【お茶を一緒に】
それまでは、たいしたことのない人だと思っていたけれどそれは撤回せざるを得ない、と思う
アカデミーの一件以来、イワン・カレリンという人に興味が出て、評価を変えた。出動の度に見切れたりすることしかしないと思っていたけれど、よくよく注意して見ていれば、逃げ遅れた人の誘導や避難をしていたり、さりげなく他のヒーローたちをフォローしていたり。能力は派手ではないけれど、その働きぶりは感心できた。出動の度に物を壊す相棒に頭を痛めることが多いバーナビーから見れば、物を壊さないと言うだけで称賛に値するのだが。
イワンと話す事が増えたてから、外見とは相反する性格にも驚いた。見た目は今時の若者なのに、大人しくて礼儀正しい。ジャパンが好きだと言う事を虎徹から聞いていたが、その影響もあるだろう。口数が少なく決して前に出しゃばる方ではない。いつも一歩さがって、そこにいる。
個性というか灰汁が強い面々の中では埋もれてしまいそうだと心配になった。あの中で、戸惑わずにいられるのがすごいなぁと見ていたが、どうにも一歩引きすぎてしまっているような気がしてならなくなってくる。話をしている中にいても、ちょっと笑ったり、頷いたりはしているが積極的に話題に入ってくるわけではない。話すのが苦手なのかと思っていれば、虎徹とは普通に話している。
それが何となく面白くなくて、むすっとしてしまうが、そんなことに気がつく二人ではないので、虎徹とイワンが話しこんでいるときにはバーナビーは不機嫌そうになってしまう。
それに気がついたイワンが、「すみません」と小声で話を切り上げてどこかに行ってしまうから、バーナビーの機嫌はますます悪くなる。自覚のない不機嫌さに虎徹は苦笑いをしながら謝ってくるが、それはそれでまた腹が立つ。
「折紙、行っちまったなぁ」
「そうですね」
「なんか用事でもあったのかな」
「そうかもしれませんね」
「バニーちゃんも話せばいいのに」
「な…っ」
虎徹が笑いながら、簡単そうに言う。
共通の話題も何もなさそうなのに、何をどうやったらほのぼのと話せるようになるのだろうか。
「バニーちゃんも人見知りだけど、折紙はそれ以上だからなぁ」
「人見知り、なんですか…?」
「ああ。俺にも懐くのに随分かかったしな。あいつ、コンプレックスの塊みたいだし?バニーちゃんみたいに、ルーキーで人気あってキャーキャー言われてるヒーローと話すのも気がひけるんだろう」
「そうなんですか?アカデミーに行った時はそうでもなかったのに」
あの時は普通に話していたような…と思い返してみて、むすっとする。
会話はほとんど虎徹が間に入って成り立っていたような気がする、話しかけても、「タイガーさんはどうなんですか?」とかわされていた。
【きれいなひと】
イワンとバーナビーの接点は非常に少ない。
ヒーローとして一緒にいる時間もあったし、同じアカデミー出身として取材を受けたこともある。バーナビーは気さくに話しかけてくれたけれど、イワンは満足に答えたことがなかった。人見知りの性格と、ネガティブに包まれていた思考ではバーナビーを不快にさせないためにはどうしたらいいか、としか考えられず、結局短い言葉しか声にできなかった。呆れられてもおかしくないのに、バーナビーは話しかけてくれて、パートナーの虎徹もイワンのことを気にかけてくれる。
嬉しくもあり、そして何も返せない事が心苦しかった。
バーナビーのように色んなものを持っていれば、何か出来たのだろうけど。イワンにあるのは擬態という能力だけだった。
バーナビーの方が後輩なのに、彼はどんどん活躍していく。ポイントもトップを独走し、とうとうキング・オブ・ヒーローにもなった。
イワンは先輩になるのに、例年通りの順位に終った。このシーズンはとにかく沢山の出来事があったと思う。バーナビーが参入して数年ぶりに新しいヒーローが生まれたり、虎徹に色々あったり。
イワンにも忘れられない出来事があったが、グダグダ悩んでいる間に、幾つかの事件と謎が解き明かされた。意識の改革とか、心構えをまた新たにすることもできたし、完璧な人間だと思っていたバーナビーの事も少しだけ、違う視点で見れてイワンはハッとする。長くはないけれど、視聴者という立場ではなく同じヒーローとしていたはずなのに、イワンもバーナビーを飾り立てられた虚像として見ていたことに気がついた。
バーナビーという人をよくよく見てみれば、実はとても人間的な人だった。感情がストレートに出て、怒りっぽくて、子供っぽくて。寂しがり屋なのに、そうとは見せたがらない。虎徹には無条件で甘える癖に、年下を甘やかすのが下手で。
そして何より、バーナビーはきれいだった。
同性の目から見てもそうなのだから、異性から見ればもっとそうなのかもしれない。今までは気にもしなかったというか、周りを見る余裕がイワンにはなかった。色々な事を経験して、乗り越えてきたから、自分と自分を取り巻く事がわかってきたような気がする。自分がやるべきことも、できることも。それから自分のことも。
それに気がついた時に、世界はイワンの知っている色より少し鮮やかで、その中でバーナビーが一番きれいに見えた。
だから、自然と目が追ってしまう。
少しでもバーナビーが見れたらイワンはそれだけで嬉しい。
アカデミーにいた時に、クラスの女の子たちが黄色い歓声を上げながら話していた事を、ぼんやりと思い出して、顔が熱くなった。
好きな人を、一日一回でも見れたら嬉しくなっちゃう。
あの時はなんとも思わなかった言葉だけれど、今なら盛大に同意ができる。例え話すことがなくても、バーナビーの姿を見ることができればそれだけで、本当に満足できた。
【LOVE is like a Chocolate】
この時期になると、デパートの一角は甘い匂いときらびやかな広告で華やかになる。なんとなく、男は入りづらい雰囲気になり、イワンは小さく溜息をついた。寒い時期もまだまだ続くのでセーターでも買い足そうと思って、休日にデパートまで来たものの、入口にドンと展開するチョコレートの山にしり込みしてしまった。ここの店、と決めてはいなかったのだが、小物を見たり本屋に寄ったりと一気に回れる商業施設は使い勝手がいいのだが、流石に女性客の中に紛れて入りこむ勇気はない。
「バレンタインデー…」
入口にでかでかと貼られた広告を見て呟く。好きな人にチョコを渡す女の子の笑顔が眩しいポスターを見て、溜息をついた。
好きだと言われたのは、寒くなる前。
返事を保留にしたままのイワンを急かすこともなく、イワンの事を好きだと言った奇特なヒーローを思い出してイワンは重い溜息をついた。何をどう思ったのか、バーナビーに突然呼び出されて告白された。顔を真っ赤にしたバーナビーに「好きです、付き合ってください」と言われた時には、なんのビックリ企画かと驚いたが、バーナビーが本気で言っていると解った時にはもっと驚いた。
彼にはもっと華やかで優れた人が似合うのに。
それを伝えると、バーナビーは悲しそうな顔をした。
「僕は、そんな風に見えますか?」
思わず頷いてしまったら、バーナビーはもっと悲しい顔をする。違うのだろうか。
容姿端麗、頭脳明晰。
バーナビーを表す言葉にこれほど的確な物はないのに。そんな彼の横に並べるのは、同じぐらいきれいな人でないと。イワンのように背が低くて、猫背で、見た目も中身も能力も平均すれすれの子供では釣り合わない。