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    玲太に片想いする七ツ森

    #七風
    sevenWinds

    5時間目・英語 昼休みの後の英語ほど、七ツ森の嫌いな時間はない。だからというわけでもないけれど、七ツ森は窓際の席で校庭を眺めることにしている。なぜなら、風真のクラスが体育の授業だからだ。サッカーの試合をしている玲太は、青いビブスを着てグラウンドを走っていた。風で玲太の額が露わになると、七ツ森は玲太の眉と目元がよく見えるのがたまらなく好きだと思った。
     双方のチームにサッカー部員がいたせいか、試合は体育の授業にしては白熱していた。ボールに向かって、玲太と数人のクラスメイトが交錯する。
    「あっ……!風真、あぶな……!」
     背後で自分の名前を呼ぶ声に驚いて玲太が振り返った瞬間、クラスメイトが強く蹴ったボールが玲太の顔に直撃する。押さえた両手の指の間から生暖かな血がぼたぼたと垂れ、クラスメイト達が試合を中断して玲太の周りに集まる。きっと保健室へ行くのだろう。彼は付き添おうとするクラスメイトを制してひとり、グラウンドを離れて校舎へ向かってゆっくりと歩いていく。七ツ森はその、玲太の顔を汚す赤い血をもっとよく見たいと思った。

     七ツ森は玲太のことが好きだった。好き、という言葉は軽くて柔らかでなんとなく希望の色が混ざっているようだったけれど、七ツ森が玲太に対して抱く感情はもっと尖っていて濁っていると、七ツ森は思っている。
     好かれたいとか触れたいという願望はあっても、それを玲太にぶつけることはできない。
     寝る前の意識が無責任に妄想の世界を泳ぐとき、玲太を裸にしてそのやわらかそうな臀部に歯形をつけたり、黒く重い前髪をぐしゃりと掴んで仰向かせ、自分の唇を重ねたり、逆に玲太の長く骨ばった指が自分の腹筋の筋をなぞり、玲太の唾液が臍のくぼみにゆっくりと垂れてゆくくすぐったさを想像するのが幸せだった。
     友人としての表向きの笑顔を向ける昼間の七ツ森はいつも、夜が待ち遠しかった。だから七ツ森は今夜のために、鼻血で顔を汚す玲太の顔をもっとよく見たいと、思った。

     普段目立つことを嫌う七ツ森は、教師に当てられたときを除き、授業中に発言をすることはなかった。しかし、今日の彼はよこしまな願望のために、少し正気を失っていた。
     気取ったアクセントで教科書を読む教師に向かって七ツ森は手を挙げ、具合が悪いので保健室へ行きたいと言った。数人のクラスメイトが教科書から目を離して七ツ森を見ていた。
     七ツ森はできるだけ大股で廊下を歩いていたけれど、男子更衣室の前でふと足を止めて周囲を注意深く見まわしたあと、そっとその引き戸を引いた。女子更衣室はともかく、男子更衣室の施錠は当番がしばしば忘れるせいで、今日もあっけなく開いた。七ツ森はそっと入って棚に並ぶスポーツバッグを素早く確かめていく。
     見つけた玲太のスポーツバッグはきちんとファスナーがしまっている。七ツ森は震える指でそのファスナーの引手をつまんで中をあらためる。几帳面な玲太の性格を反映するように、きちんと畳まれたシャツとズボンとベスト、それからネクタイがあった。七ツ森は自分のネクタイを外し、玲太のネクタイを取り出し、それを締めた。自分の首に巻き付く玲太のネクタイは、自分のものと少し、生地の固さがちがっていて、玲太は自分のものではないことに気づくだろうかと、考えていた。それから七ツ森は自分のネクタイを代わりにスポーツバッグにねじ込みファスナーをしめ、再びそっと更衣室を出て保健室を目指した。

