いたずらさせてよ「遠野くん遠野くん、ハッピーハローウィン! いたずらとお菓子ならどっちがいい?」
「いいけど、いきなり何?」
玄関先で顔を合わせるなり、突如投げかけられた問いを前に思わず真顔でそう返せば、すこしも臆することのないようすの満面の笑みが返される。よくよく目にしてみれば、鴫野くんの着ている黒いパーカーの胸元には左右で色違いの猫の目、ポケットからはおばけがひょっこりと顔を覗かせていて、控えめな仮装とも言えなくはないことにいまさらのように気づく。
ああ、そういえばそんな日だったか。世間ではずいぶんと騒がれているようでも、身の回りでは特に話題にあがることもなかったものだからすっかり忘れていたけれど。
「いたずらって言ったらどうするつもり?」
「ばらしちゃったら意味がないでしょ」
ばつが悪そうに笑いながら、パーカーのポケットから取り出したお菓子を、掌の上へとぱらぱらと手渡される。一口サイズのチョコレートやビスケットのパッケージはどれもカボチャやおばけに黒猫に、と、おなじみのモチーフで彩られていて、おどろおどろしくもかわいらしい。
「どうしたのこれ、買ったの?」
「ううん、叔父さんのところで」
ぶん、と勢いよくかぶりを振り、やわらかに瞼を細めながら鴫野くんは答える。
「家族連れのお客さんも結構多いからさ、小さい子向けにってこの時期になると毎年用意してるんだって。余ったから持って帰っていいよって言われて」
ちゃんとしたお土産もあるからね。悪戯めいた笑顔と共に告げられる言葉に、ゆるやかに心は軋む。
「ありがとう、わざわざ。いいから上がってよ。寒かったでしょ? 外。晩ごはん用意出来てるからね」
「きょうはなに?」
「ビーフシチュー」
「やったあ」
猫みたいに瞼を細めて笑う姿を前にすれば、どこか堪えきれない気持ちを掻き立てられるのを感じて、思わずぎゅっと両頬を挟むように掌で触れる。
「なに、どうしたのいきなり」
くすくすと笑いながらかけられる言葉を前に、にっこりと得意げな笑顔を浮かべたまま、僕は答える。
「ちょっと思いついたから、いたずら」
「あげたのになぁ、お菓子」
まあ確かにおっしゃるとおりなのだけれど。
子どもみたいにわざとらしくむくれて見せる姿があんまりかわいいので、誘われるままにやわらかな髪をくしゃくしゃと撫で回す。
「いいから、支度してきなよ。おなかすいたでしょ?」
おかえりなさい、おつかれさま。
耳元でそっとささやき声を落とせば、形の良い綺麗な耳朶はたちまちに朱を呑んだみたいにさあっと赤く染まる。
――こういうところなんだよな、ほんとうに。
たまらない気持ちに駆られながらじっと視線を合わせるようにすれば、切れ長のまばゆく光る瞳は、いつしか蜜を帯びたようにあまく潤んでいる。
「……遠野くん、ただいま」
吐息まじりのやわらかなささやき声は、じわりと心を湿らせてくれる。
ハッピーハローウィン。そしてなにより、おかえりなさい。
(お菓子よりもいたずらよりも、何よりも君がほしいだなんてことは、君にはまだ内緒のままだけれど)