咀嚼:司レオ「レオさん、どうかしたのですか?」
Knightsの五人が集まって、久方ぶりに全員そろって対面での打ち合わせを行った後のこと。直後に予定があるメンバーは、各々が呼んだタクシーで忙しなく移動していき、残ったのは結局のところ、司とレオの二人だけだった。
そういった経緯で、折角だからと二人で食事に繰り出したものの、レオの様子が何処となくおかしい。運ばれてきたサラダの皿を前にして、野菜にドレッシングを絡めるように弄び、そうしてコースランチの皿を空けていく司の方をチラチラと見てくるのだ。
サラダにスープ、メインの料理まで、とうに卓上に並んでいるのに、あまり食が進んでいないようである。
「体調がよろしくないのですか?」
それともいつもの『霊感』だろうか。それならば楽譜を準備しなければと鞄に手を伸ばすも、それにしては普段と比べてあまりにも静かであることに気付く。
「あーー違うんだ、ごめんごめんっ」
自身が大丈夫であることを示すように、レオは小気味良い音と共に、フォークで刺したレタスを口にする。
「……いやさ、ちょっと前、例のプロデューサーと食事に行った時に、『人の食事の仕方はセックスの仕方と類似する〜』みたいな話を、その、されて」
ふいに。本当に唐突に、トーンを落とした声色でそんな話をされて、司は喉の奥で咀嚼している食材が暴れ出すのを、どうにか抑えなければならなかった。
「だから、……何というか、人前でものを食べるのがちょっと恥ずかしいような気がしちゃって……?」
「――っ、はぁ⁈」
絞り出したそれは、どうにか口の中のものを嚥下し終えての第一声だった。
確かに、時にそう例えられる論調は見たことがある。何やら色々と書き立てられているというユニットの評判を知るために、そういった「俗的な」雑誌だって、司は買って読んだことがあるのだ。
そういう論調があることは知っている。知っているけれども。
「あなたという人は‼ じゃあ私の食事姿をチラチラ見てくるのはやめて下さいよ‼ ……というか本当に例のProducerは低俗極まってますね⁈」
よりによってこの人にそんな話をするなんて。「Producer」だなんて、敬愛する「お姉さま」と同じ呼び方をせざるを得ないことすらも腹立たしい。怒りの矛先は元凶の人物へと向かい、どうにか法的に裁くことはできないか、という方向に思考が飛んでしまう。人脈の当てとその方法を思案しようとしたところで、レオが弁解するようにわたわたと言葉を続けた。
「いや、まあ、確かにどう反応して良いか分からなかったし、そんな話されてもな〜〜って思ったけど! でも、今このタイミングでうっかり思い出しちゃったから、ちょっとだけ妄想しちゃったというか!」
妄想。
(自分の食事の所作から、そういう行為を……?)
じわじわと頬に熱が集まるのを感じる。そんな視線をどことなく感じ取ったのか、レオの頬も赤く染まっていく。
「ち、違うぞ⁈ っていうか、スオ〜はそういう話題とはあんまり結びつかないな〜って思って見てたの!」
「そ、そうですか……」
それはそれでどうなのだろうか。「そういう妄想をしていた」だなんて言われた方が困ってしまっただろうに、何とも形容しがたい反発心のようなものが疼く。自分でも、近頃少しは大人びてきていると思うのだけれど。
「……レオさんから見た私の食事姿って、どんな感じなのですか」
「えっ、それを言わせようとするのはどういう意図なの」
「……観察されていたようなので、ただ興味が湧いただけですよ」
他意はない、はずだ。そもそもレオは、「司と性的な事柄を結んで考えにくい」と言っているのだから。それでも何となくそわそわとしてしまい、そのまま彼の言葉を待つ。
「……綺麗だと思うよ。食べ方の動作も、食べた後の食器とかも。なんかお上品って感じ」
レオはフォークを皿の淵に引っ掛けながら、照れたような素振りでそんなことを言う。
その表情に、胸の内を撫ぜられたような不思議な感覚を覚えて。加えて、所作を褒められたことが手放しで嬉しくて、会話の文脈も忘れて少しだけ得意気な気持ちに浸っていた。
――それも束の間。
「でも、スオ〜って普段は澄ましてるくせに、ちょっとメンタル崩れると好きなものばっか食べるところあるしな……もしかしたら、そっちの方が本性なのかも?」
「っ失礼ですね‼ 私は常に紳士的に食べます‼」
♪♪♪
ふと、そんな会話を思い出した。
少しは互いを意識していたのだろうが、その後にお付き合いを始めるなんて想像だにしていなかった頃。そんな頃合いの、少しだけ下世話な会話。
「そういえば、どうでした……?」
「……なにが? あっ『気持ちよかったよ♡』みたいなやつ⁇」
普段と大して変わらない言動に少しばかり苛ついてしまうが、汗で髪が張り付いて紅潮の残る頬を見れば、そんなことはどうでも良くなってしまった。
「そうではなく。いつぞやの、食事と行為を重ねた妄想のお話ですよ。私の食事姿と、行為の在り方は似通っていましたか?」
あーそんな話したっけなぁ、とすぐ横で枕に頭を埋めるレオは、遠くを見るように目を細めている。目にかかる前髪を優しくはらえば、彼はくすぐったそうに声を漏らした。
「うーーーん、初めて行った食べ物屋さんって、ちょっとした作法とか、暗黙の了解とか分かりにくいから、あんまりのびのびとは出来ないよな」
個人経営だと特にそうかも? と彼は考え込むように視線を落としていたけれど、次の瞬間、ニカッと愛らしい八重歯を見せる。
「だから、答え合わせはこの先かな!」
♪♪♪
「お米一粒も絶対に残さないという強い意志、みたいな……、骨つきフライドチキンをめちゃくちゃ丁寧に食べるタイプ……?」
「……食い意地が張っている、と……?」
「そうは言ってないだろ〜! 綺麗に丁寧に、全部ぜんぶ貪る……お上品なのに欲張り……うーーーん、確かにお前の食べ方そのものって感じかも⁉」
【終】
発端 →→→ 初めて →→→ XX回目みたいな
ケーキバースネタものろのろと書きつつ、食にちょっとだけ性をこじつけるのが性癖なのかもしれないと最近気付きました。