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    1999年ノストラダムスの予言と七風

    1999年6月30日 七ツ森は授業中、窓の外に広がる雨雲の割れ目からのぞく青空を眺めていた。梅雨に入って久々の晴天で、グラウンドに点々と残る水たまりにも雲と青空が映っていて、地面の割れ目から青空がのぞいているようで、自分の天地が引っくり返ったような不安定な感覚がする。この感覚がわかるのはカザマだけだな、と思いながら今日の昼休みに屋上に誘ってみようと考える。ばさばさとプリントがめくれる音に気づいて教室を見回せば、自分以外の生徒は机に向かってプリントの問題に取り組んでいる。みんなは今日がなんの日なのか、知らないのかと不思議に思った。今日は6月の、最終日だというのに!

     小学校の図書室の、子ども向け科学漫画で読んだノストラダムスの予言。おどろおどろしいタッチで人々が逃げ惑うイラストの入ったそのページを初めて見た日の夜は、眠れなかった。翌朝眠い目をこすりながら起きてくると、母親は「おはよう」とにっこり笑って目玉焼きを焼いていて、父親は通勤用の靴に足をつっこんでいて、姉は髪の毛に櫛を通している。いつもの朝だった。また、通学路を歩いていると、大人たちが足早に勤め先に行き、老夫人が犬の散歩をしている。まるで世界の滅亡など自分の眼前に迫っていないかのように。なぜ皆はあんな恐ろしい予言を、なかったことにして生活をしているのか、わからなかった。ひょっとすると自分だけが知る、世界の秘密なのではないかとさえ思った。だから学校の休み時間に、クラスメイトに聞いてみた。彼は「えっ、それヤバイじゃん」と言ったけれど、すぐに別の少年に声を掛けてドッジボールをしに校庭へ駆けていった。

     昼休みに玲太のクラスを覗いてみる。彼もまた、ほかの生徒たちと同じようにのんびりとした表情で数学の教科書とノートを重ねていた。ふと顔を上げた彼と七ツ森の視線がぶつかり、七ツ森は人差し指を上に突き出すように示して「屋上」と唇の動きだけで伝える。七ツ森は大きな声を出すのが苦手だった。玲太は頷いて、それからゆっくりと教室を出る。
     屋上の手すりにもたれながら、二人でイヤホンを片耳ずつはめて、玲太のイギリスの友人が送ってくれたというCDを聴く。電子音と不穏なイントロから疾走感を増していくその曲は、七ツ森の聴いたことのないものだった。
    「ヤバ……。これ何?誰の曲?」
    「さあ?ケミカルブラザーズ、とか書いてあったな。あんまり知らないんだ、でも聴けって送ってくれた」
     七ツ森はリズムを取って目を閉じる。この世界にこんな気分がアガる曲があるというのに、世界は明日滅んでしまうのかもしれないと思うとたまらなかった。手すりの、今日の晴天で乾ききらなかった雨水が腕をつたう。
    「ねえカザマ。お願いがあるんだけど」
    「……なんだよ」
    「今日の一日を、俺にくれないかな」
    「は?どういうことだよ」
    「いいじゃん、放課後一緒に遊びましょってこと」
    「べつにいいけど……」
     七ツ森は不思議そうな顔で返事をする玲太に向かってにこりと笑うと自分の耳からイヤホンを抜き、それを玲太のほうへ寄越した。二人はそれからのんびりとサンドイッチを齧り、昼休みの終わりまでを過ごした。

