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    おもち

    気が向いた時に書いたり書かなかったり。更新少なめです。かぷごとにまとめてるだけのぷらいべったー→https://privatter.net/u/mckpog

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    おもち

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    PsyBorg。ワードパレットの「待宵」触れる・戸惑い・口付け、がお題でした。キャラ濃いめな良い人モブが出てきます。さいぼぐが別れますがハピエンです。

    #PsyBorg

    「俺の荷物、捨てていいから」
    下手くそに口角を上げてそう言った浮奇を引き止めなかったくせに、俺は部屋に置いていかれた浮奇のものをただの一つも捨てられずにいた。視界に入るたびに痛む胸も自業自得だ、浮奇はこの何倍も傷ついたはずだった。
    俺に半同棲状態の恋人がいることを知っていたのは共通の友人たちと浮奇が気に入って何度も二人で行っていた家の近くのレストランのオーナーくらいだった。優しく聡い友人たちは俺の求める言葉と求めていない言葉を、つまり俺の痛いところを突く言葉とそれを優しく包むような言葉を寄越し、それ以外の時は今まで通りただ楽しいだけのくだらない会話に徹してくれた。俺を心配する言葉をかけてきたやつには俺なんか放っておいて浮奇に声をかけてやってくれと返し、呆れた顔を向けられたけれど。
    俺たちのことをよく理解している友人たちの言葉よりも効いたのは、レストランのオーナーからの「今日は一人か?」なんていうなんでもない言葉だった。今日は、じゃなく、これからは俺一人でしかこの店のうまい料理を食べられないんだと、そう気がついて自分でも驚くほどに動揺した。
    「ファルガー? ……おまえ、もしかして」
    目を丸くして息を呑んだオーナーは、やれやれと呆れたように首を振り俺の前にショットグラスを二つ並べた。無言のままそれにウォッカを注ぎ、ズイッと一つを押しやってくる。
    「……あんたも飲むのか?」
    「こういう時は酒を飲むのが一番だろ。飲むなら一人より二人の方が良い」
    「俺は一人で飲むのも好きだけどな」
    「知るか。おまえな、あんないい子、もう二度と会えねえぞ。あの子がおいしいって笑う顔が俺は大好きだったんだ」
    そんなの、俺が一番そう思ってる。いつもはよく回る口が、今は浮奇のことになると痺れたみたいにうまく動かせなかった。俺よりも先に酒を飲み涙ぐみ始めたオーナーを笑ってやろうと思ったのに、笑い声の代わりに溢れたのは熱い涙で、ぽたっと落ちてテーブルを濡らしたそれを見て俺は自分が泣いていることに驚いた。俺に、泣く資格なんてないのに。
    「なんだよおまえ、まだ好きなんじゃねえか……。ああくそ、俺まで泣けてきた。よしっ、今日は俺が奢ってやる! 吐くまで飲め!」
    肩をバシッと力強く叩かれ、涙がぽたぽたと落ちていく。ああ、友人達がこの場にいなくてよかった。あまりにも情けない。振られたのではなく、俺が彼に振らせてしまったんだ。俺が悪いのに泣くなんてできない。ずっとそう思っていたけれど、オーナーが言うように俺はまだ浮奇が好きで、別れがただただ悲しかった。浮奇が今、どこかで笑っていればいい。俺ができなかったことをできる、誰かと一緒に。
    まだ痛む傷口を消毒するのにアルコールはちょうどいいかもしれなかった。持ち上げたショットグラスを一気に煽る。こういう酒の飲み方は久しぶりだった。浮奇と付き合っている間、酒を飲むのはだいたい浮奇と一緒で、彼の柔らかい声を聞きながらのんびり風呂に浸るように気持ちのいい酔いを楽しんでいたから。
    「飲め飲め、ひたすら飲め」
    グラスを空けるとすかさず次の酒が注がれ、あっという間に頭の中がとろけてく。涙が乾いたあとはオーナーに唆されるまま浮奇のことを色々話したような気がした。覚えているのは、やっぱり浮奇のことが大好きだと、そう思ったことだけだ。

