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    おもち

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    おもち

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    PsyBorg。🧜‍♀️うきと人間ふーちゃんの話です。

    #PsyBorg

    海の深いところから見上げる水面は、不規則に揺れて光を反射しキラキラと輝いているようだ。色鮮やかな珊瑚礁も貝も、小さな体をめいっぱい動かして泳ぎ回る魚たちも、海の中は素敵なもので溢れてる。
    でも俺は水面よりもっと上にある数えきれないくらいの星でいっぱいの夜空も、人間が作った嘘みたいにカラフルな建築物も、俺にはない二本の足で浜辺を走り回るこどもたちも、やっぱり同じくらい素敵に思えるんだ。なにより海の中じゃできない、空気を震わせて喉から音楽を紡ぐ、歌うということが大好き。
    朝早くの冷たくて綺麗な空気の中、一人で歌う時間は誰にも邪魔されない俺の大切な時間だった。本当は一日中歌っていたいけれど、人間に見つかったら何をされるか分からないぞってみんなが心配するから、一番人が少なくて誰に見られる心配もないこの時間だけ。
    毎日海に帰った時に「誰にも見られなかった?」と聞かれて「うん」と答えているけれど、昨日のそれは嘘だった。歌っているところを人間に見つかったんだ。大きな犬の鳴き声でその人の存在に気がつくまで俺は呑気に岩の上で歌っていて、歌声だけでなく姿も見られてしまったはずだった。もし捕まえられてしまったらどうしようと思ったけれど、俺が海の中に隠れただけでその人はすぐに犬に引っ張られるように歩いて行ってしまった。後ろ髪を引かれる様に何度もこちらを振り返るその男の人の顔が妙に頭に焼き付いて離れなかった。
    危ないと分かっているのに、俺は歌うことをやめられなくて、同じ時間、同じ場所でまた歌を歌った。昨日の人が仲間を連れて俺のことを捕まえに来たらどうする? あの大きな犬に飛び掛かられたら抵抗する隙もないかもしれない。でも、人間は怖いって、そう決めつけるのはどうなのかな。だって俺の知り合いで人間に捕まったなんて話聞いたことないし、おとぎ話みたいに大人たちが言ってるだけだ。悪いことをしたら人間に捕まって二度と海に戻ってこれないよ、なんて。
    いつものように気が済むまで歌って、そういえば、なんて軽い気持ちで浜辺を振り返る。昨日見た男の人と大きな犬は浜辺に座ってリラックスした様子でこちらを見ていて、俺が振り返ったことにギョッと驚いたみたいだった。慌てて立ち上がってどこかに立ち去ろうとするから、俺は海に飛び込んで浜辺まで素早く泳いで近づく。パッと顔を出したのは彼から十メートルくらいの近い場所。視線が合ったその人は目を丸くした。
    「どうやって、そんな」
    「……?」
    「……あの、盗み聞きをして、悪かった。昨日も、この子が驚かせてすまない」
    低く優しい声だ。聴き慣れない人間の声に、人間の言葉。実は少しだけ勉強中で、俺も人間の言葉が喋れるんだ。
    「こん、にちは」
    「え、……あ、ああ、こんにちは」
    「あなたの、名前は?」
    「……ファルガー・オーヴィド」
    「ファルガー・オーヴィド……」
    繰り返したその人の名前を口の中で甘く転がす。人間の名前を知っている人魚が、この世にどれだけいるんだろう。人間と実際に話したことがある人魚は? 俺に馬鹿正直に名前を教えてくれるこの人が、俺のことを捕まえて実験したりするところが想像できないのは、俺が外の世界を知らないからかな。
    「君の名前は?」
    「おれ、の、名前は、……浮奇、です」
    「……浮奇。明日もここに来てもいいだろうか」
    「あなたも、歌が好き?」
    「ああ、浮奇の歌が、とても好きだと思っているよ」
    俺がたどたどしい言葉を使うからか、その人はゆっくり優しい言葉でそう伝えてくれて、「また明日」と犬とともに歩いて行ってしまった。
    また、明日。人間と会う約束をしたなんて、親友にも話せない秘密だ。冷たい海の中に潜ったってドキドキうるさい心臓が燃えるみたいに熱かった。

