石乙散文 石流が監視対象の受肉体から、1人の呪術師として呪術上層部から認定されてから数日、乙骨は石流に自分の気持ちを伝えるべく、その機会を伺っていた。
だが、任務では一緒になるものの、それ以外の時間ではなかなか二人きりになれることがなく、今までは乙骨が付きっ切りであったのだが、最近は他の呪術師と一緒にいたり同じ元受肉体の呪術師と交流する機会も増えているようだった。
(どうしよう…まさか任務中に好きです、なんて言えないし……何処かで二人きりになれたりしないかな…)
少し思案して、夜になれば各々の寮の部屋に戻る、そのタイミングで乙骨の部屋か石流の部屋で落ち合えば話が出来るのでは、と浮かんでふと石流に言われたことを思い出した。
『こっそり俺の部屋に夜這いに来てもいいからな?』
それに乙骨は頭をぶんぶんと左右に振った。
(べ、別に、僕は石流さんの部屋に夜這いに行くわけでは…!あーでも、告白の返事を返しに行くのなら、結果的にそうなっちゃうかのな……)
夜に石流の部屋に行くだなんて、そんなの完全にそういうことをする流れではないか。好きだと言われ、初めて抱かれたときのことを思い出し、乙骨の顔が沸騰したように熱くなる。
(そういう流れにならなくても…僕の気持ちをしっかりあの人に返すには……夜這い……やっぱり夜這いに行くしかないのか…?)
そんなことを悶々と考えていた。
(でも……最近の石流さんを見てると、別に僕じゃなくてもいいんじゃないかなって思ってくるよ)
それからふと、そういう考えも頭によぎった。
(石流さんが、僕に、好きだって言ってきたのは、呪術師だと認定される前だったし、一緒にいるのは殆ど僕とだけだった。でも今は、色々な人と関わってる、あの人はいい性格してるし、僕よりももっといい人を見つけるんじゃないかな…)
そう考えたら、わざわざ好きだと伝えて両想いになって、あの人の選択肢を狭める必要はないんじゃないかと思えてくる。
(どうしよう……やっぱり今更、好きだなんて伝えない方がいいんじゃ……)
そんな風に考えている間に日は沈み、外は星が瞬く夜になっていた。
乙骨は自分用の枕を抱き締め、石流の部屋の前に来ていた。
(来ちゃったーーー!!!どうしようとか迷ってたくせに結局来ちゃったーーー!!!いやほんとになんで来ちゃったの僕……石流さんのことを考えたら、身を引くべきじゃないか…!?)
そう頭では考えているのに、心ではモヤモヤしてしまっていた。自分以外の誰かとそういう関係になる石流のことを考えたら、どうしようもなく。
(……石流さんが、他の人を好きになったらその時はその時じゃないか……まだそうなるとも決まってないし、むしろそうなる前に、僕の気持ちを伝えたって、いいじゃないか……)
そんな風に自分の頭に言い聞かせながらも、いざ、部屋の前に来たらどうしていいか分からなくなってしまった。いや、扉をノックして、名乗ればいいだけの話だろ、早くやれと思うのに、ドクンドクンと鼓動が早打ちして、上手く身体を動かせない。
それでもなんとか扉の方へ手を伸ばし、その扉をノックしようとした、その時。
ガチャッ
「……オマエ、さっきから俺の部屋の前で何やってんだ?」
「あ………」
それより早く扉が開き、石流が顔を出した。
(ちょ……待って……まだ心の準備が出来てない……!)
乙骨は内心わたわたしながら「あ、えっと…」と声を漏らせば、石流がニヤリと笑って言った。
「まさか本当に夜這いに来るとは思わなかったぜ」
「よ、よばいじゃない、です……」
そのニヤけ顔にムッとした顔を向ければ、石流はケラケラ笑って「まぁ入れよ」と乙骨を部屋の中に促した。
それに乙骨がいそいそと部屋に入れば──部屋の扉がガチャリと閉まった直後、石流の腕に身体を抱き竦められた。
「え……」
その事実に乙骨が目を見開けば、石流が屈み込んできて──そっと唇を塞がれた。
「んっ……」
食らいつくようなキスに、乙骨は思わずぎゅっと目を閉じる。何度も唇をちゅっちゅっと啄まれた後、薄く唇を開けば、そこに石流の舌が入り込んできた。
「ん、ふぁ、あ、ン…はぁ、あ……」
石流の腕に身体を抱かれ、深く口付けられながら、部屋の奥へと誘導されていく。そして身体が傾いたと思えば、背中にポスリと柔らかいマットレスが当たった。ベッドの上に、押し倒されたのだ。
「…っ、ふ、はぁ…あ……」
「乙骨……」
唇が離れ、薄く目を開けば、こちらに熱い視線を向けてくる石流と目が合う。その視線に溶かされてしまいそうなほど熱くて、それが自分に向けられているのがたまらなくて、はぁはぁと荒い息をしながらも、乙骨は囁いた。
「いし、ごおり、さ……」
「ん……」
その呼び掛けに応えるように、頬に口付けられ、顎を伝って、首元にも唇を寄せられる。
「あっ……」
石流の手は服越しに乙骨の身体をなぞり、服の裾からゆっくりと内側へ掌を忍ばせてきた。その意図が分かって、身を捩った。
(ま、ずい…このままじゃほんとに、ただ、夜這いに来ただけになっちゃう……)
違う、違うのだ、自分がここに来たのは、もっと別に目的があって。
「ん、いしごおり、さん……まって……」
「んー…?なんだよ……」