    家の掃除をした。大掃除と言ってもいいくらい家の隅から隅まで、浮奇の残していったものをかき集めて箱に詰めた。消耗品はいくつか処分しなければならなかったけれど、それ以外は全てまとめられたと思う。浮奇のものがなくなるだけで家の中はガランとして物寂しく見える。色を失った室内の様子は俺の心の中と似ていた。
    箱の中に入れなかった浮奇のネックレスを、俺はテーブルの上に置いてじっと見つめた。これは浮奇が気に入ってよくつけていたものだ。捨てていいと置いていったのではなく、出ていく時にピックアップし忘れたのだと思う。「忘れ物がある」だなんて連絡する度胸は俺にはなかった。だが共通の友人に預けるのも良い案だとは思えない。使いっ走りにするのは悪いし、俺たちの関係に巻き込むのも迷惑だろう。
    久しぶりに開いた浮奇とのメッセージログは二ヶ月以上前のもので、もうそんなに経ったかと一瞬驚いたけれど、よく考えれば俺たちはメッセージよりも電話でのやり取りを好んでいたから文字でのやりとりがだいぶ前で止まっていてもおかしくはなかった。
    俺が寝ている真夜中の時間に、やっぱり会いたいかも、とメッセージが送られてきた日のことはよく覚えている。浮奇が体調を崩し、風邪を移したら悪いからと自分の家に帰ったその日の夜のうちにこれが送られてきて、俺は次の日朝から浮奇の家に行き看病をした。ごめんねと謝る浮奇に弱っている時こそ俺に頼れとか、そんなこと言ったくせに。
    ジクジクと何かが痛み、ネックレスを箱の中にしまい込んだ。見える範囲のどこにも浮奇のカケラがなくなって、息を吐くと同時にソファーに腰を落とす。今日は疲れた。後のことを考えるのは、明日にしよう。体が痛くなると分かっていてもソファーで眠り続けるようなバカな真似ももうそろそろ終わりにしたい。浮奇の温もりも匂いもすっかりなくなったベッドに本来の役割をさせてやらないといけないから。体を倒して目を瞑る。夢の中で紫色の星が俺に落ちてきたような気がした。