    毎日同じ時間に同じ場所で、一人と一匹を観客に歌を歌う。最後に少しだけお話をして別れる。そうしたら俺は人間の言葉がどんどん上達していって、彼について知っていることも増えていった。
    ファルガー・オーヴィド、あだ名はふーふーちゃん。彼はこの近くに愛犬と二人で住んでいて、一日中家で小説を書いている。気晴らしと運動を兼ねた朝と夜の散歩は毎日の日課らしい。お酒が好きで、甘いものはあまり食べない、タコヤキ?とかいう食べ物が好物なんだって。歌はあまり上手くないから歌わないって言われちゃった。一緒に歌いたいとねだったら「……練習はしておく」って言ってくれたから、いつか機会があるかもしれない。
    俺のことは、名前以外何も聞かないでくれる。たぶん、絶対、ものすごく優しい人なんだと思う。彼と話せば話すほど俺は彼が人魚を捕まえるような人間には思えなくて、本当は俺人魚なんだよって、海の中に隠したヒレを見せたくなっていった。でももし人間じゃないと知って彼が俺のことを拒絶したらと思うと、怖くてできない。俺たち人魚が人間を怖がるように、きっと人間だって自分たちと違う生物を簡単には受け入れられないと思うから。いくら彼が優しい人でも本能的な拒絶は避けられないだろう。
    「明日は天気が悪いらしい。雨の日は海に近づくと危ないから散歩は街の方に行くよ。浮奇も気をつけて」
    「そっか、うん、分かった。毎日会ってるから、なんか、……ちょっと寂しいね?」
    「ああ。寂しいな」
    「……他のところで会おうって、言わないんだね」
    「……他のところでも会えるのか?」
    「……会えないけど」
    「ああ……悪い、いいんだ、気にしないでくれ。俺はここで浮奇に会えるだけで嬉しいんだ。浮奇が俺に会いたいって思ってくれてるだけで十分。ワガママを言うつもりはないよ」
    ワガママを言ってほしい、なんて、俺のほうがよっぽどワガママだ。彼は何の事情も聞かないけれど、俺が海から出ないことを分かっている。この後カフェに行こうなんて誘い端からしてこない。それを彼の優しさと分かっていながら、断ることしかできないのに誘ってほしいなんて思う俺が悪い。
    彼は黙った俺に困ったような笑みを浮かべ、「浮奇」と優しい声で俺の名前を呼んだ。海の外で唯一俺の名前を呼ぶ人、俺の名前で空気を震わせることができる人。
    「もっと近くにいたら、頭を撫でてやれるのに」
    そう言いながら彼は隣に座る犬の頭をわしゃわしゃと撫でた。それが自分だったらと想像するだけで心臓がぎゅうっとする。言葉だけでもこんなに温かい人だ、触れたら火傷しそうなくらい熱いかもしれない。それでも俺に触れて、頭を撫でて、抱きしめてほしかった。
    「ふーふーちゃん……」
    「うん?」
    「……俺、本当は人間じゃないんだよって言ったら、笑う?」
    「……俺は小説家だ。現実も、空想も、面白いことはなんだって好きだよ」
    「人魚だって言っても?」
    「人魚……、……ああ、それは、……浮奇にピッタリだな」
    あまりにも優しい瞳で笑うから、俺は思いっきり水を蹴って海から飛び出しふーふーちゃんに抱きついた。後ろにひっくり返って砂浜に頭を打ち付けたのに、ふーふーちゃんは目の前の俺にとびきりの笑顔を見せて「近くで見ても綺麗だ」と言い頭を撫でてくれた。
    俺は濡れた体に砂がつくのも気にせず彼のことを抱きしめた。思った通り彼は俺より温かかったけれど、火傷をするほどではない。彼はすこしも俺を傷つけたりしない。
    「人魚の物語は書いたことがないな」
    「俺の物語を書いてみるのは?」
    「……ものすごく、いい」
    「あ、小説家先生の顔になっちゃった。まだだめ、今は俺のことだけ見てて」
    彼が空想の世界に遊びに行ってしまう前に、俺は彼の頬を両方から押さえてちゅうっと唇を重ねた。人間はこうすることで愛情を伝えるんだって聞いたことがある。何の意味があるんだろうって思っていたけれど、柔らかい唇をくっつけるとどうしてか脳みそがとろけそうなくらい気持ちいいんだね。唇を離して彼を見つめると、彼は俺よりもっとじょうずに優しく唇を重ねてくれた。
    「キスをしたら人間になるとか、……ないよな」
    「人間になれたらよかったのに……」
    「……でも、浮奇、ヒレもすごく綺麗だよ」
    「あ……、……気持ち悪くない?」
    「え? どうして?」
    「だってふーふーちゃんは人間だし……」
    「そうだな……? でも美しいものは美しいだろう。それに浮奇のことを気持ち悪いだなんて思わないよ」
    「……ふーふーちゃん、もしかしてちょっと変わってる?」
    「あはは! それはそうかもしれない」
    人間がみんなふーふーちゃんみたいだったら、人魚と人間はきっと仲良くなれる。俺とふーふーちゃんはきっと人魚と人間の中でも特別変わってるタイプだと思うけど。
    少ししたら体が乾いてきてしまって、俺はふーふーちゃんにお願いして海までお姫様抱っこで運んでもらった。冷たい海の中に潜ってまたすぐに顔を出す。ふーふーちゃんは膝から下まで海の中に浸かったまま、手を伸ばして俺の頭を撫でてくれた。
    「浮奇、自分のことを教えてくれてありがとう。怖かっただろう」
    「……ううん、ふーふーちゃんなら、怖くないよ」
    「それはよかった。今日はもう時間が遅くなってしまった、人が来る前に帰らないといけないんだろう?」
    「うん……。また、今度」
    「ああ。……浮奇、ちょっと待って」
    海に潜ろうとした俺を呼び止めたふーふーちゃんは、首の後ろに手を回してネックレスを外すとそれを俺に差し出した。首を傾げれば少し笑って俺を手招き、近づいた俺の首の後ろに手を伸ばす。
    「明日会えなくて、きっと次に会う時まで不安に思うだろう。浮奇が人魚でも俺はまた浮奇に会いに来るよ、約束の印にこれは浮奇にプレゼントだ。ん、よく似合ってる」
    「……いいの、これ、すごく綺麗だ。大切なものじゃない?」
    「大切だから浮奇につけててほしい。それともネックレスは邪魔か? ブレスレットとかのほうが良ければ、また今度プレゼントするけど」
    「ま、まって、これでいい、……これがいいよ。本当にいいの?」
    「ああ。それじゃあ、今日はもう本当に時間がないからこれで。明後日か、その次か、雨が降っていない朝にまた会おう」
    「うん……! ありがとう、ふーふーちゃん!」
    「こちらこそ、ありがとう浮奇」
    ちゃぽんと海に潜っていつもの岩まで泳いで戻り、人が来ても見つからないようにそっと影からふーふーちゃんを見つめた。びちゃびちゃの足で砂浜に戻ったふーふーちゃんは靴を手に持ち裸足でむこうへ歩いて行ってしまう。「またね」って小さく呟いた声、聞こえるはずがないのにまるで聞こえたみたいなタイミングで振り返って、彼は俺に向かって手を振った。
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    フィンチ

