コンコンと硬いノックの音が聞こえてスマホを伏せた。寝返りを打ち枕に顔を埋めて目を瞑るのと同時に扉の開く音がする。
「入るよ。……寝てるか」
俺が眠っていると思って声を潜めるのが可愛くて、毛布で隠れた口元を我慢できずににやっと緩めた。足音が近づいて来てベッドが軋み、冷たい手のひらが俺の額に触れる。顔を優しく撫でる手つきにとうとう耐えられなくなり、俺は体を捻ってふーふーちゃんを見上げた。
「まだちょっと熱があるかも」
「起きてたみたいだな。調子はどうだ? またスマホをいじってた?」
俺の枕元に置かれたスマホを視線で指され、なんのこと?と口角を上げて見せる。彼はクスッと笑って俺の目元を指先でなぞった。
「ちゃんと寝て、早く元気になってくれないと」
「ふーふーちゃんがずっと隣で見張っててくれたらいいんじゃないかな?」
「そうしたらおまえは大人しく寝るって?」
「どうかな? やってみないと分からないかも」
「これだけ口が回るようならすぐに元気になりそうだな。……体を起こすのは怠いか? 少しだけ、ハグしたい」
「……少しだなんてケチなこと言わないで」
腕を伸ばせばふーふーちゃんは表情を緩めて俺を抱き上げてくれた。間に挟まりそうになる毛布には邪魔だからどいててもらって、本当は服だってなくてもいいのにと思いながら彼のことをぎゅうっと抱きしめる。俺の後頭部や肩、背中から腰まで、彼の大きな手が熱を奪うようにさすってくれて、体温がふわりと上昇した気がした。
彼に風邪を移したくないから、とびきりに甘い音を立てたチークキスをして、耳元で「熱、上がっちゃうかも」と囁きを落とす。ちゅっと俺の頬に唇を押し当てたふーふーちゃんは俺と鼻を擦り合わせて、真正面から視線を絡めた。
「一度思い切って上げた方がスッキリして下がるかもな?」
「……キスしたくなるから、近づかないで」
「俺が何をしにおまえの部屋に来たと思ってる?」
「体調崩してる恋人を揶揄って遊ぶため?」
「一人きりで風邪を引いて寂しがってる恋人を、甘やかすため」
「……かぜ、うつしたくないって」
彼の視線から逃げるように俯き、でも離れたくなくて彼の肩に額を乗せて腰を抱き寄せた。耳元に落とされるリップ音で俺を誘惑するいじわるな恋人だ。
「もうほとんど治ってるだろ」
「完璧には治ってないでしょ」
「キスの一つくらいで移らない」
「一回したらもっとしたくなる」
「……浮奇が寝ている間、一人寂しく映画を見ていた忠犬に、そろそろ待てのご褒美をそろそろくれないと」
「……あとちょっとだけ、じょうずに待てをしてて。そうしたらもっといいご褒美をあげられる」
「なぁ、顔を上げて、浮奇」
顔を上げたら、キスをしちゃうでしょ。俺は自分が我慢ができないって分かってるんだ。ハグだけなら大丈夫だけど、顔を寄せて、目を合わせて、そしたらキスをしちゃうに決まってる。だってもう丸一日以上キスしてないんだもん。ふーふーちゃんの唇が恋しいんだ。
「浮奇」
「……」
「俺のことを見るだけでいいよ」
「……キスするじゃん」
「しないと約束はできない」
「……嘘でもしないって言ってよ、大人でしょ」
「好きな子には嘘をつきたくない」
「……」
「……風邪を引いて寝込んでいる姿すら可愛いなんて、俺の大好きな人はどこまでも隙がない」
「……ばか」
「やっとこっち向いたな」
目が合っただけで本当に嬉しそうに笑うから、やっぱり俺は我慢できずにキスをして何度も彼の唇を奪った。好きって言われるだけで嬉しくなっちゃう俺と、キミと、どっちが単純かな。きっと俺の風邪菌をもらってもふーふーちゃんが風邪を引かなかったら、キミの方がバカなんだよ。