    翌朝、俺はテーブルの上に置いたまま充電を忘れていたスマホを手に取り、通知を見て一瞬で目を覚ました。
    メッセージ、発送元、浮奇ヴィオレタ。
    ロックを解除して開いたメッセージは短く「なにかあった?」と書いてあるだけだ。なにか、とは。あまりに範囲の広い問いかけに戸惑い、それと同時に浮奇から連絡が来たことが嬉しかった。意図の読み取れないメッセージを開いたままスマホをテーブルに置き、返答の正解を考える。毎日顔を合わせていたらこのメッセージの意味だってすぐに分かったかもしれないのに、今は浮奇が何を考えているのか全然分からない。いいや、ずっと浮奇が何を考えているのか俺は分かっていなかったと思う。だけど隣にいれば浮奇の考えを直接彼に聞いて知ることができた。こんな時だってなんの躊躇いもなく電話をかけて、このメッセージはどういう意味だ?と聞けばよかった。
    再度スマホを手に取り、メッセージを閉じて通話アプリを開いた。いつもは履歴の一番上にあるその名前をタップすればいいだけだったのに、今は他の履歴で埋もれて名前が見つからない。連絡先の一覧から名前を探し出すというなんでもない行動が寂しかった。
    電話番号を表示して、電話をかけることなくただ画面を見つめる。電話を、してもいいものだろうか。ただの友人のように? どうやって? 俺にそんな資格があるか? しかしメッセージで返信をするにはやはり情報が足りなかった。「特に変わったことはない」と、浮奇の質問の意味を理解することを放棄してそう返すべきだろうか。別れた恋人ならばそれが正解かもしれなかった。だけど、俺は浮奇の言葉を蔑ろにしたくなかった。恋人だとか友人だとか関係性なんてどうでもよくて、俺は浮奇の言葉を大切にしたい。
    俺は勢いのまま浮奇に電話をかけた。発信画面に切り替わってから、この時間に浮奇は起きていないんじゃないかと気がついたけれど、電話を切ることができずにコール音の鳴るスマホを耳に当てる。もし寝ていて起こしてしまったら悪いから、あとすこし、何コールかだけ聞いたら終わりにしよう。押し間違えたとかなんとか、適当な言い訳とともにメッセージを送ればいい。きっと浮奇が起きるまでまだ時間があるからこれから考えても間に合うはずだ。そう考えつつも諦め悪くコール音を聞き続けていれば、それはプチッと途切れてしまった。留守番電話に切り替わってしまったようだ。息を吐いて電話を切ろうとしたところで、電話口から『もしもし……?』と声が聞こえて心臓が跳ねる。
    『あれ……もしもし? 聞こえてるかな……』
    「……も、もしもし」
    『あ、よかった。……ええと、……おはよう……?』
    「……おはよう、朝早くに悪い。時間を考えていなくて」
    『ううん、起きてたから大丈夫だよ。……』
    「あ、の、……メッセージ、夜中に来てたやつ、どういう意味かと思って」
    『……ちょっと待って』
    電話越しの浮奇の声はいつもより少し低く聞こえる。話し方も言葉の間も聞き慣れた浮奇のものだから違和感はないけれど、電話をしたあとはいつも直接その声を聴きたくなっていたことを思い出す。いまは、電話をしている最中にもそう思うけれど。
    『ああ、ごめん、寝惚けて送っちゃったみたい。……えっと、夜、……怖い夢を見て』
    「……大丈夫か?」
    『……ん、だいじょうぶ。ふーふーちゃんが、……』
    「……浮奇?」
    『……おれ、……俺、まだふーふーちゃんって、呼んでもいい……?』
    「……、……みんな好きなように呼んでいる、おじさんと呼んでもいいし、好きにしてくれ」
    『……ん、……ふ、うん、……じゃあ、ふーふーちゃんって呼ばせて』
    声を聞いただけでどんな顔をしているかが分かる。今すぐ彼を抱きしめたいのに、俺にだけはそれができない。気がつかれないように静かに長く息を吐き、うるさい心臓と心の声を遠くに追いやった。
    『夢でね、ふーふーちゃんに流れ星が落ちたんだ。ただの夢だって分かってるけど、でも、怖くなって……。何も問題がないなら良いんだ、俺の気にしすぎかも。……元気にしてる? ごはん、ちゃんと食べてる?』
    「……ああ、元気だよ。浮奇も、ちゃんと寝てるか?」
    『……大丈夫。ありがと』
    その大丈夫が、大丈夫じゃない時の大丈夫だと分かったけれど、分かったところで俺が何をしてやれるだろうか。ホットミルクを作ってやることも、一緒にベッドに入って彼が寝るまで甘やかしてやることも、できないのに。
    『……ふーふーちゃん』
    「うん?」
    『……、ううん、なんでもない。電話、ありがとう。ごめんね』
    「あ……。いや、……、あー、浮奇」
    『ん、なぁに』
    「……、ああ、くそ」
    名前を呼んで、答えてくれる。たったそれだけで涙が出るなんて信じられなかった。呼吸は乱れていない、普通にしていれば悟られないはずだ。余計な物音を立てないよう滲んだ涙はそのままに当たり前のように会話を続ける。
    「そうだ、ネックレス、浮奇がよくつけていたやつをたまたま見つけて、必要なら送るけど、どうする?」
    『……ああ、忘れてっちゃったんだ。ごめん、捨てていいよ』
    「……わ、かった、じゃあそうする」
    『……ふーふーちゃん』
    「……」
    『ふーふーちゃん、なんで泣いてるの。……なんで、っ』
    なんで、おまえまで泣くんだよ、浮奇。ただのアレルギーだから、なんて涙ぐんだ声で言われて誰が信じるか。「浮奇」と名前を呼んだ俺の声も揺れていたけれど、もうバレているのなら構わなかった。
    「浮奇、頼む、泣かないでくれ」
    『泣いてないもん……』
    「……悪い、俺が変に動揺したから。もう、大丈夫だから」
    『大丈夫じゃないでしょ、俺よりふーふーちゃんのほうが大丈夫じゃない』
    「大丈夫だ」
    『……自分を大切にしないふーふーちゃんのことは嫌いだって、何回言えば分かるの。俺に大切にさせてくれないで、自分でも大切にしないなら、誰がふーふーちゃんのこと大切にできるんだよ』
    感情的に荒ぶった浮奇の声で言われた言葉は、付き合っていた時にも何度も伝えられていた内容だった。浮奇のおかげですこしだけ自分を気遣えるようになったけれど、いま、浮奇を傷つけた自分をどう大切にしろと言うのか。傷つけば傷つくだけ良いくらいだ。
    『ネックレス、やっぱり捨てないで』
    「え……?」
    『取りに行く。ついでに他の荷物も、どうせ捨ててないんでしょう。全部持って帰るよ』
    「……それは」
    『空いてる日、連絡して。じゃあ』
    俺の返事を聞く前に浮奇は電話を切った。浮奇の言ったことを理解したがらない脳みそが思考停止し、俺はしばらくの間暗くなったスマホの画面を見つめていた。ポンっと通知が来て無意識に指を動かしたけれどただのメルマガで息を吐く。
    浮奇、来るって言ってたな。ネックレスも荷物も全部取りに来るって。俺が何も捨てていないことまでお見通しだ。空いている日を連絡したら浮奇と会える、けれど浮奇が来たら本当にすべて、この家から浮奇のものがなくなってしまう。片付けはしたけれどそれを捨てるつもりはなくて、浮奇に返す予定もなかった。つい、電話を切られてしまいそうだったから反射的にネックレスの話をしてしまっただけで、こんなことになるなんて予想していなかったから。
    連絡をしないで放置したら浮奇はきっと突然やってくるだろう。予期しないタイミングで浮奇が来るよりは、予め覚悟を決めておけるほうが良い。なんの予定もない明日を含めた数日の日付を送れば、すぐに浮奇から明日行くと返信が来た。途端に心臓が激しく鳴り始めて俺は胸を押さえた。きっと心の準備なんて一生できない。