     保健室には果たして玲太がいた。青いビブスに玲太の血がついていた。そして体操服の襟元にも。七ツ森は養護教諭に来室の理由を告げる間、そっと玲太を盗み見る。濡らしたタオルで鼻血を拭っている玲太の顎にまだ、乾いて赤黒くなった血がこびりついている。
     養護教諭が、来室カードをコピーしに職員室へ向かう間、玲太は七ツ森に「よお」と情けなく笑って手を挙げた。それだけで七ツ森の心にあたたかなものが宿るのだった。七ツ森もまた、友人の笑顔を作って「大丈夫?まだ、血、ついてる……かして」と言って玲太の手からタオルを取り、そっと玲太の顔の血を丁寧に拭う。もうすっかりきれいになった玲太の皮膚を、七ツ森は執拗にタオルでこすった。
    「痛そ……」
    「もう、大丈夫だよ。……俺、授業戻るわ」
    「あ、そ。おだいじに」
    「七ツ森も、な」
     七ツ森はベッドに横たわり、玲太のネクタイを掴んで自分の腕に噛みつき、声にならない悲鳴をあげる。
     ああ、すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!すきだ!
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    DONE1999年ノストラダムスの予言と七風
    1999年6月30日 七ツ森は授業中、窓の外に広がる雨雲の割れ目からのぞく青空を眺めていた。梅雨に入って久々の晴天で、グラウンドに点々と残る水たまりにも雲と青空が映っていて、地面の割れ目から青空がのぞいているようで、自分の天地が引っくり返ったような不安定な感覚がする。この感覚がわかるのはカザマだけだな、と思いながら今日の昼休みに屋上に誘ってみようと考える。ばさばさとプリントがめくれる音に気づいて教室を見回せば、自分以外の生徒は机に向かってプリントの問題に取り組んでいる。みんなは今日がなんの日なのか、知らないのかと不思議に思った。今日は6月の、最終日だというのに!

     小学校の図書室の、子ども向け科学漫画で読んだノストラダムスの予言。おどろおどろしいタッチで人々が逃げ惑うイラストの入ったそのページを初めて見た日の夜は、眠れなかった。翌朝眠い目をこすりながら起きてくると、母親は「おはよう」とにっこり笑って目玉焼きを焼いていて、父親は通勤用の靴に足をつっこんでいて、姉は髪の毛に櫛を通している。いつもの朝だった。また、通学路を歩いていると、大人たちが足早に勤め先に行き、老夫人が犬の散歩をしている。まるで世界の滅亡など自分の眼前に迫っていないかのように。なぜ皆はあんな恐ろしい予言を、なかったことにして生活をしているのか、わからなかった。ひょっとすると自分だけが知る、世界の秘密なのではないかとさえ思った。だから学校の休み時間に、クラスメイトに聞いてみた。彼は「えっ、それヤバイじゃん」と言ったけれど、すぐに別の少年に声を掛けてドッジボールをしに校庭へ駆けていった。
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    DONE七風食堂 香港にて点心を食う
     英語も繁体字も読めないから、頼むと七ツ森に言われた玲太は、活字のみの注文票を見ながらさらさらと点心のオーダーを書き込んだ。久しぶりに、香港の雑踏が恋しくなったと玲太は七ツ森を誘ってやってきた彼は、行きつけのうまい点心を食わす店に七ツ森を連れて行った。
     昼前だというのに店内は満席だった。円卓に白いテーブルクロスがかかり、追加注文できるよう点心を載せたワゴンがテーブルの間を縫うように動く。
     ほどなくして彼らのテーブルの上にはいくつかの蒸し籠や皿が並んだ。店員が竹で編んだせいろの蓋を開けると、中から湯気がもうもうと立ち上り、中から小籠包やシュウマイ、海老餃子などが現れる。
     レンゲの上に小籠包を載せようと箸でその、つままれたひだをつまみ上げると、たぷりとした肉汁が小籠包の餡のしたの皮にたまり、丸い膨らみを成す。あわててレンゲに載せると、中身の重さに耐えかねた薄皮が破れ、中から油の浮いた胡麻の香りのする薄茶色の肉汁がじわりとにじみ出る。それをすすりながら口の中に運べば、まだ蒸したての餡が熱く、彼らは眉間に皺をよせ、しばらく口をあけて熱い空気を逃がすために無言になる。
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