エンドロールはまだ遠く 初夏の日差しが容赦無く差し込む広場も、日が翳ってくれば気温がグッと下がってくる。足元を過ぎていく涼しい風に、少しだけ肌を泡立たせながら、キバナとダンデは臨時で張られたイベントテントの下で帰り支度を進めていく。
キルクスタウンで行われた小さな子ども向けイベントは、チャンピオンダンデとそのライバルのキバナが揃って登場した事で、それはもう大盛況だった。ほぼ一日がかりのイベントは夕方になって漸く終わり、明日はそのままオフ。ここからはリーグから手配されたホテルに二人揃って泊まることになっていた。
「キミも明日オフだろ、部屋遊びに行って良いか?」
「オッケー。だけどお前は動くな、オレさまが行くから」
ジムチャレンジ時代から交流のある二人は、時間が合えばオフで遊ぶことも多い。泊まりで同じホテルであれば、どちらかの部屋で夜更かしをすることもよくある事だった。
「ここのシャワーの水圧、ヤバくね?」
「そうだったか?どこも似たようなものだろう」
「お前に聞いたオレさまが悪かったよ」
軽い応酬をしながら、キバナはベッドに腰掛けているダンデの横へと同じように座り、水滴の垂れる彼の髪の毛を、タオルで拭き始める。よくある事なのか、ダンデも拭いてもらいやすいように頭を預ける。
何となく映していたテレビは、二人が交代でシャワーを浴びている間に映画を流し始めたようだった。主人公らしき青年が相棒のワンパチと一緒に街中を駆け回っていく姿を、キバナは手の中にあるタオルを緩慢に動かしながらぼんやりと眺める。
「なんだっけこの映画」
「レベルが結構高そうなワンパチだ」
「えっそこ見る?」
「見ないのか?」
「まあ、鍛えてそうだよな。いや、どんなストーリーなのかなって」
「そこ見るのか?」
「見るだろ」
「ふぅん」
興味が無いのかと思いきや、何故か神妙な面持ちで画面を眺め続けるダンデを意外に思いつつ、キバナもそのままの流れで映画を観ることにした。
「おお…」
「すげぇ、カーチェイス派手じゃん」
「あっ!後ろのアーマーガアの技みたか?攻撃高そうだ!」
「それはちょっと思った!あぁー!やっぱり先回りされてたか!」
「ところでこの二人とワンパチはなんで逃げ回ってるんだ?」
「そういう映画だって思っときゃ良いよもう」
「今キミ面倒だと思っただろう」
「嘘だろここで裏切んのかよケイト!」
「ケイトって誰だ?」
「主人公とヒロインの幼馴染!最初から結構出てた!」
最初は何となく見始めた映画であったが、これが中々面白かった。緊迫感のあるアクションと、間に挟まるコミカルな内容がテンポよく、気が付けば二人揃ってベッドに並んで眺めていた。
だが、話が中盤に差し掛かった頃。派手なアクションが続いていたはずの画面は、一転して雰囲気がガラリと変わる。主人公達が逃げ込んだ山小屋には、毛布が一枚しか無かった。そこから譲り合い、最後には二人で一緒に毛布を被る。暗がりの中で互いを見つめ合う二人は、暫く沈黙した後に、自然と唇を合わせ始める。映画では偶にある展開だったが、キバナはこれまでのアクションシーンとコミカルな内容からここまで生々しいものが来るとは思わず、面食らう。しかも、今は隣にダンデがいる。一人でならまだしも、気の置けない友人と布が擦れる音と吐息が垂れ流される画面を見るのは、正直とても気まずい。ダンデはどう思っているのだろうか、隣をそろりと伺ってみれば、予想とは違い真剣な顔で画面を見つめていた。
「いやそんな真面目に見るシーンかよ」
「なあキバナ」
「……なに」
「映画って、アクションでもホラーでも、コメディでも何故か急にキスしたりベッドインするじゃないか。なんでだ?」
「キッ…ベッ…!んんっ……今、正にそういうシーンに突入したからって聞く?」
「いや、ずっと気になってたからつい…なんでだ?」
キバナは、ダンデがいつの間にか肩が触れ合ってしまうのではという距離にいたことに何故か少しだけドキリとする。小首を傾げながらパチリとキバナの瞳とかち合った琥珀色から、慌てて視線を逸らし、思い付いた言葉を返す。
「オレさまもわかんねぇけど、盛り上がるからじゃねぇの?みんな好きじゃん。愛とか恋とか」
「キバナもか?」
「えっ」
ダンデの、その一瞬だけ上擦った言葉の裏側を問う前に、二人の前に鎮座しているテレビ画面から激しい爆発音が聞こえてきた。それを合図に、ダンデは画面へと視線を戻す。キバナも画面を見る。
「この炎はCGだな」
「なんで分かんの」
「毎日リザードンの炎を見ていれば分かるぜ」
「…ふぅん」
さっきの言葉は何だったのか。どんな意味があるのか。たった一言の問いに、キバナの頭は何故だかよく分からない熱暴走のようなものを起こした。映画の内容なんてちっとも入って来ない。
そしていつの間にか映画は終わりを迎え、主人公はヒロインと熱い口付けを交わしたところでエンドロールが始まる。真っ黒な画面に足早に流れる文字達。反射して、キバナ達の姿も鏡の様に画面に映し出されていた。そこにきて漸く、琥珀色の瞳が自分の方へと向けられている事にキバナは気付いたのだった。
キバナもか?
と、画面の中のダンデに問われているような気分になる。
「さっきの話さ。オレさま、どうなんだろ。正直よくわかんねぇけどさ」
「うん」
画面の中で、キバナの顔とダンデの顔が重なり合う。軽いリップ音にベッドの軋む音、空調の駆動音。全てが生々しい。
「……どう?」
「……確かにこれは……みんな好きかもしれない」
「ダンデは?」
「ん?」
「ダンデも好き?」
その問いに答える前に、吐き出されるはずの空気は、キバナが唇を合わせてきた事で霧散するのだった。
「これさ、映画でいうとクライマックスだと思う?」
銀の糸を互いの唇で結びながらキバナは重ねて問いかける。
「まだ、オープニングだと思うぜ」
二人分の吐息。軋むベッドに、荒々しい布擦れ音。こんなオープニングがあってたまるか。キバナは自分の望むクライマックスに向けて動き出すのだった。
夜はまだ、始まったばかりだ。