    DONEバレンタインデーのお話
    Orange roseの恋煩い「どうしよ、これ」
     本日何度目かも分からない溜め息を吐くと、アルバーンはテーブルに置かれたあるものを見てそう呟いた。目線の先には小さな薔薇のブーケと、1輪でラッピングされた薔薇がもうひとつ。それらはいずれも花の部分がチョコレートで作られており、定番の赤やピンクではなくそれぞれオレンジ色と黄色といった見慣れた色をしている。1輪の黄色い薔薇は自分用にと求めたものだからいい。問題はもうひとつのオレンジ色のミニブーケ。この小さく可愛らしい贈り物が目下の悩みの種だ。
     バレンタインデーを間近に控え、何か彼に贈れたらとは思っていた。愛の日であり、感謝の日でもあるのだから、いつもの距離感の近さでプレゼントをしたとしてもおかしくはないと思ってもらえるはずと。だからこそのこの色。わざと「アルバーン・ノックスからの贈り物」なのだと主張するような色で、バレンタインのプレゼントとしてはポピュラーな「薔薇の花」と「チョコレート」という要素を取り入れて。何故そんなことをしたかといえば、ここまでしてしまえば逆に『らしい』のではないかという思惑から。あとはほんの少し、恋のイベントに参加してみたくもあった。
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