石乙散文 恩師である五条からの呼び出しは石流の扱いに関する話だけであったそうで、「朝早くにごめんね~憂太には早く教えてあげたかったからさ」とさらりと言われた。
その気遣いはとても嬉しかったのだが、別の問題が乙骨の中では発生していた。
(どうしよう……石流さんには好きって言われたし、僕も石流さんが好きだし……つまり両想いってことなんだよね……)
どうしてもほんとに??と疑問符が浮かんでしまうが、事実だけを並べるとそういうことになる。
(好きって……気持ち返した方がいいのかな……そんなことして、いいのかな…)
そんな風に考えながら、とりあえず朝ご飯でも食べに行こうと食堂の方に向かった。すると。
「お、乙骨」
向かう途中であろうことか石流と鉢合わせてしまい、乙骨はドキーンと口から心臓が出そうになった。
「いっ、石流さん…?どうしてここに……ここ、高専の校舎ですよ…?」
「あん?オマエんとこの目隠し教師に呼び出されたんだよ」
石流にはそう言われたし、よくよく考えたら石流はもう監視対象ではなく、立場を保証されたのだ。それならば呪術高専の校舎を出入りしても問題ないのだ。
「そう…ですか……」
胸の奥がまだバクバク波打っていた。石流に言わなきゃいけないことがあるのに、上手く言葉に出来ないでいた。
すると石流が乙骨に屈んできて、耳打ちしてくる。
「…身体、大丈夫かよ?」
「っ、え……」
「あんまり無理すんなよ」
そう言って乙骨の頭にポンと手を添えた後、隣を擦り抜けていった。
残された乙骨は思わず耳元に手を添えて、それから内心「あああ~~~~!!!」と声をあげた。
(ズルい……あんなこと言うなんて……)
こちらがなんて言葉にすればいいのか迷っている間に、さり気なく身体を気遣われて、さらりと交わされた。向こうからすれば自分の気持ちは既に乙骨へ伝えているし、乙骨の答えを待っている状態なのだ、そりゃあ余裕はあるだろう。
(そうだよ、僕が、ちゃんと、石流さんに伝えなきゃ…)
ひとつ息を吐いてから、乙骨は顔をあげた。
朝ご飯を食べた後、その日は特に任務がなかったので普通に授業に参加した。同級生たちからは「憂太が一緒なんて珍しい」と言われたけれど、乙骨も久しぶりに同級生のみんなと一緒にいられて嬉しかった。
「憂太が監視してる受肉体の、なんだっけ?いしごおり?あいつとばっかり一緒にいたもんな」
「すじこ」
「ほんと、憂太を独り占めしててずるいよな」
真希、狗巻、パンダにそれぞれそう言われ、乙骨は「ははは」と苦笑を漏らす。
「でもね、石流さん、特例で呪術師に認定されることになったから、もうすぐ僕の監視対象ではなくなるんだよ」
「え!?」
「そうなのか?」
「めんたいこ?」
乙骨の言葉に、3人がそれぞれ反応する。それから。
「じゃあもう、憂太があいつに貼り付いてる必要はないんだな」
「しゃけ!」
「寮の部屋も一緒だったんだろ?何処に移動するんだろうな?悟たちの寮か?そもそも高専を出るのか?」
「あ……」
そこで乙骨は、今更ながらにそうなるのか、と思ってしまった。
今までは監視対象という名目で石流とは常に一緒に行動していたし、寮の部屋も他の学生が使用していない古い寮の一室を使っていた。
しかし、監視対象ではなくなるのだから、あの寮からも移動することになるだろう。乙骨は他の学生たちがいる寮に戻り、そして石流は何処に行くのだろう。
(それに……今までみたいに一緒に任務に行くことも少なくなるだろうな……戦力的に、僕と石流さんは別々に行動した方が効率がいいから)
そう考えたら、急に寂しくなってしまった。石流がいつか処分される監視対象ではなく、一介の呪術師として認められたのは素直に嬉しい。でも、きっと今までみたいに一緒にいる時間は殆どなくなってしまうだろう。
(……やっぱり、ちゃんと伝えよう、僕の気持ち)
繋ぎ止めるとか、そういう意味ではないけれど、そういう役割でなくても一緒にいたい、今までみたいに一緒にはいられなくなるのなら、少しでも会える口実を作りたい、もしかしたら、伝える機会すらなくなってしまうかもしれないから。
その日の座学が終わって、午後にいくつかの任務をこなしたあと、乙骨は急いで石流と生活している寮に向かった。
早く石流に会いたい、会って気持ちを伝えたい、僕もアナタのことが好きです、って──。
そんな風に思いながら、寮の部屋に入れば、そこに石流の姿はなかった。
それどころか、部屋が朝より殺風景になっていた。いや、石流の荷物が、なくなっているのだ。
(……まさか、遅かった…?)
その事実にきゅっと胸の奥が苦しくなった。
乙骨はふらふらと部屋に入ると、ベッドの上にとさりと身体を倒した。
(……でもそりゃそうだよな……晴れて呪術師に認定されたんだから、こうなるよな、すぐに……)
それでも、後もう少しだけ話をする時間が欲しかった。あと一日くらい待って欲しかった。そうすればちゃんと全部伝えられたのに。
「……僕も、あなたのことが、好きです……」
ポツリと呟いた言葉は、静かな部屋に沈んで消えた。落ち込んでいても仕方がない、自分も元の寮の部屋に戻るために、片付けなければ、そう思って、乙骨がベッドから身体を起こしたところで。
「乙骨?」
その声に呼ばれて、ドキン!と心臓が跳ねた。
慌てて部屋の入口の方を見れば、扉のところに、石流の、姿があった。
「いし、ごおり、さん……」
「戻ってきてたのかよ。あー俺の荷物なら、もう運んじまったぜ」
そう言いながら部屋に入ってくる石流に、乙骨はぎゅっと胸を抑えた。今度こそちゃんといわなければ、この気持ちを早く、この人に会えるうちに、そう思うのに。
そんな乙骨の心情に気付いているのかいないのか、石流は上機嫌に言った。
「俺の部屋だけどよ、とりあえず、高専教師が使ってる寮の部屋を使わせてくれるってよ」
「え?」
「学生寮ともそんな離れてねぇし、こっそり俺の部屋に夜這いに来てもいいからな?」
石流がこっそり耳打ちするようにそう言って、乙骨は思わず「しませんよ!!」と返した。
しかし石流はニシシと笑うだけで、乙骨から離れていく。
「任務もしばらくはオマエと一緒に当たれってよ、ったく、信用されたんだかされてないんだか、よく分からねぇよな」
「え」
石流の言葉に目を見開く乙骨に、「オマエも早く荷物まとめて移動しろよ」と言い残して石流はさっさと部屋を出て行ってしまった。
石流は変わらず高専内の寮にいるし、任務も乙骨と一緒に担当しろと言われている、それってつまり、今までとあまり変わらないのではと気付いてしまって。
と、いうか。
(僕、結局まだ、あの人に好きって言えてないんだけど…!?)
そのことにも気付いてしまって、乙骨は思わず頭を抱え「ムアー!!」と叫んでいた。