    「お邪魔します」
    「……ああ」
    「痩せた? ごはん食べてないでしょ」
    「食べてるよ、きちんと朝ごはんも食べてるし」
    「もっと食べたほうがいいと思う」
    「オーケー、そうする」
    何を話せば、なんて思っていたけれど、顔を合わせてしまえば会話に困ることはなかった。もう浮奇との話し方なんて意識するまでもなく身についている。お邪魔しますと言われたのは結構ダメージがあったけれど、なんでもない顔で話すことができたはずだ。
    「荷物、置いてってごめんね。ふーふーちゃんは捨てないだろうなってちょっと考えれば分かったのに」
    「……いいや、俺が悪かったから」
    「ふーふーちゃんは悪くないよ。俺が悪い」
    「浮奇は何も」
    「ストップ。これたぶん一生続くからやめておこう」
    「……ん。荷物取ってくるから少し待っててくれ」
    「ありがと」
    リビングに浮奇を残して荷物を取りに行く途中、廊下で愛犬とすれ違った。ジッと見つめられて彼の前に膝をつく。
    「浮奇とお話ししておいで。今日まできちんと時間を作れなくて悪かった。おまえにとっても大切な家族だったのに」
    頭を撫でればお返しのように顔を舐められた。ぎゅうっと抱きしめ、温もりに心を癒してもらう。リビングに行く後ろ姿を見送ってから俺もゆっくりと足を動かした。浮奇の荷物を前にして、俺は壁に背中を預けて顔を覆った。少し時間が必要だろう、俺にも、彼にも。
    しばらくしてから俺は荷物を持ってリビングに戻った。ソファーに座り愛犬と寄り添って眠るように目を瞑っていた浮奇が、パッと目を開けこちらに顔を向ける。
    「……悪い、待たせた」
    「ううん。久しぶりにこの子とお話しできて良かった」
    「……ん」
    「……荷物、意外と多いね。タクシー呼んだほうがいいかな」
    「……ん」
    「……ふーふーちゃん」
    名前を呼ばれ、視線を上げた。浮奇は俺を見つめたまま腕を広げている。ああ、荷物を渡して、さよならをしないと。
    一歩、浮奇に近づいて荷物を持ち上げる。浮奇は一瞬目を丸くして、プッと吹き出した。
    「残念、ハズレ」
    「……は?」
    「俺が欲しいのはそれじゃないよ」
    ソファーから立ち上がり、浮奇は俺の手から荷物を奪い取った。しかしすぐにそれをソファーに置いて、広げた腕で俺のことを抱きしめる。俺は驚いてすこしも体を動かせないままで固まってしまった。
    「ねえ、会わない間、俺のことを考えた? ……俺は、そうだったよ。ずっとふーふーちゃんのことで頭がいっぱいだった」
    「……え」
    「ふーふーちゃん、俺の幸せを願うなら、そこには絶対ふーふーちゃんが必要なんだよ。いい加減分かってよ」
    浮奇は俺の背中に回した腕にぎゅうっと力を込めた。強く胸が重なって浮奇の心臓がドキドキと激しく動いていることに気がつく。抱きしめたい、と頭で考えるより先に、腕が浮奇の背中に回っていた。そっと触れて、落ち着かせるように優しく撫でる。浮奇はぐすっと鼻を啜り俺の首筋に顔を埋めた。
    「……ふーふーちゃんのこと好きな人にそういうことしちゃダメって言ったでしょ」
    「……浮奇相手には良いんだろう」
    「付き合ってる時にはね」
    「……俺は、今さら自分のこの性格を変えられると思えない。きっと何度も浮奇に嫌な思いをさせてしまう」
    「うん」
    「……でも浮奇のことを、大切にしたいんだ」
    「うん」
    「俺は自分を大切にするのが下手くそだから、……浮奇のことを大切にするから、浮奇が俺のことを大切にしてくれないか」
    「うん、する。俺がふーふーちゃんのこと一番大切にするし、幸せにするよ。ふーふーちゃんのこと傷つける人はふーふーちゃんであろうと許さないから、……だから、ねえ、大切にされることと幸せになることからは逃げないで」
    うん、と頷き、俺は抱きしめる腕の力を強くした。浮奇の香水が鼻孔をくすぐり、久しぶりに心の底から安心したような心地になる。好きだ、と考えたのと同時に、浮奇が「だいすき」ととろけた声で囁くから、思わず笑ってしまい浮奇が「なに?」と不満げに言った。
    「いいや、ちょうど俺も考えてたから」
    「……大好きって?」
    「好きだよ、浮奇。また俺の恋人になってくれるか?」
    「え。……うん。……なんでそんな、……うー、だいすき……」
    「よかった。俺のせいで傷つけてごめんな」
    「いいよ、傷つけられたって、俺はふーふーちゃんのこと大好きだから」
    「……ありがとう」
    ぎゅうっと強く抱きしめたあと、浮奇はパッと手を離した。俺も腕を緩めて浮奇と顔を合わせる。
    「……キスしてくれないの?」
    「……久しぶりでちょっと緊張してる」
    「ふふ、かわいい。俺がしようか?」
    「いや、……よし、……目を瞑っててくれるか?」
    「見てたいな」
    「……」
    「えへへ、はぁい、じゃあ今回は目閉じてあげる。ファーストキスみたいだ。優しくしてね?」
    「浮奇……」
    「ふはっ。ん、どうぞ、ふーふーちゃんの好きなように」
    浮奇は目を瞑って顎を上げた。笑い出してしまうのを堪えるようにキュッと上がった口角を見つめながら、本当にファーストキスのように、丁寧に口付ける。離した瞬間に追いかけてきて唇をこじ開けてくるから全くファーストキス感はなくなってしまったけれど、俺はそれが好きだから構わない。浮奇のことが、好きだから。

