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side 由衣
朝目が覚めて一番最初に映るのが大好きな人だなんて、とびきりの幸福だと思う。
敢ちゃんの恋人になることができて、一緒に過ごす時間が長くなった。職場も同じなのだから、これだけ一緒にいたらもしかしたら飽きてしまうんじゃ…なんて心配していたが、全くそんなことはなく、寧ろどんどん好きになっていく一方だった。
朝から晩まで一緒にいて、嬉しいことや楽しいこと、様々なことを共有できて、見たことない敢ちゃんを知ることができるのも嬉しかった。いつものワイルドな敢ちゃんもかっこ良くて大好きだけど、たまに見せる子どもっぽいところが可愛くて、好きなところがまた増えた。まだまだ知らない敢ちゃんがたくさんいたんだなぁと、1つ知る度に1つ好きが積み重なっていった。
1日の始まりと終わりに、敢ちゃんがいる。それがどれだけ幸せなことか、敢ちゃんとこういう関係になって初めて知った。
「寝顔、可愛い」
まだ夢の中にいる敢ちゃんの左目の傷跡にそっと触れる。犯人確保のために負ってしまったこの傷だって、とてもかっこ良い。敢ちゃんの全てが愛しい。
「ん……ゆ、い………」
「!?」
眠っているときですら私のことを考えてくれているの?だとしたら、嬉しくて死んじゃいそう。不意に呼ばれた自分の名前に、顔が緩むのを抑えられない。
(幸せすぎるよ、敢ちゃん)
お布団から出ている敢ちゃんの手に自分のそれを重ねると、顔を近づけて左目にそっと唇を落とした。
「大好き」
好きな人が私を好きでいてくれている、それ以上の幸せってない…
side 敢助
知らない由衣の顔なんて、もうないと思っていた
子どもの頃から、表情がころころと変わる奴だった。嬉しいときに笑って、悔しいときに泣いて、どんな由衣も見ていて飽きなかった。
長い間一緒にいるんだ。笑ってる顔も泣いてる顔も、拗ねて怒ってる顔も、全部知っていると思っていた。
それが大きな間違いだったと知ったのは、一緒に夜を過ごし、朝を迎える関係になってからだ。
恥ずかしそうにこちらを見上げる顔も、自分に縋り付き幸せそうに笑う顔も、寄り添って穏やかに眠る顔も、朝起きて照れくさそうに布団に潜る顔も、何もかも初めて知る顔ばかりで、柄にもなく綺麗だ、なんて思う自分がいた。
些細なことに、幸福を感じるようになった。一日の最初に由衣を見れることだとか、カーテンを開ける後ろ姿だとか、目を細めておはようと言ってくれることだとか、一日の最後におやすみと言い合えることだとか、ただの幼馴染ならいつまで経っても得られなかった幸せだ。
そんな由衣を知っているのは俺だけであってほしい。俺だけが知っていればいい。知らない由衣を知る度に、右目にしか由衣を映すことができず、左目を失ったことを初めて悔しいと思った。
甲斐さんの遺体を見つけ人目もはばからず泣いていた由衣のことが、今でも脳裏に焼き付いている。あのとき、こいつにもうこんな悲しい顔をさせたりはしないと、強く決心した。
それなのに、そう決めたはずなのに、きっと俺は、同じように泣かせてしまったのだろう。
林を確保するために死を偽装したとき、俺が死んでいないことを事前に伝えていたのに、由衣は声を上げて泣いていた。同僚が死んだだけでそんなに泣くか?と言ったことがどれだけ的外れだったか、今ならわかる。
俺が帰って来なかったとき、一体どれだけ悲しませてしまったのだろう。どれだけの絶望を味わわせてしまったのだろう。
警察官としては後悔していないが、世界で一番大切な女に、俺はなんてことをしてしまったのだと、それだけは自分を許せないし、いつまでも責めてしまう。
「由衣……」
もう二度と、悲しい顔なんてさせねぇ。
ずっとそばにいて、必ず幸せにすると誓う。
伸ばしても届かなかった手をようやく掴むことができたんだ。今度こそ離したりなどしない。
そのために俺は、生きてまた由衣に出会ったんだ……
隣から音が聞こえて、目覚めが近いことを知る。もう由衣は起きたのだろうかと思ったとき、左目に何かが触れた。今ここには2人しかいないのだから、誰の仕業かなど考えなくてもわかる。それでも、早くこの瞳に映したくて、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう、敢ちゃん」
朝日に照らされ微笑む由衣が、やっぱり綺麗だと思った。
捕まえたくて、手を伸ばして引き寄せた。
fin.
ここまで読んでくださってありがとうございました!