そこにいてくれ パチリと時折思い出したかのように跳ねる火の粉が夜空に飛び上がってフッと闇に紛れていく。薄茶色だった丸太型のトーチに置かれた小さな火種から、ゆっくりと煙が上がっていたのはだいぶ前のことだ。今は風が吹く度にその体の隙間から拍動するような赤を見せながらダンデ達を温めてくれている。
ワイルドエリアでのキャンプは、二人が子どもの頃から何度もしてきた。ライバルという関係に恋人という肩書きが追加されてからもそれは変わらず。忙しい時期であっても一月に一度はキャンプをして昼間にポケモン達と遊び、夜にはこうしてゆったりと二人静かに火を囲む。言葉に出して約束をしている訳では無いが、普段の慌ただしい日常から切り離されるこの時間は二人にとっても、一緒に過ごしてくれるポケモン達にとっても大切な時間となっている。
「何だか、今日のトーチはいつもより温かいし…煙の香りが違う気がする」
「そういや、これヤローから間伐のオマケで作ったやつを貰ったんだけど、松だから火力も強いし松脂の香りが良いんだって言われたな」
「オレ、この香り何だか好きだぜ」
「オレも。今度ヤローに会ったらお礼言っとこ」
その後も二人で子どもみたいにスンスンと鼻を鳴らしていると、それを不思議がって二人の横で丸まっていたリザードンも首をもたげて同じように鼻を鳴らす。その姿が何だか微笑ましくて、キバナが思わず声を上げて笑うと、少し恥ずかしかったのか火竜はふすんっと強めの鼻息を吐いて不服そうにキバナを睨め付ける。
「ごめんって。煙が良い香りだなって嗅いでただけだよ」
キバナの弁明に暫く黙って不服そうにしていたリザードンだったが、最後宥めるようにダンデが彼の鼻先を優しく掌で撫でてやると、仕方ないというようにひと鳴きをしてから、くるりと火のそばでもう一度丸まり始めた。そんなリザードンの動きによって揺れるトーチの火が面白かったようで、近くで鬼ごっこをして遊んでいたドラメシア達が「もう一回!」と強請るようにトーチの周りをクルクルと飛び回る。
「こらこら、カレー用のうちわを貸してやるから勘弁してやってくれ」
「ゴーキン?」
「ああ、それだぜ。ありがとうな」
察しのいいジュラルドンが持ってきてくれたうちわを手に、ドラメシア達が楽しそうに火を扇ぐのを見ながら、ダンデはゆっくりとキバナの方へと体を傾け、そのままぽすんっと彼の胸元へと懐く。キバナも慣れているのか、ダンデの肩を自分へと引き寄せるようにして、ダンデがより自分へと体重を掛けやすいようにする。
「ふふっ、キミの服からも煙の香りがするぜ」
「多分お前も同じだろうよ」
「そうだな。おんなじだな」
おんなじだ。そう、小さく笑いながらダンデはもう一度キバナの胸元へと擦り寄る。
「この頃は煙の香りがすると、キミの事ばかり思い出してしまう…自分の家に帰ってから、香りはするのに姿が見えないって変な感じがするんだぜ」
「…オレさまも、ちょっと分かるなそれ。洗濯した服に残った香りとかが鼻を掠めるとお前がヨクバリスみたいにカレー頬張ってる姿が浮かぶ時あるわ」
「……ムードって言葉知ってるか?」
「お前にそれを言われる日が来たことに、今驚いてる」
「ふふっ確かにそうだな…でも、本当に変な感じなんだ…キミが隣に居ないのが」
胸元で笑うダンデの髪を手櫛で遊びながら、キバナはそれきり言葉を発さなかった。ダンデもそれ以上は何も言わずに目を瞑り、トーチの炎が燃え尽きるまで静かにキバナの温もりと煙の香りを感じていた。
「(これは…はぐらかされたか?)」
ダンデなりに、もっと一緒にいたい。同じ場所で起きて、同じ場所で寝たい。そう伝えたつもりではあった。少し遠回し過ぎたのか?それともキバナにとってはまだその気持ちになれないのか?そんな事を彼の心音を聞きながらうつらうつらと考える。
だって。煙の香りを感じてついつい振り返った時に、誰も居ない部屋の壁を見ることに寂しさを感じてしまうだなんてダンデ自身でさえ思ってもみなかった事だった。会いたい気持ちがこんなにも募るものだなんて、ダンデはキバナと恋人という関係になるまで知らなかったのだ。
「(ドラゴンタイプは大器晩成型が多いからな…)」
キバナも自分と同じ気持ちだったら良いなと密かに期待をしていたダンデは、少しだけ寂しい気持ちになりながらトーチと人肌の温もりに意識が溶かされて瞼が下がり始める。もうこのまま寝てしまおう。きっと重いなんて言いながらキバナがテントまで運んでくれるはずだ。そうして考える事を放棄して、ダンデはそのまま体の力を抜いたのだった。
「……あさ?」
テントの布越しでも、外が気持ちの良い朝日が昇ってきている事に気付くような光量を瞼に浴びてダンデは自然と目を覚ます。どうやら本当にキバナが運んでくれたらしい。当の本人はまだ眠っているらしく、ネイビーの寝袋からは規則正しい寝息が聞こえてくる。
手間を掛けさせてしまったな。なんて思って頬をかいたダンデは、そこで漸く違和感を感じる。頬をかいた左手の薬指に、昨日まで無かったものが増えている。
「キバナ」
「……」
「キバナ、起きてるな?」
「まだ寝てるって」
「やっぱり起きてるだろ!キバナ!左手!左手を見せてくれ!」
「ムードって知ってるか?」
「どうでも良いぜ‼︎ほら、早く見せてくれ!」
抵抗するようにゴロリとダンデに背を向けて寝返りを打ってしまったキバナを、遠慮なく揺らしながらダンデは笑う。
「オレさまの左手を見るってことは、オッケーってことで良いんだよな?覚悟はできてんのか?」
少し緊張したような声を聞いて、とうとう居ても立っても居られなくなったダンデは、キバナを寝袋ごと抱きしめた。寝袋からは、昨日の煙の香りが残っていて。それがとても幸せな事だなと思いながら、ダンデはキバナの言葉に応えるべく、その香りごと大きく息を吸い込んだのだった。