芸能パロ石乙 その日、乙骨は一つの紙袋を抱えて、石流の家に向かった。袋の中身は先日出した自分の写真集で、石流にも一冊渡そうと思ったのだ。
出来上がった写真集を知り合いに配るのはよくあることだ、身内だったり共演者だったりお世話になった知り合いだったり。撮影場所は乙骨の生まれ故郷である仙台で、いい写真をいっぱい撮ってもらったから、石流にも見てもらいたいと思っていた。
石流には今日家に行くことは伝えてある。だからオートロックのエントランスを抜けて、エレベータで目的階まで昇り、持っていた合鍵で部屋の扉を開けた。
「龍さーん、来たよー!」
乙骨がそう声を掛ければ、部屋の何処かからか「おー」という声が聞こえた。
「今、シャワー浴びてっから、適当に入っててくれ」
「はーい」
そんな返事をしながら、靴を脱いで部屋にあがる。廊下を抜けた正面はリビングで、せっかくだから、リビングのテーブルに写真集を置いておいてビックリさせようかな、なんて思っていたら。
リビングのテーブルにどでんと、乙骨の写真集が既に置いてあって、思わずブッと噴き出していた。
(は、え…!?なんで、僕の写真集が既にあるの…!?)
まさかマネージャーが気を利かして先に石流に渡してくれたのだろうか──いやいや、知り合いには自分で配るって話していたはずだ。
だったらこの、目の前に置いてある写真集は何処から…?と思っていれば、写真集に一枚の写真が挟まっていることに気付いた。
(これ……ネットショップで買ったときに付いてくる特典生写真じゃん……え、ちょ、まさか……)
「おー、ゆう、待たせたな~!」
そのタイミングで石流もリビングに入ってくる。乙骨はそんな石流に振り返りながら、口を開いた。
「龍さん……これ……」
「おお?」
「僕の写真集ですよね…」
「そうだな」
「なんであるんですか……」
「なんでってそりゃあ」
「まさか、買ったんですか…?」
乙骨が恐る恐るそう問えば、石流はしれっと「そうだな」と答えた。それに乙骨は「いやいやいやいや」と首を横に振った。
「わざわざ買わなくても僕があげますよ!」
「なんだよ、いーじゃねぇか、発売日に欲しかったんだよ」
「それなら発売日前に渡したのに…」
「それはダメだろ、やっぱり発売日に手に入れねぇとな、特典の写真だって付かねぇし」
石流はそう言って鼻歌交じりに、乙骨の写真集を手に取り、ソファに座って開いていた。乙骨は嬉しいような気恥ずかしいような気分になりつつ、持っていた紙袋を見つめた。
「せっかく持ってきたのに…」
「お、くれるならもらうぜ?」
「2冊もいりませんよね!?」
「いや、保存用にもう1冊買うか迷ってたからくれるならありがたくもらう」
そんな風に言ってくるから、ムッとなりつつも、持っていた紙袋を渡した。
「…サインでも入れます?」
「サイン入りのやつを買ったから俺はどちらでもいーけど?」
「それって早期予約特典のやつじゃないですか…」
つまり石流は自分の写真集をネットショップでがっつり早期予約をして買っていたということである。何となく頭を抑えたくなったし、顔も少し熱を持っていた。
しかし当の石流はご機嫌そうに乙骨の写真集を眺めていた。それはなんだかんだ嬉しくて、乙骨は石流が座っているソファの隣に腰を下ろした。
「ここって仙台だよな~」
「分かるんですか?」
「俺も仙台出身だし」
「あ……そういえばそうでしたね」
言われてみれば石流は同郷だった。祖母が時代劇俳優の中で石流に目を掛けていたのも、それが理由だった気がする。
「この辺は俺も昔良く来たぜ」
「そうなんですか?」
石流が一つの写真を示しながらそう言うので、乙骨も顔を近づけて覗き込んだ。するとそんな乙骨の頬に、石流がちゅっと口付けた。
「……龍さん?」
「そりゃ、そんな近くにオマエの顔があればキスすんだろ」
石流はしれっとそう言うが、乙骨は「もう」とキスされた頬を抑えながら、そこが熱くなるのを感じていた。
それから石流におすすめの写真や撮影エピソードを聞かれたので、そんな話をした。この場所はこんなイメージで撮影したとか、この写真を撮影した後はこんな出来事があったとか。
「日焼け止めもちゃんと塗ってたんですけど、さすがに真っ赤になっちゃいまして」
「オマエ、肌が白いから赤くなったらすぐに分かるもんな…」
「おかげで翌日はがっつりメイクして屋内だけの撮影になりましたね」
乙骨がそう苦笑しながら話したのは、海岸沿いで水着になって撮影した写真だ。女性の写真集で水着姿はつきものだが、男でも撮るんだなぁなんて思った。もっとも、乙骨の希望で終始パーカーは羽織っていたが。
(撮影前にチェックしたけど、龍さんとのあれやそれやの痕跡が残っててうっかり撮られちゃったら困るし…)
載せる写真は乙骨もチェックしたので抜かりない。そんな風に思っていれば、水着写真のページをめくっていた、石流がおもむろに口を開いた。
「そういえば、オマエの事務所って乳首NGなのか?」
「ブッ」
何を言い出すんだという内容に思わず噴き出していた。
「なんでそうなるんです!?」
「いや、だって絶妙に隠れてるし」
「たまたまですよ!」
そう声を上げてから「たまたまだよな!?」と自問する。それとも事務所からカメラマンに何か指示が出ていたのだろうか。
そんなことを乙骨が悶々と考えていれば、石流が「まぁいいけどよ」とあっさり返した。
「俺だけが知ってるオマエのカラダがあるっていうのも中々オツだと思うしな…」
「……そんな風に思わなくても、龍さんにしか見せない姿なんていくらでもありますよ」
言いながら何となく恥ずかしくなってきて顔を手で覆った。こういう時、自分の知らないところで自分は護られてるものだなと思ってしまう。
そんな乙骨に、石流が苦笑してそっと頭に手を当ててきた。
「分かってるって、オマエって素だと分かりやすいもんな」
「…分かりやすい、ですか?」
「営業用だと割と平気な顔でスキンシップが取れるのに、俺が相手だとやたら慌てたりするだろ、そういうところだよ」
「あ~~…」
それもまた、指摘されると恥ずかしいところだ。だって、他の人の絡むのと石流相手とでは、気持ちが全然違うのだから。
(気をつけよ……あまり露骨だと石流さんとの関係がバレちゃうかもしれないし)
そんなことを考えながら、頭を抑えつつ、チラリと石流の方を見る。
自分の写真集をご機嫌そうに眺める石流の姿を見ていて、うれしい気持ちと一緒にほんの少しの寂しさを感じてしまった。ナニソレ有り得ないと思って、乙骨が顔を逸らせば石流が「ん?」と反応した。
「どーした?」
「あーいや……」
「写真ばっかり見てないで、本物にも構えってか?」
「べべべべつにそんなんじゃ…!」
ギクリとしてから慌てて否定するが、石流は「ほんと分かりやすいな」と言って、乙骨の身体を抱き寄せてぎゅっと抱き締めてくれた。
その感触にドキリとすると同時に、嬉しくて乙骨も石流の方に寄り掛かる。顔をあげれば目があって、そっと唇を合わせた。
「……ちなみに、俺も昔フォトブックを出してるんだが…」
「もちろん持ってます!!」
「だよなぁ……」