     「あ、これも食べてみたかったんだよね……」
     放課後のコンビニで、七ツ森はカゴの中にチョコレート菓子や生菓子をぽいぽいと放り込んでゆく。その横で、「買いすぎじゃないのか?」と玲太が言う。
    「最後の晩餐だから、いいんだよ」
    「最後の晩餐?」
     玲太が聞き返した瞬間、七ツ森はしまったという顔をする。ノストラダムスの予言を信じているというのは、ばかげていると、心のどこかでは思っていたから。みんな成長していくにつれて、自分のことに集中して起こるかどうかもわからない未来の予言なんて忘れてしまうのに、自分だけがその怖さと絶望をいつでも大事に握りしめて、ときどき取り出して眺めてはこわいこわいと思っているなんて、知られるのは少し、いやだった。けれど、七ツ森の言葉の意味を知りたがる、玲太の強い目の力に気圧され、仕方なしにノストラダムスの予言の話をする。すると、玲太の顔に驚きの色が広がる。彼は、日本の小学生なら必ず囁かれたその予言を知らなかった。玲太の長い間の日本の不在が、彼からその予言の存在を遠ざけたのはいいことだと、七ツ森は思った。来るかもしれない世界の終わりのことを考えて眠れない夜を過ごすことがなかったことはとてもいいことだ。
    ――カザマはきっと予言なんて信じていないだろう。今日も太陽は東からのぼって南中し今から西へ沈むし、電車はダイヤ通りに走り、ニュースではのんきに明日の天気予報を告げている。明日もまた、晴れるらしい。こんな日常がある日突然途切れるなんて思うはずがない。それでも俺は、今日を一人で終えたくない。
    「七ツ森」
     玲太の声に顔を向けると、手に花火の袋がひとつあった。
    「今日がお前の言う最後の日ならさ、これ、やろうぜ。俺、まだこっち帰ってきて花火やってないんだ」
    「あー……」
     その瞬間だった。ほんとうに一瞬の不意をつかれ、七ツ森の鼻の奥がつんと熱くなる。玲太が、この突拍子もない話に乗ってくれたこと、そして自分が勝手に設定した世界の終わりの日にすることを提案してくれたことが、なによりも嬉しかった。
     そこからの二人は、何か、感情の糸が切れたようによく笑った。それこそ、塀の上を歩く猫のしっぽの動きだけでおかしく、道ばたに落ちた缶を蹴るだけでもおかしく、自転車で通りすがった老人の、調子の外れた歌謡曲もおかしく、ひたすらに笑いながら、海岸を目指した。酩酊したみたいに肩を組んで、ヘイボーイ、ヘイガールなんて歌いながら歩く。ときどきすれ違う者が怪訝そうに彼らを見ていたけれど、それも構わず笑って歩いた。いい加減彼らの息が切れて、笑うのにも飽きた頃に砂浜にたどり着いた。
     コンビニの袋をひっくり返し、砂の上にばらばらと落ちる菓子を食いながら、玲太はイギリス時代の話をし始めた。
    「俺さ、イギリスでひとりだけ、すごい好きだった先生がいてさ。ミセスDっていうんだけど。小学校時代の先生で」
     玲太が飲んでいた缶のソーダを目の前に掲げ、缶の周りについた水滴をカンヴァスにしてD、とイニシャルを書く。
    「その先生が、言うんだ。リョータ、あなたを一言で表すと、勇敢(brave)って言葉ね。誰に何を言われても、自分の足だけで立っていられる、その姿がとても素晴らしいと思う。……けれどね、わたしからあなたにひとつだけ覚えておいてもらいたいことが、あるのってね」
    「へえ……。なんて言われたの?」
    「なんでも完璧をめざしてひとりでやろうとしないで、ってさ」
     玲太の目が、水平線の彼方に沈みゆく太陽の光を受けて少し細められる。
    「一人で立っていられるうちはいいけれど、苦しいときにも一人で立っていようとしないでって。誰かを添え木のかわりにしても、誰もあなたに失望しないからってさ……」
     玲太はそう言って缶に残ったソーダを飲み干す。七ツ森は玲太の喉仏が上下に動くのを見ていた。
    「……カザマ、なんでそんな話するの?」
    「さあ、なんでだろうな。なんかお前が予言の話したとき、そんなことあるわけないって思ったんだけど、ひょっとしたらありえるかも、とも思ったんだ。そしたらなんか……さ。ちょっとこわくなってさ」
     そう言って玲太は照れたように頬を掻いて立ち上がり、波打ち際まで歩いた。玲太の足跡は、次から次へ打ち寄せる波がその輪郭を削ってぼかしてゆく。七ツ森は岸のほうへ流れてゆく砂に足首を埋めるように立っている玲太の、後ろから忍び寄って背中を押してみた。一人で立っていられるはずの玲太は、あっさりとバランスを崩して前のめりに転ぶ。あまりにあっけなく倒れるので慌てた七ツ森が「カザマ、ごめ……」と手を差し伸べて謝りかけた瞬間、玲太はにやりと笑ってその手を強く引き、七ツ森もまた波打ち際に倒れた。太陽はもう水平線の下に沈みかけ、暗くなりはじめる。
     ずぶ濡れになったふたりは、波打ち際で倒れたまま、砂まみれになりながら唇を重ねた。七ツ森は玲太を組み敷く。彼の髪の毛は、打ち寄せる波にぱっと広がり、それから引いてゆく波に合わせて収束する。まるでいそぎんちゃくの触手のように波の中で閉じたり開いたりする様がみだりがましい。七ツ森の唇について砂粒が玲太の唇にこすり合わされ、お互いに絡め合った舌の先にじゃりじゃりとうつる。潮の味と匂いがたちのぼりながら七ツ森は玲太の下唇をついばむ。玲太の、乾燥してめくれた唇の皮を前歯でかじって剥がしてみると、白い皮の下から赤い血がうっすらと滲む。その血を自分の鼻の先にこすりつけ、鉄の匂いと潮の匂いを感じる。この血はきっとすぐに錆びて茶色く変色してしまう。玲太の目のような、少し褪せた赤茶色。濡れて色の濃くなった彼のブルウのシャツとのコントラストがいいと思った。七ツ森はその、開いたボタンの奥に見える玲太の喉にかじりついてみた。七ツ森の後頭部の髪の毛を、玲太が強く掴む。玲太は首筋に唇を這わされるのが好きだった。潮が満ちてきた気配を感じ、彼らは身体を離して砂浜に戻る。ずぶぬれになった二人は制服を乾かすこともなく、ぼんやりとしていた。海から吹いてくる、湿った海風が彼らの前髪を揺らす。よし、と玲太が区切りをつけるように口を開いた。
    「……花火、するか?」
    「いいけど、カザマは濡れたままで大丈夫?」
    「まあ、あんまり大丈夫じゃないけど、花火だけはしたいから、さ」
     二人は海風からろうそくの火を守るように身体を寄せ、それぞれの花火の穂先に火を近づけた。火薬の匂いと、渋い煙が彼らの喉と鼻を刺激する。幼少の頃を思い出す、しゅるしゅると音を立てて穂先が溶けるように消えていき、そのかわりに小さな火花が、複数の火から成る花冠のきらめきを放って一瞬で消えていく。彼らはじっとそれを見つめながら一本、また一本と花火に火を灯していった。最後のひとひらの火花が散ると、砂浜は闇が一層深くなったようだった。彼らのシャツは、若い体温と海風で半分乾いていた。
     のろのろと立ち上がり、砂に足を取られながら護岸の向こうの道路を目指す。七ツ森は玲太の手を取り、それから「今日一日、俺にくれるって言ったよね」と泣きそうな顔で言うので、玲太はただ頷く。海沿いの道路を走る自動車もなく、ただ海鳴りだけが響くこんな夜はほんとうに、明日からの日常が来ないようなきがして、彼らは無言で七ツ森の住むマンションを目指した。

