「私」と双剣双剣が宙を舞う。
音もなく着地した小さな影が森の中を駆け抜け、魔物の群れに飛び込む。
青白い光が一筋閃いた、
と思った次の瞬間、魔物たちは両断されていた。
それは、剣技というより剣舞と呼ぶにふさわしい、軽やかな動きだったけれど、
手にした双剣以外には、何もかも───自分の感情さえ、捨ててしまっているように見えて。
だから、気づいてしまった。
ああ、この子はきっと、ずっと一人で戦ってきたんだろう、と。
***
拠点へ帰り、寝床に入ったあとも、その少女のことが頭から離れず、なかなか寝付けなかった。彼女の戦い方は、明らかに常人のそれではない。熟練の冒険者でも、あれほど双剣を扱える人はわずかだろう。けれどもそれは、一人で戦うことを前提としているもののように見えた。協調性がないというわけでもなさそうだったが、仲間の動きを確認するよりも先に、敵の方へと体が動いている、といった風であった。そういう戦い方には、何よりも自分自身の過去に覚えがあった。
(魔族へ復讐することだけを考えて、荒んでいた頃の自分と重ねるなんて、おこがましいかもしれない。でも、もしもあの時感じたことが真実なのだとしたら…)
とにかく、朝がきたら彼女に会って、話をしてみよう。そんなことを考えていると、ようやく眠気がさしてきた。
次の日。
朝食を済ませ、拠点の周辺を探してみると、昨日の少女───エステアは、案外すんなり見つかった。
「こんにちは」
草むらに座り、ぼんやりと空を見上げていた少女は、そう声をかけられると少し驚いたように振り向いた。
「あ…こんにちは。アミュレットさん、ですよね」
「名前、もう憶えてくれたんだ。ありがとう。…隣、いいかな?」
彼女は不思議そうな顔をしながらも頷いてくれた。早速自分も腰を下ろす。
改めて観察してみると、思っていたよりもずっと幼く見える。自分と十歳は離れているだろうか。丁寧でこそあるものの、しゃべり方もそれ相応にあどけない。昨夜、両手に剣を持って魔物を次々と倒していった少女と、本当に同一人物なのかと疑いたくなってしまうほど、印象が違っていた。
「昨日の戦闘、凄かったわ。強いのね」
「いえ、そんな…ことは」
言葉に詰まって、戸惑ったように俯向く。褒められることに慣れていないのかもしれない。
「謙遜しなくていいのよ、本当のことなんだから。それにしてもあんな剣術、どこで身につけたの?」
「えっと…ごめんなさい、分からないんです」
「…どういうこと?」
「わたし、三年前までの記憶がなくて…なぜ戦い方を知っているのか、自分でもわからないんです」
「…!」
「でも、アルフさんやリネットさんたちが一緒に調べてくれて、そのおかげで分かってきたこともあるんです。わたしの剣は多分、帝国で作られたものだから、わたしも元々は帝国にいたんじゃないか、って…」
「そう…なら、私と同じだね。私も、帝国の出身だから…」
――そうか。捨てたんじゃない、 最初から持っていなかったんだ。
思い起こすと、彼女の戦い方は熟達したものだったけれど、確かにどこか無機質なところがあった。敵への憎しみのような感情は一切見せず、ただ淡々と、まるでそれが自分に課せられた義務であり役割なのだと言うような…。
急に、目の前の少女に対して、どんな言葉をかけたらいいのか、分からなくなってしまった。結局彼女は、自分が思っていたような――つまり、過去の自分と似たような境遇にはいなかった。どんな励ましも嘘くさくなるだけだし、安易に共感したところで、何の慰めにもならないのは目に見えている。
けれども、なぜかその場から立ち去る気にはなれなかった。
(私は…故郷を失った日、もう誰にもあんな思いはさせないと誓った。それが道しるべになったからこそ、どんなに辛くても戦ってこれた。でもこの子は、理由も分からないまま、一人で戦い続けてきたというの?)
「ねえ…少し、近くを散歩していかない?」
どうしたらいいかは分からない。ただ、この少女の隣にいることから逃げたくない、と思った。