石乙散文 気持ちが溢れてうっかり「好きだ」と言っちまったのが一週間前。その翌日に「僕も好きです」と返されて付き合うようになった。返事をもらってその日のうちにキスもセックスもした。勿論、同意を取った上でだ、食い気味だった自覚はあるが。
初めてあいつの身体に触れたとき、あまりに手垢だらけで驚いた。慣れてる風には見えなかったが、自然とこちらがやりやすいように呼吸を刻んだり体勢を変えたりするのは明らかに経験がある証拠だ。初めてじゃねぇのか、なんて野暮なことは聞かずに、慣れてるなら慣れてるなりに、自分の色に染めちまえばいいと思った。だから、あいつが嫌がらない限り、毎日のようにその身体を抱いた。抱きながら何度も好きだって囁いたし、あいつも気持ちよさそうに達していたから、問題ねぇだろと思っていた。
ところが一週間経った今日になって、急に乙骨が俺のことを避けるようになった。避ける、とはいっても、基本的に一緒に行動しているから、その距離感というか、今までだったらそっと手を伸ばせば肩を抱ける距離で歩いていたのに、心なしか半歩くらい離れていて、近づかなければ肩を抱けないし、そうしようとすれば、顔を向けられ「なんですか?」と問われる。なんですかと言われてもなんでもねぇよとしか返せなくて、でも触れられないのは少し寂しい。
(なんだよ……俺、こいつに何かしたか…?)
確かに昨晩もセックスしたけれど、いつものようにしていいかって確認したし、自分なりに丁寧にその身体に触れて、乙骨もしっかり気持ち良くなるように抱いたし、乙骨もそういう風に見えた。
今朝だって、身体がダルいだろう乙骨の代わりに朝食を用意してやったり、移動するときは声を掛けて気遣ってやったりした。嫌がられるようなことはまるで見当がつかない。
(まぁ、いつもベタベタしすぎたのかもしれねぇし、今日は様子見するか)
自分はそんな風に捉えて、普通に乙骨と任務に行って、しっかり呪霊を片付けた。乙骨はどうにも、相手の攻撃に対して受け身になりがちだし、なによりその呪力量から呪霊を引き寄せがちだ。身体は反転術式で治癒できても、服はそうもいかなくて、片手の肩から先の袖が引き千切られた腕を見ながら、あーあと思ってしまう。
「これ着とけよ」
だから自分の着ていたジャケットを脱いで乙骨に掛けてやった。乙骨は驚いたような表情でジャケットとこちらを見比べてきた。
「え、いいですよ。これを僕に着せたらアナタが半裸になっちゃうじゃないですか」
「中途半端な服よりはいいだろうが」
こちらがそう返せば、乙骨は意味が分からないと言う表情で眉を寄せつつも、ぎゅっとこちらが掛けたジャケットの端を掴んだ。
「……石流さんって」
「あん?」
「……どうして僕に優しいんですか?」
「は…?」
思わずなに言ってんだと思って、乙骨に向き直った。
「……そりゃー…俺はオマエが好きなんだし、好きなやつには優しくするだろ…?」
すると乙骨はとんでもないことを言ってきた。
「……石流さんは、僕のことが好きなんですか?」
この問いには思わず「はぁ!?」と大きな声をあげてしまった。いやまて、なんでそうなるんだ。
「好きに決まってんだろ!?というか、何回オマエに好きだって言ってると思ってんだ!?」
好きだとちゃんも告白しているし、セックス中だって何度伝えたか分からない。なんでその気持ちを疑われないといけないんだと思ってそう返せば。
「……そう、ですけど……あれからセックスばっかりだし、そっちが目当てなのかなって、思って…」
ボソボソとそんなことを言う乙骨に、俺は口をあんぐりと開けてしまった。いやしかし、乙骨がセックスに慣れてる風なのに気付いた時点で、察するべきだったのかもしれない。
(……そうかこいつ、身体の関係ばっかりで、ちゃんと付き合ったことなかったのか…)
だから、身体ばかり求めてくる自分に対しても、それが目当てなのかと思ったのだろう。あーしくったと思いつつ、でも待て、乙骨が今までそういう付き合いしかして来なかったなら、こちらの気持ちを気にするのは変じゃないか、ということにも気付いて。
改めて乙骨を見れば、乙骨はほんのりと頬を染めて、こちらが、渡したジャケットをぎゅっと抱き締めていた。
「石流さんは……本当に僕のこと好きなんですか?僕のことなんか、好きでいてくれてるんですか?」
その瞳が揺れて、真っ直ぐこちらを見てくる。不安そうに、でも、こっちに何かを求めるみたいに。
「……僕も、好きで、いいんですか?」
その言葉と表情に、ぶわっと感情が溢れた。
そのまま乙骨の身体を抱き締めて、気持ちを落ち着けるように息を吐いた。
「……好きだ、オマエのことが好きだ。オマエも俺のことが好きなら、そうでいろよ」
そうだったら、俺は嬉しい。
ぎゅっと抱き締めてそう囁けば、乙骨もこちらに擦り寄ってきて「はい」と頷いた。
「僕も……石流さんが、好きです」
一週間経って、やっと気持ちが身体に追いついたんだなって、思った。