     住宅街の中にある彼の住むマンションにたどりつき、部屋の電気をつけてようやく、彼らはほっとして笑顔になった。暗闇は、彼らの夜を恐れる本能を呼び起こすらしい。お互いに海水に浸かってひどい姿を笑い、シャワーを浴びる。洗濯を重ねて柔らかくくたびれたルームウェアは七ツ森の匂いが生地全体から香るので、少し、気恥ずかしい。赤くした顔を悟られないよう、玲太は頭からタオルをかぶってごしごしと髪の毛を拭く。
     玲太に続いてシャワーを浴びてきた七ツ森が、玲太の横に座った。それからぎこちなく玲太の肩を抱く。海で互いの舌も分かたぬほどにキスをしたというのに、気恥ずかしいのはなぜだろうと思う。
    「カザマ……。今日、ありがと」
    「ん?何が」
    「いや、俺に時間くれて。……なんか、予言なんて嘘だろって思うんだけどさ、それでも日常が突然途切れるってこわくてさ。……でも、カザマと最後の一日過ごせるならきっとそれでいいんじゃないかって……」
    「俺もさ、信じてるわけじゃないけど。でも、花火したかったな、七ツ森ともっといればよかったなって思うの、いやじゃん。だから……まあ、よかったよ」
     そう言ってふたりはお互いに予言なんてばかばかしいよな、と言い合いながらそれでも狭いベッドに並んで手を繋いで眠った。

