七風食堂 眠れない夜のためのスープ 眠れない夜がある。
カーテンをそっと開くと、午前2時の窓の外にはいくつもの明かりの灯った家があり、その明かりの一つ一つに生活があるのだと、そしてこんな時間まで起きているのは自分だけではないことに、安堵する。
それでも、眠れない夜がある。やらなくていいこと、言わなくていい言葉、やりたかったこと、泣けばよかったこと、逃げ出したあれこれ、追いかけすぎた何か、を思い出し、走って疲れて歩いてしゃがんで、息を吸うより溺れて沈む、眠れない夜がある。
そんなとき玲太は、七ツ森と眠るベッドからそっと抜け出し、ひとりブロッコリーチェダーチーズのスープを作る。明日の朝を正しく迎えられるように。明日の朝、起きる楽しみを心に抱いて今夜を眠るために。
細かく刻んだ玉ねぎを、バターを溶かしたダッチオーブンで炒めて小麦粉を入れる。もうすっかり覚えてしまった分量の調味料を加えてかき混ぜると、キッチンは少し、生活の香りが漂い始める。それから、思い出すあれこれとともに刻んだブロッコリーと人参の、鮮やかな緑とオレンジ色をスープに入れて煮込めば、混ざり合わない色々な思いが、スープの底に沈んでゆく。自分の固い心もこんな風にゆっくりと火を通して柔らかくなっていけばいいのにと思う。
カウベルのようなチーズグレーターでチェダーチーズをすりおろし、クリームを入れると少し尖ったチーズスープの濃厚な香りがダッチオーブンからたちのぼる。このまま少しかき混ぜて火からおろせば明日のスープができあがると、ほっとしたときに、背後から七ツ森の声がする。
「玲太、なにやってんの?」
「スープ。明日の朝のスープ作ってた」
「眠れなかったの」
七ツ森は玲太の肩に顎を載せて鍋の中を覗き込む。
「おいしそ……」
七ツ森は玲太の不眠を知っている。知っているけれど何も言わない。
カチン、とコンロの火を止めてオーブンに蓋をする。
「明日、食べるの、楽しみ。俺、玲太のスープ、好きなんだ」
……だから、寝よう?と玲太の肩を抱いてベッドルームへ連れて行く。
眠れない夜はスープを作る。明日の朝、起きる楽しみができるように。