たとえば明日のホットショコラが、未来永劫の愛になるように「あー、だから、もう好きにしろって」
頭痛が治まらないというような、何とも嫌そうな顔で、キースは投げやりな台詞を吐いた。ディノはそんな同僚に憤慨して、必要事項を入力中であったオンラインショップの受付画面から目を離す。
「そんな適当なこと言うなよ、フェイスの誕生日なんだぞ」
「それを考えた上での、オレたちの金色はねえわって意見に耳を貸さなかったのはお前だろ」
キースの指摘に、ソファの後ろ、カウンター側に背を向けて丸椅子に座っているジュニアが「そうだ、そうだ」と加勢してきた。
ウエストセクター研修チームの午後のミーティングは、ルーキーを一人欠いた状態で開かれている。議題はフェイスの誕生日について。サプライズの企画に、対象者を参加させるわけにはいかない。密会とも言えるそれはフェイスの留守を狙ってのことなので、三人の時間はそう長く取れない。迅速かつ円滑に進めたいところではあるが、構図は一対一対一になりつつあった。金箔でコーティングされたフェイスの等身大チョコレートに賛成派のディノ、もう好きにしろ派のキース、いやなんで金色にする必要があるんだよ派のジュニアだ。
「まず等身大チョコレートの時点で異議が無かったっつうのが、オレたちの敗因だろ」
キースはソファの背もたれに深く首を預けて、ジュニアを上目で見やった。
「う……っ、イヤ、パトロールとトレーニングでへばってたところに、全然疲れてねーディノが元気良く話しかけてきたら、誰だってとりあえず頷いちまうだろ」
「卑劣な作戦だよなあ」
「そんなにダメかな、ゴールデンフェイス」
毎年恒例になりつつあるフェイスへのバースデーサプライズだ。せっかくなら前年よりも更にパワーアップして、見た目も豪華に、何よりも本人を嬉しい驚きで満たしてあげたい。ディノとしては真摯にそう考えただけなのだが、チームメイトからの相次ぐ不評は地味に堪えた。他に何かもっといい案があるだろうか。眉根を寄せて真剣に考えてみるけれど、ゴールデンフェイス以上のビッグサプライズを思い付くには数日を要しそうだ。
「まあ……それを決めるのはフェイスだろ」
「確かにな、クソDJならチョコレートってだけで喜ぶんじゃねーの」
ディノが考え込んでいると、キースとジュニアが不自然なほどの早口で肯定的な意見を述べた。やはり金箔しかない。フェイスならば、きっと喜んでくれる。ディノには確信があった。
「よし、じゃあ、早速注文しておくな」
目が合わない二人の早口は気のせいということにして、ディノはオーダー受付画面に向き直った。
「つーかさ、金箔はともかく、何で毎年頑なに等身大チョコレートなんだよ」
ジュニアが丸椅子を回転させながらディノに問いかける。
「去年なんか真似するヤツまで出てきたしさ、定番になってる意味がわからねー」
「それは……フェイスの好きなものだし、インパクトもあるし」
最初に祝ったフェイスのバースデーを思い返す。自分の存在を認めてくれた彼からの、真っ直ぐな愛を受け取ったのはあの日が初めてかもしれない。屈託なく純粋に笑う顔が、素直な言葉が嬉しかった。ディノがフェイスにしてあげたいことを含めて、この日はフェイスにとっての何もかもが特別であってほしいのだ。
「……だから、ついあの時と同じ……いや、それ以上にって思っちゃうんだ」
ディノが語り終えて顔を上げると、やはり二人とは目が合わなかった。
「あっ、違うぞ? ジュニアのことももちろん特別に思ってるし、バースデーは盛大に祝う予定だから……!」
決してメンティー贔屓などではないと説明したかったが、ディノの口ぶりは勘違いさせてしまっても仕方ないものだった。思わず立ち上がり、どう弁解しようか焦る。キースは笑いを堪えるように腹を押さえ、今度はソファの上で前屈みになっている。
「ちげーよ、わかってるって。おれのこともそんな目で見てたらさすがにビビる」
「そんな目って」
