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    はねた

    @hanezzo9

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    はねた

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    ファットさんと環さんが大阪でおでんを食べにいく話。
    環さんの初恋自覚編。
    ファットさんの打ち返し編はまた今度。

    #hrak
    lava
    #ファ環
    fahrenheitRing

    誰がために鐘は鳴る たこ、なす、ひろうす、ああやっぱりコロにしといて。
     生中ひとつ、あとお湯割り、えー、麩ぅあれへんの。
     馴染みのないイントネーションとあちらこちらから巻き起こる賑やかな笑い声に、なんとはなし肩身が狭くなって環はおひやのグラスを抱えた。
     おでん屋の一角だった。調理場を囲んで凹形になったカウンターの、入口のあたりにいま環はいる。隣にはファットガムがいて、もぐもぐと蒟蒻をほおばっている。
     高架下にある店内は昼だというのにぼんやりと暗い。十人も入れば満杯になるだろう店内はカウンターと壁との距離が近く、ひとびとは先客のうしろを横歩きして席に着く。
     水曜日の午後3時だった。サラリーマン風の男がふたり黙々と大根を食らう横で濃い化粧の老女がビールの大ジョッキを掲げ、さらにその向こうではちいさい女の子をまんなかにした家族連れがにこやかに箸を進めている。
     満席の店内、白色灯の光がぼんやりと湯気を滲ませた。あたりにはだしの香りとアルコールの匂いが満ちている。カウンターは狭く、手をのばせば届きそうなくらい近くにおでん鍋がある。店員がひとりつきっきりで鍋の具合を見ていて、注文があるたびにおたまで具を掬いあげては皿に載せていく。そのうしろではビール瓶や小皿やとアシスタントらしい青年が駆けずりまわっていた。
     インターンのため、環は大阪にきていた。
     一週間の仕事を終えて、今日は雄英に帰る日だった。新大阪駅まで付き添うしついでにめし食いにいこやとファットガムに誘われたのは先日のこと。おでん屋いきたいねんけどあの店狭いから痩せてかななという言葉のとおり、かたわらでタコを頬張るファットガムの姿はいつもよりずいぶんとすっきりしている。ただ背丈ばかりは如何ともしがたいようで、丸椅子のうえの体は窮屈そうに折り曲げられていた。猫背なファットなんてレアだなとぼんやりながめていると、皿の上に生麩をひょいと載せられる。
    「なあなあ環、これ食べたらどんなんなる?」
    「……おもしろがってませんか」
    「そらそやろ、おもろいほうが勝ちやで」
    「何の勝ち負けなんだ……」
     関西人の理屈はよくわからないとちいさく息をつけば、生麩のうえに餅巾着を積みあげられた。
    「いまなんか失礼なこと考えたやろ。罰として餅になってまえ」
    「そういう仕組みじゃないです」
     えーお餅ええやん環さんのちょっといいとこ見てみたいーなどと適当な御託をつらねるファットガムの、その頬にはちいさな火傷の跡がある。
     先日この近辺でヴィランの個性によるビル火災が起きた。ちょうど周辺をパトロールしていたファットガムが住民の救出に赴き、環もその援護に出た。けれども火勢は予想以上に激しく、気づけば環自身炎にまかれ、危ういところをファットガムに救われた。
     傷は手当のあともうっすらと残ったまま、勲章やかっこええやろとファットガムはこちらの謝罪を取り合いもしない。かえってこうして気を遣われる始末、いくらインターン先の上司かつ経験も年齢も遥かに上の相手とはいえ、自分の情けなさに環はあらためてうなだれる。
     そんなこちらをどう見たものか、ファットガムは勢いよく皿を重ねていく。環も好きなもん頼みやと言いながら、さらにタコを二本追加で注文した。
     普段よりはずいぶんと痩せた、けれども成人男性としては精悍な部類に入るだろうその姿を環はみつめる。
    「ファットは自分なんだな」
