あなたが呼ぶのなら貴方が呼ぶのならいつでも会いに行く。それがただの気まぐれで本心ではなかったとしても。それほどまでするくらいには、私は彼を愛していると言える。見返りは望まない。好きでやることだから。だからどうか、そんな寂しそうな、悲しそうな顔をしないでほしい。
「こんにちは」
「よくきたね」
「あなたが呼んだんでしょう」
「あぁ、そうだったね」
多少なりと予定はあったがプライベートのことだったので捨ておいた。私からもよく訪れるが、呼ばれるとなると少し訳が違う。そんな時の彼は、疲れていたり、落ち込んでいたりする時が多かったからだ。もちろん、何も無い時がないわけではない。むしろそちらの方が多いが、メッセージの文面から察することができるので、そんな時はすぐに駆けつけるように、している。
「今日は何かありましたか」
「いや特には」
「誤魔化さなくてもいいんですよ」
「……君には叶わないな」
「それなりの付き合いは、あると思ってますから」
ルースターと比べるとほんの少しの付き合いしかないが、まず彼と比べることは間違いだということは解る。彼はルースターが幼児である頃から、もしかしたら生まれた頃からの付き合いであるから比べようもないほどの差がある。それでもそれなりに、付き合いがあると思っている。それが私の思い込みだとしても。
「……最近悪い夢ばかりみて」
そう言った彼の目元には隈ができていた。夢見が悪くて眠れないのと、眠ろうとはしなかったのだろう。体力資本の自分達だから、衣食住はきちんと、と私にも周りにも、自分にも言い聞かせていたが、こればっかりは仕方のないことなのだろう。彼が悪夢を見る要素はたくさんあった。相棒の死、ウィングマンの死。ルースター との空白の時間、これはもう忘れてもいいはずなのに記憶にはくっきりと刻み込まれているらしく、どうにも消えないようだ。あとは私も知らない幾許かのこと。どれだけの苦労、苦難を抱え込んでいるのだろう。私には少しもわからないのだ。それがとても悔しい。
「……眠れないんですね」
「解るのかい」
「えぇ、解りますよ」
あなたが私を呼んだから。メッセージの文面からは憔悴している様子が見てとれたからだ。いつもなら「遊びに来るといい」とかいった文面なのに対して、こういう時は「来てくれると嬉しい」と遠慮がちな、来れれば来て欲しい、というような少し弱気な文面だからだ。そういう時はできるだけ用事を投げ出してでも彼の元へと向かう。長く放置してしまうと、ダメになってしまいそうだったから。彼がそこまで弱い人だとは思ってはいないけれど、誰にだって弱いところはあると思っている。だから、そういう時にはそばにいたい、と我儘なことを思っている。
「じゃあ、寝ましょう」
「……眠れないんだ」
「眠れるように協力しますから」
「どうやって?」
「まずベッドに行きましょう」
まずは寝る場所に行くことから始まる。そうしなければ落ち着くことができないからだ。彼にとってそこが落ち着くかは解らないが、寝るといったらまずそこだろうからそこへ連れて行く。彼は大人しくベッドへと向かう。
「横になってください」
「……うん」
そうして横にさせ、私はベッドの縁と腰掛ける。そうして横になった彼の髪を梳くように撫でてやる。これだけでも変わらないだろうか。私にできることなどこれくらいしかなかった。言ってくれれば、なんだってするけれど。
「落ち着きそうですか?」
「……わからない」
「まぁそうですよね」
さてどうすればいいのだろう。他にできることといったら?一緒に寝る?あまり意味がある気がしない。むしろ邪魔になるのではないだろうか。それに私は眠くない。起きてる気配がする者が近くにいたら余計眠れないだろう。
「……君の体温を感じたい」
「体温、ですか」
「うん。今は君が恋しい」
そこまではっきり言われると正直恥ずかしい。けれど嫌ではない。それが彼のためになるのなら、できることはしてやりたかった。かといってどうすればいいのか、さっぱりわからない。体温を、と言われても。うんうんと唸ったところでふと先日、ルースターがボブに膝枕をしてほしいのだと真剣に相談されたことがあった。散々とその理由を聞かされうんざりしたが、なるほど一理あるかもしれない、と思った。彼がそれをよしとするかは解らないけれど。
「ピート、頭を少し上げてくれます?」
「なんでだい?」
「いいから」
ベッドに深く座り込んだ私の太ももに、彼があげた頭を乗せる。それから一度彼の髪を撫でる。彼はとても驚いたようだったが、すぐに優しく笑んだ。
「これでどうでしょう」
「いいね、悪くない」
「じゃあ、寝てください。起きるまではこうしていますから」
「約束だよ」
「もちろん」
そう言ってしばらくして彼は静かな寝息を立て始めた。睡眠時間が足りなかった分、やはり眠かったのだろう。時折髪を梳きながら寝顔を覗くと、安心しきった寝顔をしていた。悪夢を見ているような気配はなかった。こんなことで彼が落ち着いて眠れるなら、もっと早くからしていればよかった。今までは睡眠薬をすすめたり、体を動かして疲れさせてみたり、と無駄なことをしていたと思う。彼が安心して眠るにはそんな事より、私がそばにいた方がよっぽどよかったのだ。
貴方が私を呼ぶのなら、いつだって会いにきます。気まぐれに私の名前を呼んだ時も。
だから必要とするのなら、なんでもいい、どんなことでもいい。絶対に私を呼んで欲しい、と起きた彼に伝えたのだった。眠れないならいつだって今日みたいにしますから、といえばそれからしょっちゅう強請られたりはしたけれど。