「そーゆー目だろ、なんつーか、ラブソングの歌詞みてえだった。ちょっと気になっただけだってのに、返ってきたのが特大のノロケかよ」
色ボケメンターに酒飲みメンター、とキースを巻き込んで、ジュニアは丸椅子から降り、立ちっぱなしのディノが持つ携帯端末の画面を覗き込みに来た。意外とかっこいいじゃん、そう笑う彼の顔が、これまでよりずっと高いところにある気がした。
果たしてフェイスのバースデーサプライズは大成功を収めた。何人かを――特にフェイスの実の兄を――多少動揺させながら、ゴールデンフェイスは無事本人の前にお披露目させることができた。SNSを使った本人の会場への誘導は難しい面もあったが、そこはフェイスの素直さを頼らせてもらった。
もう少し上手くやって、なんて言うけれど、やめてほしいとは言わないのだ。少し照れていたり、積極的に動くことに慣れていないだけで。
「そうだよな、フェイス」
「え、何が?」
補助ロボットや他セクターの『ヒーロー』の手を借りながら、二十時を過ぎてもフェイスのプレゼントの搬入は終わらなかった。一旦エントランスに間借りさせてほしい、ブラッドにそう持ちかけた交渉はすんなり通った。このチョコレートいっぱいの部屋に戻る前に、キースとジュニアは塩分の調達に走っている。今日という日があまりにも愛に溢れていることが嬉しくて、ディノはつい脈絡なく、いつものように並んで座るフェイスの横顔に同意を求めてしまった。
「ラブアンドピースだよな」
「アハ、そうだね。なんだかんだで結構楽しかったよ、用意してくれてありがと」
答えるフェイスも普段より機嫌が良さそうに見える。これで今日は部屋に引きこもろうとしていたと言うのだから、仲間たちに協力を求めたのは正解だった。この部屋の中で何もことが起きなければ起きなかったで、フェイスが深く傷付くのは目に見えている。ディノだって同じだ。特別な日には特別な人たちと過ごしたい。
「とんでもないことっていうのが笑えたかな。まさか例えじゃなくて物理的にチョコレートに埋もれてるなんて思わなかったよ」
「今だってほとんど同じ状況じゃないか、やっぱりすごいな、フェイスは。ニューミリオンを誇る大人気ヒーローだ」
「ちょっと、それは言い過ぎ」
楽しそうな笑顔は、一年前、二年前と同じようで違う。ジュニアと共に、日々様々な成長を見せてくれる表情が愛おしい。愛おしすぎるくらいだ。公私は分けているつもりだと言い張りたいけれど、ディノはすぐさまその頬に唇を寄せるのを我慢できなかった。フェイスの方は、待っていたと言わんばかりに顎を上げる。
「こっちにも、してくれるんじゃないの」
などと言ってみせた唇に、お望み通り蓋をした。このリビングでは、最近密会ばかりしている気がする。ばちが当たる前に、もしくはキースとジュニアが帰宅する前に――はたまた抑えが効かなくなる前に、ディノはフェイスの内部の温かさからやっとの思いで身を引いた。
「……これだけ?」
「うん、また今度な」
不服には多少の演技が織り交ぜられている。フェイスはどれくらいの距離感で、どの程度のわがままが通用するかを確かめるのが得意だった。そのことを知っているからこそ、ディノはSNS上でこっそり放たれたフェイスの願いを見逃さなかった。
「楽しみにしてて」
「本当に?」
次があるのか、というフェイスの視線を、ディノは真っ直ぐ受け止める。
「フェイスが望むなら、いつでも……いつまででも」
あの日、与えられた居場所とその意味を忘れていない。愛が枯れそうになったときに見せた、悲痛な顔を忘れたくない。
どんな些細な願いだって、全力で叶えてあげたいと思う。それをそのままフェイスに伝えると、本日二十二歳になった彼の口からは、『アンシェル』のペア限定チョコレートが食べてみたいのだと、遠慮がちに発された。
「司令と一緒に行こうって約束したんだけど、忙しくていつになるかわからないし、限定だから……」
ディノが部屋いっぱい、そしてエントランスにも間借りしている業者顔負けの量のチョコレートの存在を思い出したのは、もちろんと答えてしまったあとだった。