北海道へ移住した尾月の冬 移住して初めての冬。
街の中心部でイルミネーションがあるらしく、尾形と月島はそこを訪れていた。
正確には用事があると言う近所の人間を車で送った帰り道。
きらびやかな電飾で彩られた普段と違う景色を見せる街並みに目を奪われる月島の背後に身体をべったりと寄せた尾形は、身体を震わせ声まで揺らしながらも一気に捲し立てた。
「死ぬほど寒いんですけど人間が生きていい気温じゃないんですけどなんで外にこんなに人がいるんですかね寒すぎて頭どうかしてるんじゃないですか」
息継ぎまでしないで言い切った尾形の言葉に月島の返事は素っ気ない。
「綺麗だからじゃないのか」
「しかもわざわざ真冬の夜に出ることないでしょう、帰りましょう、せめて屋内に行きましょう。冷感機能の狂った奴らしかいないんですかここ」
手袋はうっかり車内に置いてきてしまった。ポケットに手を入れればなんとかなると思っていた尾形はイヤーマフと頭から被るようにしたマフラーに包まれながらも寒いものは寒く、耐えられないものは無理だと主張する。
大通りの端に設置されたテレビ塔も普段よりもきらびやかな色合いに包まれている。行き交う人々は老いも若きも男も女もそれぞれに楽しそうだ。少なくとも月島の後ろで恨み節と嫌味と皮肉を並べ立てるような男は他にいない。
溜息を漏らすと月島の口元からそれが大きな白い固まりとなり、冷えた空間に溶けていく。後ろの尾形は喋るその吐息でマフラーが濡れるのか眉を寄せて口元だけ押し下げた。
覗いた鼻先や頬が赤く染まっている。色が白いためそれが暗い道でも電飾に照らされてはっきりわかった。
「お前さ、なんでそんなに寒がりなのに俺についてきたんだよ。今だけじゃない、この移住もそうだ」
移住前、月島は勤めていた会社の仕事で忙殺され年間360日以上休めず、深夜までの残業も多々あり、体重も減り、結果体調も崩した。文字通り仕事のために生きている形になっていた。どうにかしなければ死と背中合わせになった月島はその底に落ちていくだけだった。そんな月島に逃げようと言ってきたのは尾形だ。
単なる別部署の喫煙所仲間だった尾形にここまで入れ込まれる理由が今もわからないのだが、その言葉は月島にとって救いだった。
しかしながら、こうして共に移住し一緒に暮らし、恋仲にまでなってしまうことになるなんて人生わからない。移住に関しての流れは当時の月島の思考は半ば停止しており、何故そんな話になったのかあまり思い出せない。
あんたを失いたくないだけです。
両肩を掴まれ顔を覗き込みながら尾形がそんなことを言っていた記憶はある。
らしくなく胸の奥がきゅ、と縮んだような感覚になった。月島はそこできっと尾形に絆されたんだと思っている。
「あんたがいないところに意味なんてないからに決まってるでしょう。だからそう俺を気遣うなら屋内に」
月島自身はそうだったが、この男はいつ自分のことをそういう目で見るようになったんだろう。何時になく真剣な眼差し、更には震える手で月島の腕を掴みなんとか動かそうとする尾形に口元を歪ませる。逆にその手を掴み返しわざとらしく指を絡めてから月島のポケットに引きずり込んだ。
「月島さん……ッ」
慌てたような声。耳はイヤーマフで見えないが、多分慌ててるだけではなく照れてもいるだろう。そこは心配いらない。カップルなんて自分たちが世界の中心だ。尾形と月島に気を向ける余裕も隙間もない。月島は妙な自信を持ったまま口元を緩める。
「まあいいだろ、ほら綺麗だし」
ほら、と顎をイルミネーションへ向ける。尾形の肌や服にも色とりどりの光が注ぐ。それは隣にいる月島も同じだ。周りにいる数多の人間の上にも降り注いでいるであろうそれも、カップルたちには二人だけに注いでいるように勘違いしている。それは尾形と月島も余り大差がなかった。
「そこのカフェの窓からでも見えますよ」
尾形は口を結んで掴まれていない方の手で月島の袖を引っ張った。ぷ、と思わず吹き出す月島の肩に顎を置いて強請るように引っ張る尾形の頭を宥めながら撫でた。
「情緒ねえな」
「あんたに言われちゃおしまいだ」
尾形は白い息と共に言葉を吐き出す。顎を乗せた月島の肩が軽く揺れた。
「仕方ない、ホテルでも行くか」
「あ」
急に何かを言いだした月島に、尾形は瞳孔をきゅ、と縮める。尾形の冷たい頬に自分の頬を寄せた月島は軽く擦り寄りながら挑発するように目を細めた。尾形の傷で少し引き攣れた皮膚の感触が月島は気に入っていた。
「寒いんだろ、温めてやるよ」
「く、ふはは。それ誘ってんのな。あんた」
「てっとり早いだろ」
「っとに……情緒ねえのはどっちだか」
呆れた声音で尾形は言うが身体は寄せたままで、イルミネーションへ背を向ける。
尾形はポケットの中で繋いだままの指の間に自分の指を擦り寄せながら二つの意味で早くホテルへ着けばいいと願った。