     翌朝、カーテンの隙間から、天気予報通りに陽光がさしこみ、目を覚ました。
    「七ツ森、起きろよ。世界は滅びてないぞ」
    「あー、おはよ……。……そっか、今日もちゃんと来たんだ……」
     二人はそう言って笑い、世界がまだあるなら寝坊したっていいよなと、もう一度布団をかぶった。
     The Chemical Brothersの「Hey Boy, Hey Girl」はその年のヒットチャートをにぎわした。
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    1999年6月30日 七ツ森は授業中、窓の外に広がる雨雲の割れ目からのぞく青空を眺めていた。梅雨に入って久々の晴天で、グラウンドに点々と残る水たまりにも雲と青空が映っていて、地面の割れ目から青空がのぞいているようで、自分の天地が引っくり返ったような不安定な感覚がする。この感覚がわかるのはカザマだけだな、と思いながら今日の昼休みに屋上に誘ってみようと考える。ばさばさとプリントがめくれる音に気づいて教室を見回せば、自分以外の生徒は机に向かってプリントの問題に取り組んでいる。みんなは今日がなんの日なのか、知らないのかと不思議に思った。今日は6月の、最終日だというのに!

     小学校の図書室の、子ども向け科学漫画で読んだノストラダムスの予言。おどろおどろしいタッチで人々が逃げ惑うイラストの入ったそのページを初めて見た日の夜は、眠れなかった。翌朝眠い目をこすりながら起きてくると、母親は「おはよう」とにっこり笑って目玉焼きを焼いていて、父親は通勤用の靴に足をつっこんでいて、姉は髪の毛に櫛を通している。いつもの朝だった。また、通学路を歩いていると、大人たちが足早に勤め先に行き、老夫人が犬の散歩をしている。まるで世界の滅亡など自分の眼前に迫っていないかのように。なぜ皆はあんな恐ろしい予言を、なかったことにして生活をしているのか、わからなかった。ひょっとすると自分だけが知る、世界の秘密なのではないかとさえ思った。だから学校の休み時間に、クラスメイトに聞いてみた。彼は「えっ、それヤバイじゃん」と言ったけれど、すぐに別の少年に声を掛けてドッジボールをしに校庭へ駆けていった。
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    DONE七風食堂 香港にて点心を食う
     英語も繁体字も読めないから、頼むと七ツ森に言われた玲太は、活字のみの注文票を見ながらさらさらと点心のオーダーを書き込んだ。久しぶりに、香港の雑踏が恋しくなったと玲太は七ツ森を誘ってやってきた彼は、行きつけのうまい点心を食わす店に七ツ森を連れて行った。
     昼前だというのに店内は満席だった。円卓に白いテーブルクロスがかかり、追加注文できるよう点心を載せたワゴンがテーブルの間を縫うように動く。
     ほどなくして彼らのテーブルの上にはいくつかの蒸し籠や皿が並んだ。店員が竹で編んだせいろの蓋を開けると、中から湯気がもうもうと立ち上り、中から小籠包やシュウマイ、海老餃子などが現れる。
     レンゲの上に小籠包を載せようと箸でその、つままれたひだをつまみ上げると、たぷりとした肉汁が小籠包の餡のしたの皮にたまり、丸い膨らみを成す。あわててレンゲに載せると、中身の重さに耐えかねた薄皮が破れ、中から油の浮いた胡麻の香りのする薄茶色の肉汁がじわりとにじみ出る。それをすすりながら口の中に運べば、まだ蒸したての餡が熱く、彼らは眉間に皺をよせ、しばらく口をあけて熱い空気を逃がすために無言になる。
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