コタツより僕僕はもう限界だった。気絶するように寝落ちして目覚めてからすぐにスマホをとった。
「もしもし、モブどうした?」
「師匠こんにちは。起きてましたか? 今日会いたいんですけど、どこか行きませんか?」
師匠に会いたい――。365日、常に思っていることだ。僕はもう22歳。自分の力で働いて生計を立てている。何度も師匠に一緒に住みたいです。と言っても、社会人1年目だろ、まだ早い。と頑なに頷いてくれなかった。
師匠の言う通り、社会人1年目は思ってた以上に大変だった。僕は仕事に追われて、愛する恋人の師匠に連絡すらとれず毎日を過ごしていた。
そんな毎日で師匠不足の限界が訪れた休日、僕は師匠に会いたいと電話をしていた。
「んーー起きてはいるけど、今日めちゃくちゃ寒いからなぁ、正直コタツから出たくないんだよなぁ」
愛する師匠からの言葉に耳を疑った。え? この人正気か? 何日会えてないと思ってるんだ? もう付き合って4年目だから飽きた? マンネリ化? 僕のこと嫌いになった?
――否。師匠に限ってそんなことはない。なにせ師匠は僕のことが世界一かわいいのだから。
「え師匠! 世界一かわいい僕と会いたくないんですか?」
「そんなことあるわけないだろ。俺の世界一かわいい弟子と会いたいに決まってる。でもさ、寒いからさぁ。コタツから出たくないんだよ」
少しイラッとした。この人は僕よりコタツを選ぶのか。僕のこと世界一かわいいくせに。悔しい。僕は師匠の家のコタツを思い出した。モコモコふわふわの茶色っぽいベースに白い犬がたくさん描かれているコタツ布団だった。思い出した白い犬は舌を出して僕を嘲笑っているような気がしてイライラが募ってきた。
「コタツから出ないとダメです……師匠会いましょうよ。いや、絶対会わないと無理なんです」
イライラを抑えて、まだ師匠のかわいい弟子を演じてもう一押ししてみる。
「あ〜〜モブの気持ちは分かる。俺も一緒だから。でもさ、出たくな……」
「師匠の気持ちはよく分かりました。そこにあるコタツが全ての元凶なんですね。僕よりコタツを選んだってことですよね。コタツにすら妬ける……」
ガチャ、バンッ!
スタスタスタスタ
「ええええ?! モブ?! なんで?! さっきまで電話?! ええ?」
「なんで僕が会いたいって言ってるのに、会ってくれないんですかーー! もうコタツは没収します!」
この人はもう何を言っても、コタツから出る気が微塵もないと判断した僕は、高速で師匠の家に飛んで行って、まだ合鍵も貰えてないけど、超能力を鍵穴に流し込んで、簡単にその鍵を開けて、部屋に飛び込んで叫んだ。
それでも尚、部屋着で舌を出した白い犬がたくさんプリントされたコタツ布団にくるまった霊幻は意地でもコタツから出ずに、これでもかと、僕よりコタツの発言を繰り返していた。
「えぇーモブくんごめんって。だからコタツとるのだけは勘弁して」
「ダメです。そんなこと言ったって、一生コタツに籠って僕と会ってくれないでしょう?」
僕が1本指を動かし、超能力で簡単にコタツ布団を取り上げた。
「師匠すみません。悪く思わないでください。僕のためなんです」
「うわーーーーーーーー俺のコタツ布団ーーーーー!
寒いいいいいいいいやだーーーー!!!」
取り上げた後もしつこくコタツを求める師匠は、大きな声をあげ叫んでいた。
「あ〜〜師匠うるさいな。もう黙って」
この人の腕を引いて自分の身体で包み込み、師匠が怯んだ隙に唇を重ねる。油断していたこの人の唇は軽く開いていて、スルリと僕の舌を入れることに簡単に成功した。
「……っ」
もう何も言えなくなってしまった師匠は、そのまま僕に思う存分口内を侵されて、とろとろに出来上がってしまった。
「まだ寒いですか? ほら、寒くないでしょう?」
「……うん」
濃厚なキスをされて少しボーッとしている師匠は、僕の体温に包まれて、すっかり寒さは感じなくなっていたみたいだった。やっとコタツより僕の方が良いって思い出してくれたかな。中学のころから筋トレをコツコツと続けてきた僕の身体は、ムキムキにはならなかったが、適度に筋肉がついたから体温も高めだった。加えて僕の渾身のキスが師匠自身の体温を上げたのだ。
僕はまだ少しボーッとしている師匠に鬼気迫る顔でお願いをした。
「僕、まだ仕事慣れなくて、心も身体もくたくたなんです。だから師匠、僕を甘えさせてくれませんか。そうしないと明日から頑張れません」
ソファに座った師匠の膝の上に、頭を乗せた僕は、下からのアングルの師匠を一通り眺めたあと、目を瞑った。思いっきり空気を鼻から吸い込んで、師匠の匂いも堪能していた。
師匠は僕の髪を優しく撫でながら
「モブいつも頑張ってるな。俺はお前の頑張りをちゃんと分かってるからな。でも無理だけはするなよ。俺がいつでも守ってやるからな」
そう言って僕を甘やかしてくれる。僕だけの師匠による僕だけの特権だ。大人になってしまった僕が唯一甘えられる大切な居場所――。
「お前本当にこんなんでいいわけ」
「はい。これが良いんです。最高です。あの、もっと撫でてもらっていいですか」
「いいよ」
モブのサラサラの髪を何度もゆっくりなでながら、霊幻が語りかける。
「お前はこんなに大きくなったのにいつまでたっても子どもみたいなところあるよな」
「ふふっかわいいでしょう。師匠は僕に変わって欲しくなかったんじゃないですか?」
「ん……まぁそう思ってた事もあるけど、そんなの無理だろ。ただ変わっていくお前に置いてかれるのが怖かったんだよ。俺は」
今は素直になったこの人が不安に思ってること、昔の僕が知ってたらもう少し、安心させてあげられてたのかもしれない。僕の唯一甘えられる場所を作ってくれる愛おしいこの人に今の僕ができる最大限の想いを伝える。
「僕が師匠を置いていくことなんて絶対にないですよ。これまでもこれからも」
もう分かってるよという顔をして師匠は笑った。
「まさか、こんなに大きくなってまで甘やかさないといけないなんて思ってなかったよ」
こうして僕は無事にコタツに打ち勝ち、師匠に思いっきり甘やかしてもらって、また明日からの生活に戻る。まだ早いというこの人はあと何年たったら僕と住むことを了承してくれるだろうか。その甘え放題の日を夢見て、僕は師匠に優しく撫でられながら目を瞑った。
おわり