ちの意図だ。
トウジが壁へ跳んだことで、彼が向こうに着くまでは射線を気にしなくてもよくなった康平は、すぐさま照準をジャームへ合わせる。いつもは砲台三つ分の計算をしているから、今回は三分の一の時間で照準は終わった。人間の瞬きよりも早い時間である。
「撃ちます! ご注意を!」
収束する青白い電光が、狭い路地裏を貫いた。出力を絞られた電光なれど、一瞬、路地裏が光に白く染まる。雷鳴に似た音。しかし張り巡らされたワーディングによって、地を奔った稲妻に気付く『人間』は居ない。
「相変わらず景気いいねえ」
ジャームの真後ろに降り立ったトウジが薄く口角をつる。稲妻の余波に帯電して、髪が少し逆立ち浮いていた。
さて、とジャームを見据える。
康平の砲撃を避けきれず、ジャームはその身を焼き焦がされていた。三分の一でもランチャー砲の火力は本物だ。肉の焼け焦げるにおい。黒ずんだ肉の合間から、ギラギラとデミクリスタルが輝いているのが見える。
生半可な装甲では防ぎきれぬ熱線にやられ、しかしジャームはまだ生きて唸っている。異様な生命力だ。
メキメキと不気味な音がした。黄金の鉤爪を前足に生やし、全身のデミクリスタルを剥落させながら、それは飛びかかってくる――狙うのは攻撃を食らわせてきた康平ヘ――
「ッく!」
装甲を頼りに爪牙を受け止める。表面を引っ掻かれ塗装が少し削れたが、ダメージには至っていない。そのまま主要な機関を攻撃されぬよう、康平は空いている左手でどうにかジャームを掴んで押し留めた。
「ロボット君、ナイス」
言葉終わりには、身を低くしたトウジが氷上を滑り標的へ肉迫する。構えた氷刃が『冷たく』光った。
「……一々、暴れる、な、よっ」
突き立てるのはデミクリスタルの隙間、悪臭を放つ毛皮の部分。
「ガッっ――」
対抗種。レネゲイドを殺す破壊の因子を突き立てられ、ジャームが断末魔を上げた。ぱきっ、と空気が凍てる音。吐く息すらきしきしと凍る絶対零度は、瞬く間に傷口からジャームの全身を覆ってゆき――
「わっ、わ!」
対抗種がもたらす『拒絶的な』氷点下は、自我持つレネゲイドそのものである康平へ、本能的に薄ら寒い心地を覚えさせる。康平のレネゲイドがアラートを発している。あの氷はとても危険だ、触れてはならない、と。ゆえにこそ彼は慌ててジャームを離し飛び退いた。手を離した直後、ジャームは完全に氷に覆われて。
「一丁上がり」
刃を引き抜くトウジに蹴り飛ばされたジャームは、壁にぶつかりガラス細工のように砕け散る――氷粒の白銀と、黄金の塵が、路地に射し込む夜の明かりに混ざり合って煌めいた。
――この世ならざる風景。
煌めきは、空気が常温へと戻っていくにつれて消えていく。
「掃除おしまい。じゃ、戻ろうか」
カラカラ笑うトウジが刃をひとふるいすれば、刀身に付着していた凍った血がパラパラ落ちた。
「えっ、あ、そうですね! お疲れさまでした!」
康平は氷を反射的に避けた己自身に戸惑いつつ、気持ちを切り替える。砲口を格納し、人間の姿へと見た目を戻した。その装甲の頑丈さで、装甲の表面塗装が剥げた程度で済んでいた。ノーダメージだ。
「こんな時間だけど一応、支部長に連絡入れておく?」
「はい、完了報告は早めにしておきたいですし」
トウジの言葉にそう答え、康平は黄連支部長へと通信を試みた。しかし……
「あれ? 出ませんね」
首を傾げる康平を見て、ならば、とトウジは『秘書』へコンタクトを試みた。かくして――いつもそうだが秘書はワンコール以内に出る。殊勝というか、熱心というか、馬鹿真面目というか。
『はい風早です。碓氷先輩、どうされました?』
「支部長はどうしてる」
『菊葉支部長ですか? でしたら――』
今コンビニにおられますよ、僕も一緒です。
ええ、はい、支部最寄りのダブリーマートです。
……来られますか? はい、分かりました、支部長にもお伝えしておきます。
ああそれと。先輩、任務達成お疲れ様です。……え? まだ結果は言ってないのに、と? いえ、この時間帯にお元気な様子ですから。声に焦りもないですし、任務は無事に終えられたのでしょう。お怪我は? ……そうですか、良かったです。僕の方から事後処理班の皆さんに連絡しておきます。重里先輩にもお疲れ様でしたとお伝え下さい。詳細は後で支部長と一緒におうかがいします。
――では、後ほど。失礼します。
『ミッドナイトアクシデントへ続く』