     心のうちで考えていたことが、うっかり口から洩れてしまう。あ、と慌てて手のひらで顔を覆うのに、ファットガムがなんやとちいさく眉をひそめた。
    「言うてみ」
     口調は責めるでもなく、環はうつむきつつお冷やのグラスを両手で抱える。
     ええとだとかううだとか、こちらが言葉をあぐねているあいだにもファットガムは次々と注文を重ねる。むりに答えをひき出そうとはしないけれども聞く耳は持とうという、そのさりげなさに次第に心も落ち着いていく。
    「ええと、その、ファットはたくさん食べて脂肪をたくわえて、それでヒーローとして活躍するでしょう。でもファットとおんなじことしてるのに、食べたら食べただけ俺は自分じゃなくなるんだ」
     指のさきをながめる。先ほど食べたタコのかたちがちらりとのぞいて消える。
    「俺はこどもの頃からいろんなものが怖くて、注目とか期待とかされるのがすごく苦手で、いっつもだれかの影に隠れてた。ずっと自分以外のひとやものに憧れてた。いまもだけど昔はもっと、……自分が好きじゃなかった。だからこんな個性になったのかって、ときどき思う、……んです」
     指にグラスの水滴がつく。ひんやりとしてつめたい、それは木製のカウンターにも輪染みをつける。
     湯気のまじった明かりの下、景色がすこし滲んだ。
     周囲の音が賑やかに押し寄せてくる。
     カウンター越しに会話に興じる店員と背広姿の男性や、仲睦まじげな若い男女、狭い店内にひしめく人々はおそらくそれぞれに個性というものを持っている。自分のように姿をそっくり変えてしまうものはこのなかにいるのだろうかと、笑いさざめく人びとの姿を環はぼんやりと眺めた。
     と、かたわらからひょいと箸がのびて、手つかずだった餅巾着をさらってゆく。
    「まあ、個性は人格に直結するなんていうの、ある意味さらしもんやんな」
     餅巾着をひと飲みにし、ファットガムは烏龍茶のグラスに口をつける。
    「自分はこんな人間ですよって言わんでもバレバレっていうか、むしろ勝手に解釈して決めつけられたり、個性がこんなやからこんなんなんやとか自分でも決めつけておもいこんでまう」
     のもあるわな、とついでのように付け足してファットガムは調理場に向かって大根を二皿注文する。はいよーという威勢のいい掛け声とともに、金網で仕切られた鍋にアルミのおたまが沈む。
     煮崩れもせずきれいな大根がひとつずつ、皿に盛られて差し出された。ひとつは自分に、もうひとつは環の前に、ファットガムはそれぞれを置く。
    「せやし個性うまく使いこなすって大事やんな、いろんな意味で」
     大根を割って箸でつまむ、指は節くれて長い。その手でファットガムはどれほどのひとを救ってきたのだろうと、そんなことをちらりと考えた。
    「自分の課題が目に見えてるんは見えてへんよりなんぼか楽かもしらんしな。個性ない子ってのもおらんことないし、どっちがええかはひとによるやろけど」
     大根を三口でたいらげ、ファットガムは調理場に向かって片手をあげる。コロひとつー、あいよーというやりとりののち何やらふわふわした白いかたまりが皿に載って出てきた。
    「環、鯨食うか? 鯨パワーででっかなって、Mt.レディ超え狙ってみん?」
    「いや、それはちょっと心の準備が」
     鯨など食べた日にはいったいどうなってしまうものかと環は顔を顰める。そのさまがおかしかったか、ファットガムは盛大に声をたてて笑った。
    「ま、鯨はええとして。引っ込み思案でまわりのひとのうしろにかくれんぼするちいさい環くんはさぞ可愛かったやろな」
    「……そんな話ですか」
    「そんな話にしとこや」
     さらりと言いきって、ファットガムはコロに箸をつける。精悍な横顔、その口元にはまださきほどの笑みが残っていた。
     なんとなくそこから目が離せずに、環はぼんやりとお冷やを啜った。
     いまとても嬉しいことがあったような気がするのだけれども、それが何なのかどうにもつきつめることができない。アルコールまじりの空気のせいか、頭のなかがふわふわとしてとりとめがない。