乙骨がそう言えば、石流は不機嫌そうな声を漏らしながらも顔をあげてきた。乙骨はいそいそとそんな石流を伺いつつ、なんとか口を開く。
「えっと、僕は……その、ここに来たのは、石流さんと、話がしてくて…」
「…なんだよ話って」
石流が真っ直ぐ乙骨を見つめながらそう言葉を促してくる。乙骨はひとつ息を吐いてから、意を決して石流に言った。
「…僕も、石流さんが、好きです」
ハッキリ、しっかり言ってから、遂に言っちゃった~~~!!と内心恥ずかしくてたまらなくなった。
だというのに、乙骨の言葉を聞いた石流は、ポカンとした顔で、あっさりと言った。
「……知ってるが?」
「………………へ!?」
思わず変な声が漏れた。
「し、知ってるって……」
「オマエが俺のことを好きだってことだよ」
「ナンデ…!?」
「なんでって……オマエが自分で言ってたんだろうが、『僕もあなたのことが好きです』って」
その内容に思わず「いつ!!??」と更に問い返しそうになったが、言われてみれば確かに、その言葉を自分は言っていたような気がした。
石流が特例の呪術師に認定されたその日、石流の荷物が片付けられた自室で、ベッドに突っ伏した状態で、独り言を呟くように。
「………………聞いてたんですか?」
恥ずかしさで顔が沸騰しそうだった。そんな乙骨に追い打ちを掛けるように、石流はあっさり「おう」と言ってきて、乙骨は心の中でガフッと吐血していた。
「まぁでも、初めてオマエを抱いた時からなんとなく、気付いていたけどな……オマエ全然、抵抗しなかったし…」
「う……それは……」
ぐうの音も出ない。乙骨も自分の気持ちから目を逸らそうとしていたが、恐らくその時には既に石流のことが好きだったのだ。
「……でも僕、ちゃんと石流さんに、好きだって言わなきゃって、ずっと思っていたんですよ…?」
それなのに、あっさり知ってるなんて言われるなんてあんまりだ。乙骨が思わず両手で顔を覆って呻けば、石流は「あー」と言いながら苦笑した。
「それは……悪かったな、俺も嬉しかったぜ、オマエからちゃんと、好きだって言葉が聞けて」
「…………ほんとにそう思ってます?」
「だーもう、思ってるって!」
手の端から顔を出して、乙骨が伺うようにそう言えば、石流はそう言いながら、乙骨の身体をぎゅっと抱き締めてきた。
「……オマエのことが好きだ、だから、オマエの好きも聞けて、めちゃくちゃ嬉しいよ」
そして耳元でそう囁かれて、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……僕も、石流さんのこと、好きです…」
「ん……」
乙骨の言葉に頷きながら、石流が再び口付けてくる。ちゃんと好きだと伝え合って、両想いになってからのキス。それはとても優しくて暖かくて、乙骨
も強請るようにその首に腕を回した。
そのまま再びベッドの上に身体を倒されて、石流の手が乙骨の身体に触れてくる。今度はそれを拒むことをせずに受け入れれば、熱く大きな手で身体に触れられて、思わず震えた。
「ん、はぁ…あ……」
「……あんまり、声を出すなよ?前の部屋と違って、この寮には俺たち以外もいるんだからな?」
石流にそう言われて、慌てて口を手で覆えば、石流はくすくすも笑って、その手をどかされて、代わりに石流の口で塞がれた。
そのままじっくり時間を掛けて、身体を溶かされ交わり合った。
「……え、じゃあ石流さん、あの時には、特例の呪術師になれるって知ってたんですか?」
お互いの気持ちと熱を確かめ合った後、ベッドの中で抱き締められながら、石流とそんな話をしていた。
「ああ、だからオマエに好きだって言おうと思ったんだ、いつ処分されるか分からねぇ受肉体のままじゃ、オマエにそんなこと言えねぇと思ってたからな」
頭を撫でられ、額にもちゅっと口付けられた。しかし、その言葉に、乙骨はむむんと唸る。
「それならそうと言って下さいよ、僕だって石流さんの気持ちにどう返せばいいのかって迷っていたのに……せめて一日待ってくれたら…」
「正式に決まったら、すぐにあの部屋を出て行くことになると思ったんだよ、それならオマエに手を出すなら、もうあの時しかねぇって思ってな」
「えええ……」
でも言われてみれば、あの時の石流は何処か焦っていたようにも見えた。あれはそういうことだったのかと、今更ながらに理解した。
「……だから、オマエも俺のことが好きだって知れて、嬉しかった。今度はしっかり優しく抱いてやるって思ったんだけどな……」
石流の声が後半萎んでいた。その理由は乙骨も察している。
「……その割には、さっきものすごくがっつかれた気がするんですけど」
「う……そうだな、だってオマエをまた抱けるって思ったら、抑えられなくてよ……」
そしてがっくりと肩を落としたような声でそういう石流に思わずクスリと笑った。
「…別に、気にしなくていいですよ、僕も、嬉しかった、ですから」
そう言って、今度はこちらから、石流にちゅっと口付けた。そしたらまたキスを返されて、更に抱き締める腕も強くなった。
そうやって気持ちと身体を絡めながら、ちゃんと好きって伝えられてよかったと乙骨は改めて思っていた。