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    シンヤノ

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    POIPOI 6

    シンヤノ

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    Psyborg。読書をする🔮の話。
    Loreに関する捏造が多くあります。
    これまで書いた中で1番薄暗い話です。
    Not for meの場合静かに離脱をお願いします。
    続きを読むと薄暗さが減ります(多分)→ https://poipiku.com/6762266/8200879.html

    #PsyBorg

    骸を食んで生きている厚いマットレスがたわんで、2人分の身体が沈み込む。
    自分好みに清潔なシーツに掴まれ押さえつけられた両手首が擦れて、ああ、再三うるさく言ったから、きちんと気を配ってくれているんだな、などと、浅い思考を彷徨わせた。
    その気移りが気に障ったのか、白銀色の前髪が額に覆いかぶさってきて視線を寄越せと主張する。瞳を正面に戻すと、深く刻まれた眉間の皺が目に入った。
    「手、離して」
    願いは聞き入れられず、さらに強く握りしめられる。低く軋んで、唸る音。
    無機質なはずの機械の腕が、素材に反して生々しい有機的な感情を伴っている心地がするのは何故だろう。感覚の鈍い手首の皮膚だから、勘違いをしているのだろうか。
    どうせなら手を握ってほしい。もっと繊細に、鋭敏にこの気持ちを拾い上げられたなら、きっと上手に話ができるのに。
    両腕の自由は諦めて、縫い止められたシーツから背を浮かせようと試みれば体全体を押さえ込む力が一層強まった。
    「ねえ」
    痛いよ、と言う言葉は無理矢理押し込められて、煽られ高められた身体の奥にぐずぐずと溶けて消えた。





    連ねられた文字の一節が、埋もれた記憶を掘り起こしていく。
    浮奇は一つ瞠目して本を閉じた。店で読むのはここまでにして会計に持っていこう。文庫サイズよりも少し大きい、薄い本。
    読書という趣味を手に入れてから、本を読むことをメインのコンセプトにしたカフェがいくつも存在することを知り、大通りから少し外れた地代の安い場所でぼつぽつと経営されているそれらをめぐるのが休日の日課になっていた。
    この店は今日初めて訪れたけれど大当たりだったな。
    趣向を凝らしたコーヒーと実益よりも趣味を優先した繊細なカップ。インテリアも自分好みで、手作りのブランデーケーキも口に合った。
    ブックカフェにも色々あるけれど、浮奇が訪れるのは主にこうして店内の本を自由に読めて、気に入ったら購入できるスタイルの店だった。ものによっては扱いに注意のいる古書を扱う店にはあまり多くない形式だから、日を置いて新しい本が入荷するタイミングでまた来ることになるだろう。残念ながら、今日は欲しい本がこの一冊しか見当たらなかった。
    「え? 浮奇?」
    レジ前で話しかけてきた男の顔を見て、浮奇は記憶を辿った。ええと、確か、1週間くらい前にバーで会ったかな。
    最低限の会話しかしないのがマナーの店を慮って2人で店外に出る。シャツから浮き出る肩から腕のラインがセクシーな男は、弾んだ声で会話を続けた。
    「君にこういう店で会うなんて思わなかったなあ! 本が好きだなんて言っていたっけ? 音楽や映画の話はたくさんしたよな。あ、本を買ったんだな。何を買ったか聞いてもいいか?」
    質問をしながら自分の好きな作家の名前を挙げて、割と何でも読むよと意気込んでいう男の様子にくすくす笑いながら購入した本の作者の名を伝えると、男は気まずげな顔をした。
    「知らない作家だな……。古い文豪の名前なら、ちょっとは自信があったんだけど。普段読まないジャンルなのか、もしくはかなりマイナーな作家なのかな。もしかして、浮奇は相当詳しい人なのか?」
    浮奇は苦笑して首を横に振ったが、男の中ではすでに読書家仲間になってしまったようで、相槌だけでつらつらと話が広がっていく。浮奇は細かく訂正する機会を見失って、そのまま歩くうちに行き先が分かれた。まあ、別にいいか。

    1人で暮らす住処に戻り明かりをつけると、水晶やらぬいぐるみやら、デスクのそばに申し訳程度に設られた本棚のほとんどを本以外が飾っているのが目に入った。
    やっぱり誤解を解いておいた方が良かったかも知れない。
    独りごちて、ベッドサイドの雑誌の上に買ってきた本を置いた。シャワーを浴びてお茶を淹れたらゆっくり読書の時間と洒落込もう。

    (ふーふーちゃんも、新しい本を買ってきたときはこんな気持ちで過ごしてたのかなぁ)

    本を買ってきた日に淹れる紅茶は、カフェインレスの特別製のものと決めている。色々な店で試したけれど、これが1番彼が飲んでいたものに近い味がした。
    本を読む時間は、彼と過ごす大切な時間だ。