     嬉しいことってなんだっけと小首をかしげ、そうして環は気がついた。
    「ちいさいのがかわいいって」
     つぶやいた、声を律儀に拾ったらしいファットガムがこちらを向く。なんやと訝しげにする、その顔を環はみつめる。
     綺麗な目だなと思った。髪と同じ金の色が白色灯の下できらきらとする。
     さっきの笑顔をもういちど見たいと、そんなことがふいと頭をよぎる。ゆっくりと、あたりの気温とはまた別の熱がからだじゅうをめぐっていく。
     胸だか胃だか、よくわからないけれども体の奥底がきゅうと引き絞られるような気がした。
    「ちいさい俺が可愛いって、……そしたら、おおきい俺は」
     考えるより先に言葉が口からこぼれていた。
     陰気だった幼少期を可愛いと言ってもらえた、それだけで嬉しかったはずなのに、気づけばその先を望んでしまっていることに環は自分の言葉で気がついた。
    「なんなん、あらたまってからに。小さいのも大きいのもそらかわいいやろ、」
     ファットガムの声の調子が途中でふいと変わる。さすが歴戦のヒーローはひとの機微にも聡いと、熱に浮かされたような頭の隅で考えた。
     向かいあう、相手のおもてから笑みがすっと消える。
     気づかれてしまったと、環はこらえきれずに顔を両手で覆う。手のひらに伝わる熱は自分のものながらずいぶんと熱い。頬や首筋がちりちりとして痛かった。極度の緊張に陥ったときと似ているようでいて、なぜだか胸の底にふしぎな甘さがある。
     なんだこれ、と椅子の上で縮こまりながら環はひとりとまどう。
     薄暗い店内とはいえ、自分が全身まっかになっているのは隠しようもない。うううと唸ってカウンターに突っ伏せば、所狭しとひしめく皿をファットガムの手がとりのけてくれる。
     しばらくして静かな声が耳にした。
    「環さんや」
    「……はい」
     さすがに返事をしないわけにもいかないと、どうにかこうにか声を絞りだす。それをどう聞いたものか、ファットガムはきまじめな調子で話を続けた。
    「ここに箱があるとするやろ」
    「箱」
     突拍子もないことを言いだされ、なにごとかと環は顔をあげる。
     ファットガムはカウンターに向かっている。こちらに横顔を向けたまま胸元に両手をかかげ、そう箱やと言った。その顔つきは神妙で、いったいなんの話をしていたのだったかと環は混乱する。
    「ここに一辺30センチの正方形の箱があります」
    「ありませんけど」
    「あります。ではいまからその箱の蓋を開けます」
    「いや、だからありませんけど」
    「ある言うとるやろ、はい、あります。箱です。ありますね。では環さんこちらへ」
    「は」
     左手は箱のかたちをつくったまま、ファットガムは右手をこちらにのばしてくる。
    「そんでなんかいま一瞬環のなかでモヤーッとしたよくわからんもんをこのなかに入れます」
     環の胸元でなにかをつかむ仕草をし、ファットガムはそれを架空の箱のようなものにしまう。ギー、パタンと擬音語つきで、両手で箱の蓋を閉めるふりをする。
    「はい、ないないしました」
     は、と瞠目する環に向かってにっかりと笑い、ファットガムはそのまま両手を重ねて合掌のポーズをした。
    「ないないしたからな、もうあれへんし心配せんでええで」
    「え、いや」
     展開の早さについていけずに環はただうろたえる。
     皿に残った菜をぱくぱくとたいらげて、ほなそろそろ行こかとファットガムは立ちあがった。
    「そろそろ行かんと新幹線の時間なってまうで。明日学校やしな、遅れてもあかんし出よか」
     おあいそお願いしまーすと呼ばわって、駆け寄ってきた店員相手にファットガムはさっさと会計を済ませてしまう。
     ほな先出とくでというひとこととともに、その背は戸の向こうへと去っていく。ありがとございましたーという元気な店員の掛け声がそれを追った。
    「……え?」
     酒席の喧騒のなか、環の呟きに答える者はいなかった。
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