きみとかぼちゃのクッキーを「トリック・オア・トリート~!!」
突然ドアが勢いよく開いたかと思うと、元気な声が部屋中に響き渡った。
「あら、リッカちゃんに、ニーナちゃん。こんにちは」
部屋の入り口に立っているのは、私と同じオルテア生まれの女の子二人組だ。書き物をしていた手を止めて、彼女たちに挨拶する。種族は違うけれど、とても仲のいい二人の様子を見ていると、こちらまで心が弾んでくる。
「とりっく、おあ、とりーと」
「トリック・オア・トリート…あのう、お仕事中、すみません…」
リッカちゃんとニーナちゃんの背後から、少し控えめな声がする。同じオルテア出身のエステアちゃんとフェクタちゃんだ。
「エステアちゃんとフェクタちゃんも、こんにちは。…その帽子、おそろい?とってもかわいい」
四人の頭には、小さな帽子がちょこんと乗っている。リリィさんやマロンさんがいつも身につけているような三角帽子を、手のひらに収まるくらいのサイズにしたものだ。顔を上げても落ちないところを見るに、つばの部分にピンをつけた髪留めになっているのだろう。
「えへへっ、チュリエが作ってくれたの!」
「今年のハロウィンは、『かそう』なんだって!」
「アマドゥスさんたちの故郷では、ハロウィンにお化けや魔女の仮装をするんだそうです」
「ハロウィン…そっか、もうそんな季節なのね」
そう言えば、数日前にラビィがカボチャにんじんを運びながら、そんなことを言っていたっけ。
「ハロウィンは、子どもが大人からお菓子をもらう行事…だと、聞いた」
「つまり…お菓子を貰いに来た、ってこと?」
「そのとーり!」
ニーナちゃんが食い気味に身を乗り出して、右手をぴんと上げる。何も準備できていないけれど、そういうことなら何もあげずに帰すわけにはいかない。
「ちょっと待ってね、確かここに…」
机の引き出しに、軍にいたころの部下から数日前に送られてきたお菓子を仕舞っていたはずだ。
「ええと…ああ、あった。はい、どうぞ」
見つかった小袋からひとつ取り出して、ニーナちゃんの手のひらに乗せる。
「わーい!ありがとー!!」
「リッカにもちょうだい!」
「もちろん。はい」
「ありがとう!このお菓子、すべすべしててすっごくきれいな色してる!」
「ドラジェっていうの。おめでたいことがあった日に食べるお菓子なんだよ。フェクタちゃんも、どうぞ」
「感謝する」
「最後はエステアちゃんね………あ」
そう言ってエステアちゃんの方へ向き直ったとき、私は大変なことに気がついた。
「なくなっちゃった…」
袋の中が、すっかり空になってしまっていたのだ。慌てて逆さにしてみたけれど、やっぱり何も出てこない。
「ごめんねエステアちゃん、私、ハロウィンのことすっかり忘れてて…」
「あっ、えっと、そんな、わたしは大丈夫ですから…イシーヌさんからもいただきましたし…」
私が謝ると、エステアちゃんはあたふたとかぶりを振った。
「エステア、フェクタの分を食べるか?」
「ありがとう…でも、それはフェクタがもらったものだから、フェクタが食べて?」
「…そう、か」
心なしかしゅんとするフェクタちゃん。こんな子たちに気を遣わせてしまうなんて、胸が痛い…
「…じゃあ、いたずらしないとだね!」
と、リッカちゃんが私とエステアちゃんの間に割って入ってきて、少し気まずくなった空気をはね除けるように言った。
「えっ?」
「トリック・オア・トリートって、『お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ』って意味なんだよー!ソアラが言ってた!」
「でも、わたし、アミュレットさんにいたずらしたいことなんて…」
「だめだめー!これは、ハロウィンの決まりなんだから!」
ニーナちゃんもすかさず便乗する。
「あぅ…そんなあ…」
エステアちゃんは、助けを求めるように私へ視線を送ってきた。…けれども、もう既に期待に満ちあふれた目をしている二人をごまかすのはちょっと難しいだろう。申し訳ないけれど、ここはエステアちゃんに頑張ってもらうしかない。
「まあ、お菓子を用意してなかったのは私が悪いし…エステアちゃん、何かいたずらしてくれる?」
「アミュレットさんまで…うう…」
可哀想に追い詰められたエステアちゃんは、顔を赤らめてうつむいてしまった。しばらく考え込んだのち、意を決したように口を開く。
「…それじゃあ、アミュレットさん。ちょっと、かがんでみてくれませんか?」
「…こう?」
「それと、できれば目をつぶっててもらえると…」
「分かったわ」
言われたとおりに目を閉じると、ぱちん、という音が聞こえた。自分の頭がそっと触れられている。まるでガラス細工でも持っているかのような、恐る恐るとした手つきで。そしてまた、ぱちんという音が、今度は耳の近くで聞こえた。
「終わり、ました」
「あっ!かわいい!」
目を開けてみると、正面にエステアちゃんの顔があった。けれども、どこか違和感がある。何かを見落としているような…
「あれ?エステアちゃん、帽子は…」
言いかけて、はたと気づく。自分の頭に手をやると、案の定指に何かが当たる感触がした。
「あの…アミュレットさんとも一緒に、ハロウィンのお菓子、食べたいなって思ったんですけど…だめ、でしょうか?」
そう言って、エステアちゃんは不安そうに眉尻を下げて私を見上げた。
「いいねー!」
「さんせーい!」
「同意する」
ニーナちゃんとリッカちゃん、フェクタちゃんも一緒になって頷いている。
「…ふふ、そう言われちゃったら…今日の仕事はもうおしまいにするわ」
そう答えた途端、エステアちゃんの顔はぱっと明るくなった。
「それじゃ早速、イシーヌに追加でクッキーもらえないかお願いしよー!」
「帽子も余ってるのがないか、チュリエに聞いてみる!」
「二人とも、屋内を走るのは危険…」
フェクタちゃんの注意も聞かず、リッカちゃんとニーナちゃんはぱたぱたと部屋を飛び出していく。
「アミュレットさんも、行きましょう!」
「ええ!」
差し出された小さな手を取って、私も秋の祭りの喧噪へと足を踏み出した。