平和に暮らすようになってからというものラーハルトは、パプニカに帰還した竜の騎士ダイに仕える一方で、ヒュンケルを口説いていた。
彼と顔を合わせる機会を増やす努力から始めて、やがて食事に誘うようになり、悩みを聞いたり、将来の夢を語ったり。
徐々に親密度を上げ、そしてついに、夕焼けの海という絶好のシチュエーションで良い雰囲気になって、ラーハルトは勝負に出た。
波の音が聞こえる砂浜で、そっとヒュンケルを引き寄せて唇にキスを贈った。
やった。避けられなかった。カップル成立だ。
と思ったのだが、口を離して目を覗き込んでもヒュンケルの表情には甘い香りはまったくしなかった。
ただ、ペロリと口を舐めて返された。
「懐かしいな」
え? なにが?
聞き返すのも恐ろしく、ラーハルトは頭一杯に疑問を抱えて一人寂しく帰路につくのだった。
「うん? それヒュンケルのこと?」
「は……その……はい」
ラーハルトが、主君たるダイへ悩みを白状する羽目になったのは自業自得であった。執務中であるのに気がそぞろ過ぎた。恥ずべき事である。
心配そうな主の厚意を無碍に出来ず、スケジュール帳の角ををうじうじ弄りながら口を割った。
すると、モンスターの間では口を舐めるのは珍しいことではないのかと質問しただけだったのに、ダイは悩みの種の名を言い当ててしまったのだ。仕事が疎かだったのは恋の悩みの所為でした、などとバレてはより恥ずかしくなる。
しかしダイももう小さな子供ではない。動じることなく、頼もしく頷いて教えてくれた。
「懐かしいなあ。ちいさい時はよくされたよ。キラーパンサーと遊んだりしたら普通に舐めてくる。オオアリクイにされたらベタベタになるから避けてたけど。それに、あんまり覚えてないけど、ヒババンゴやオークはお乳をくれた後には口を舐めとってくれてたんじゃないかな。ほとんど手の代わりだよ」
「そう、ですか」
「うん。おれもレオナに聞くまでそのへんの違いはよく知らなかった。……だからきっとヒュンケルのも特別な意味はないと思う」
ガンと頭を殴られた心地がした。求愛はまるで成功していなかった。いやそれ以上に、ダイにすべてを悟られているのもショックだ。目眩がする。ラーハルトは自分のこめかみにアイアンクローを掛けて項垂れた。
「な、なんかゴメンネ」
「いえ、私こそ申し訳ありませんでした」
肩を窄めて仕事に戻ろうとするラーハルトを、ダイが呼び止めた。
「ラーハルト、あのね!」
別に夕焼けの海にこだわっているワケでは無いのだが、徒歩で人目のない所へ向かうと大体ここになる。
ムードはもう諦めた。ラーハルトは、ダイから教えてもらった哺乳類系のモンスターには割と通じやすいという求愛行動を実践すべく、速攻でヒュンケルの両肩をガッシと捕まえた。
そして、顔を横向けにしてあんぐりと口を開き、真正面から鼻にがぶりと囓りつく。
「……っ!」
ドンと胸を突き飛ばされた。
「なっ、なにを! おまえ正気か」
ヒュンケルは鼻を押さえて後ずさった。やはり変だったのでは。
「オレも男なのだぞ! 子供は産めん!」
あれ? 意図が正確に伝わっている?
「もちろん知っている。返事は?」
尋ねると、いきなりの両頬をパチーン! と両手で挟まれた。
ビンタ いや、人間にはとんと見ない所作だった。
「ヒュンケル、それはどういう……おいヒュンケル!」
やった本人は真っ赤な顔でバタバタと逃げていった。
アレは怒りなのか? それとも?
「わからん……」
今日もラーハルトは疑問を抱えて帰路につくのだった。
翌日、恥を忍んでダイに翻訳を願い出た。
「うわあ。レアだなあ。それ鳥系か亀系しかやんないよ」
「意味は! 意味はなんなのですか!」
「求愛行動だよ」
ダイは、よかったねと祝福してくれたが、ラーハルトはがっくりと肩を落とした。
だったらカップル成立ではないか。追いかければ良かった。
いちいち通訳の必要な恋人。前途多難すぎる。
2023.09.16. 14:50~16:00 SKR