    扉を開けて中に入り、空席を探すよりも先に店の奥に目を向けた。入店のベルを聞いてこちらに注意を向けているスタッフの中から、オーナーを見つけて視線を止める。ガッと目を見開いた彼はバタバタと足音が聞こえそうな勢いでこちらへ駆け寄ってきた。
    「浮奇じゃないか! おい! もう会えないかと思ったよ!」
    「えへへ、こんばんはオーナー。心配かけてごめんね?」
    「いい、いい、また来てくれて嬉しいよ。ファルガーも、顔色が良くなったな」
    「……おかげさまで」
    「俺がちゃんと食べさせるしちゃんと寝かせるから安心して。ねえ、ふーふーちゃんのこと泣かせてくれたんだって? 俺も一緒にいたかったなぁ」
    「ははは! おまえがいたら泣く必要なんてないだろ! 元気そうで安心した。うまいもん出してやるから待ってろ、酒は飲むか?」
    「ううん、今日は帰ってから二人で飲む約束だからごはんだけ。ここの料理が恋しくて仲直りしたんだよ」
    「相変わらず口が上手いやつだ、サービスしかしてやれねえぞ」
    楽しそうに会話をする二人を見て気が緩んだのか、何を言われたわけでもないのに泣いてしまいそうになったけれど、オーナーの前で泣くのはあの一回だけで十分だ。息を吸って、吐いて、おいしそうな匂いに空腹感を刺激される。浮奇の手を取って空いている席へ向かい、オーナーに「サービス楽しみにしてる」と繋いだ手を掲げて見せた。
    「おまえにはサービスしねえよ、浮奇にだけだ!」
    オーナーは笑顔でそう言いキッチンに入って行った。彼が料理を山盛りにして運んでくる姿が目に浮かぶようだ。一皿目はきっと、浮奇の好きな卵料理だろう。浮奇においしいって笑ってほしいから。
    「お腹空いたね、いっぱい食べないと」
    「お酒を入れる余裕は残しておいてくれよ」
    「ん、もちろん。ここのごはんは大好きだけど、ふーふーちゃんと飲むお酒が一番好きだもん」
    「それは良かった。浮奇がおいしそうに飲んでくれると作り甲斐があるから」
    「ほんと? じゃあいっぱい飲んでいっぱいおいしいって言うね。ふーふーちゃんも俺にいっぱい好きって言って」
    「それは話が別じゃないか?」
    「同じだよ。俺はふーふーちゃんが好きだなぁって顔してるのが好きなの」
    「……」
    「ふへへ、その顔」
    ゆるゆるな笑顔を向けられたらそんな顔していないと否定することもできなくて、俺は無言のままじっと浮奇のことを見つめた。……浮奇が幸せそうなら、それでいいか。
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