A Small, Good Thing 「ぱんかぱーん、ぱんかぱーん、ぱんぱかぱんぱーかぱんぱんぱーん♪」
高らかに口ずさまれるファンファーレの音色とともに、ロゴ入りのリボンが結ばれた紙袋が向かい側から差し出される。
「遠野くん、はいどうぞ」
「あぁ、うん……ありがとう。僕も」
満面の笑みに迎え入れられ、どこか照れくさい気持ちを隠せずにいながら、こちらもまた、同じ包みをそろりとテーブルの下の荷物かごから差し出すようにする。
「わぁ、ありがとう! 嬉しいなぁ、すっごく。よかったよね、いいのが買えて。ね、これって開けちゃっても平気?」
「あぁ、いいけど……」
曖昧な相槌で答えながら、受け取ったばかりのこちらの紙袋の中身を思わずちらりと覗き見る。
「じゃあ僕も開けさせてもらうね、いい?」
「うん、もちろん」
きらきらとまばゆくこぼれんばかりの光を放つまなざしにじいっと見守られるのを感じながら、かさり、と控えめな音を立てて小さな箱から中身を取り出すようにすれば、向かい側からもまた、おなじように揃いの包みの中身が明らかにされる。
――こちらのそれはディープグリーン、鴫野くんのそれはやわらかなキャラメルブラウン。お互いへの贈り物として買い求めた色違いの革製の二対のキーケースが卓上へと姿を現す。
「いいなぁやっぱり、すっごく似合ってるよね。遠野くんって感じ」
「そうかな……ありがとう」
ありがたいことに、こちらが思わず面食らうかのようなストレートな賞賛の言葉を贈ってくれることは日常茶飯事のようなもので――とはいえ、慣れるだなんてことはいまだにすこしもないのが自分でもなんだかおかしい。
「ほんとにありがとう、遠野くん。散財させちゃってごめんね」
ささやくように遠慮がちにかけられる言葉に、ふわりと心地よく心が揺れる。
「そんなことないよ、気にしないで」
ゆるやかにかぶりを振り、すこしぬるくなったコーヒーにそっと口をつけながら、穏やかに瞼を細めたまなざしをじいっと見つめていれば、ふふ、とどこか得意げに吐息を洩らすようにしながら、やわらかな言葉が続く。
「でもなんかさ、ちょっといいよね。誕生日とかクリスマスとかそういう日でもないのにさ。なんかなかったっけ、こういうの。毎日が誰かの誕生日――いや、ちがうかな」
「〝なんでもない日おめでとう?〟」
「あぁ、そうそうそれ!」
途端に、うんと嬉しそうに綻んだ言葉が届けられる。
「ルイス・キャロルだね。『不思議の国のアリス』の。原文だと『誕生日じゃない日おめでとう』なんて言い回しみたいだけど」
随分とセンスのある訳し方だな、とは思ったものだけれど。
「なんていうかさ、良い心がけだよね。年に一度って決まってるその日だからこそ特別で嬉しいっていうのはもちろんわかるんだけど……ほんとうに〝なんでもない日〟なんて無いんだよね、きっと。僕だってそうだしさ、遠野くんといられる時は特に」
なんの衒いもなしにまっすぐに届けられる言葉はたおやかに降り注ぐ光みたいにまっすぐに心の内を照らしてくれるから、たちまちに身動きが取れなくなるような心地にさせられる。
「うん――、そうだね」
ゆっくりと深く頷きながら、いまだ真新しくてぴかぴかのままのキーケースに刻印されたロゴをそうっと指先でなぞる。
「ねえ、遠野くんも?」
「言ったでしょ、いま」
「いいでしょ、ちゃんと教えてくれたって」
「どうしようかなぁ」
わざとらしくいじけたような口ぶりで答えあいながら、くすくすと吐息を噛み殺すように遠慮がちに笑い合う。
なんでもない日の幸せを、そして何より、 初めての〝恋人同士〟の証らしきものをありがとう。
堪えようのない照れくささとともに、ふつふつと込み上げるような誇らしい気持ちが込み上げて、言葉にしようのない愛おしさを静かに運んでくれる。
ひどくささやかで、それでいて、何よりも確かな幸福のはじまりがいま、この手の中でまばゆく輝く。