    違う時間軸の未来から同じ過去へ移動するという奇妙な現象は、同じくらい唐突に本来の居場所への帰還を強いた。
    元いた時間には当然のように過去で出会った仲間の姿はなく、必然それは最愛の人との別れを意味していた。
    この時間をどれだけ進んでも、世界中どれだけの距離を彷徨っても、彼と出会うことは永遠に叶わない。時空さえも飛び越える力で時間を移動してみても、いくつも重なり枝分かれして広がる時間の中で唯一を探すのは、世界中の海の中で一粒の砂金を選り分けるようなものだった。
    かつて不遇であった世界で1人になっても、浮奇はもう何もできない子供ではない。
    仕事の探し方も、金の稼ぎ方も、人との縁の繋ぎ方も知っている。自分の手足を自由に使って、好きなところで好きに生きていける、強かな大人に成長していた。
    自らに宿った稀有な力は灯台のように希望を示し続け、唐突な不幸による絶望を退けてくれた。

    彼と分たれても浮奇は困窮せず絶望もしなかったが、それは時間が経つにつれ、徐々に残酷な定めの様相を呈してきた。
    絶望したなら、諦められた。
    新しい場所で新しい出会いを見つけて、彼との思い出に時々胸を締め付けられながら、新しい幸せに向かって前に進むことが出来ただろう。
    もしくは正気を失っていれば、彼といつまでも夢の中で共にいられたのか。
    けれどこの身の力が正常を保たせ、奇跡を期待させ続ける。
    彼の優しさが愛らしさが、注がれた愛が、くれた安心が身に馴染みすぎていて、ぽっかり空いた間隙が喪失を忘れるなと血を流す。どうしたって諦めきれないと引き攣れた悲鳴を上げ続けている。

    あの多種多様な不思議の種族の住み着く過去は確かにこの未来につながる過去だったらしい。
    彼の、彼自身の趣味と楽しみのために書かれた小説が書籍として残っていることがその証明だった。
    浮奇は絶望しなかったが、彼の不在と再会の困難さに途方に暮れてはいた。
    彼の気配を求めてふらりと立ち寄った古書店で彼の名前を見つけた時は、古く日焼けした紙を涙で駄目にするのを必死で堪えなければならなかった。
    それから古書を巡るようになって、どれくらい経っただろう。
    それまで1人では決して訪れることのなかった古い本を扱う店は興味を持ってみれば生活圏内のそこここにあって、日常の景観に埋もれて馴染んでいた。それは彼のあり方に似ていて、彼の影を追うようで楽しかった。
    目的の本はそうそう見つからなかったけれど、困難な冒険の果ての宝探しのようで面白かった。苦労して見つけた本に『ファルガー・オーヴィド』と印字されている、その名前を指先でなぞるだけで慰められる気がした。
    世界中、誰に聞いても知らない彼の存在を、その文字の羅列だけが肯定してくれていた。
    見つけた本は必ず買って、調べた古書の保存方法の通りに大切に保管した。
    コレクターも見向きもしない、ずっと昔の一般人の自家出版本であっても、世界でただ1人、浮奇にとってだけ価値のある、唯一の本だった。


    ベッドに入って、本を開く。
    文章の端に彼の言葉選びの癖を見て、話の端に彼との思い出を見た。
    今日の彼は優しい人間のやり方を真似て人を騙す非道な吸血鬼で、薄暗い寝室に閉じ込めた少年を力ずくで拘束して一方的な愛を乞う、哀れで惨めな嫌われ者だった。
    孤独の城に住み着くようになった身寄りのない少年に心を寄せ、優しさに目覚めるかに見えるも束の間、少年が村娘に抱いた淡い恋心に気づくや嫉妬に駆られ、悪辣な本性を抑えきれなくなっていく。

    (彼は嫌われ者ではなかった。どうして彼が彼自身をそう考えるのか詳しく聞くのは傷を開くだろうという気がして、聞かないままで別れてしまった)

    少年は抵抗したが、人よりはるかに強い力でベッドに押さえつけられ、脅されてしまえばなす術もない。

    (俺は抵抗したかったんじゃない。あの時動きたかったのは、君の涙を拭いたかったのに)

    それまで見せかけの優しさに騙され心を許し、信頼を捧げていた少年は失望する。
    それは吸血鬼の凶暴な振る舞いを助長してしまった。

    (欲のままに酷くなんて、してくれたことなかった癖に)

    怯えて震える様も美しい少年に身勝手にも駆り立てられた吸血鬼は、ついにその白い首筋に牙を立てる。

    (俺も君に食べられてしまいたかった)

    貪り尽くした後に残ったのは生気を失った冷たい骸。動かなくなった少年の白い身体に縋り、吸血鬼は無様に許しを乞い続ける。

    (君が俺を食べる生き物だったら、今頃君の中で一緒にいられただろうか。凶暴な欲をぶつけられて壊されていたら、1人の夜に苦しむこともなかっただろうか)


    取り戻せない過去の骸を食んで生きている。
    君の欠片に正気を捧げている。
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