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    かがり

    @aiirokagari の絵文置き場
    司レオがメイン

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    かがり

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    ぷらいべったー引っ越し(2021.11.27)
    第1回Webオンリーで展示していた、花を贈る司くんの話です。

    (2023.6.25再録発行に伴い微修正)

    #司レオ
    ministerOfJustice,Leo.
    #小説
    novel

    左の胸に咲く花:司レオ 鮮やかな蘇芳色をなびかせる彼は、どうしても「それ」と対称的だと思った。





    「レオさん、どうぞ」
     落ち着いた声と共に差し出されたのは、透明な包装と控えめなリボンに彩られた一輪の薔薇。
     歳下のその男は、両手で丁重に支えるそれを、相も変わらずそっと手渡す。
     平日のアンサンブルスクエアでは、せかせかと動き回る人の流れが尽きることはない。それでも、レッスン室が立ち並ぶこの廊下は、時間が早いせいなのか、ひっそりとした静寂に包まれている。
     何気なく呼び止められたかと思えば、スマートな所作で渡されたそれを、受け取らない理由がレオには無かった。
     包装のフィルムから覗き込んだその花弁は、一枚一枚がどれも瑞々しく美しい。司のことだから、きっと相応にきちんとした店舗で購入した生花に違いない。「ありがとな!」と微笑みながら、レオはいつも、少しだけ不思議に思っている。何故なら、差し出されるその薔薇はいつだって、彼の燃えるような情熱とは相対するような、深く静かな青色をしていたから。
     視覚的なイメージというのは大切だ。Knightsのユニットとしてのテーマカラーは紺であるけれど、それもまた、精悍な騎士として落ち着いた雰囲気を纏うことに一役買っている。まあ、それぞれの内実については口を噤むこととして。
     もちろん司だってKnightsに所属して「王さま」を務めているくらいなのだから、青が似合わないなんてことは決して無い。無いのだけれど。
    「呼び止めてしまって申し訳ありませんでした」
    「おれの方こそ。おまえだって最近忙しいのに、わざわざいつもありがとな?」
     繊細に重なった薔薇の花弁は、さながら細やかな芸術品のようだ。誤って潰してしまないよう、慎重に抱えて礼を述べれば、贈り主たる司は、綻ぶように微笑んでみせる。
     それは可憐な表情だった。眉が下がって、少しばかり気の抜けた、年齢相応の表情。それなのに、精悍な頬のラインが際立って、アンバランスな印象を受けるようになってきてから、その様子をどうにも注視してしまう。成長とはこんなにも、目に見えるように感じ取れるものだったのか。拠点を海外に移してからは特に、彼と会う度にそんなことを考える。
     ぼんやりとした視線に気が付いたのか、司は、えふんと一度咳払いをして、切り替えるように荷物を抱えなおした。
    「ではまた、ミーティングの際に。……忘れないで下さいよ?」
     そうして釘を刺してから、きびきびとした歩調で廊下を遠ざかっていく。しばらくの間、そんな後ろ姿から目が離せなかった。





     思い返してみれば、このやり取りの始まりは夢ノ咲学院の卒業式の日だったと記憶している。門出を祝われ、柔らかな色合いの花束を幾つも受け取る中で、司のそれはやはり目を惹いたのだった。
     存在しない色だから。否、存在しない色「だった」から。「不可能」の花言葉を冠した、真っ青な薔薇の花。
    「……まあ、綺麗なんだけどな?」
     こうして日常的に花を贈られるようになってから、レオは改めて生花の魅力を実感していた。華やかで、繊細で、いずれ必ず萎れる、色鮮やかな花弁。その不変を厭うような様子は好ましく、ひとつとして同じものが存在し得ないことを思うと『霊感』も刺激される。
     加えて、まるで剣を捧げるように、薔薇を差し出す司の様子と言ったら!
     どちらかと言えば、それはまるで王に仕える騎士のようで、王冠を継承して暫くが経ったレオとしては、あべこべさを感じないでも無い。それでも、彼が薔薇を手渡すあの瞬間には、有無を言わせない独特の空気があって、こそばゆさを感じつつも、自然とそうあるべきことのように享受していた。
     司にとって、卒業式はただのきっかけに過ぎなかったのか、こうして折に触れて、青い薔薇の花が贈られている。先ほどの分は確か、レオが個人で提供した楽曲がセールスランキングにランクインしていたことへのお祝いだという話だった。何てことのない日に、必ずふとした理由を添えて、その贈り物は為される。
    「あっ、ナツメ!」
     そのままの足で星奏館の自室に戻ると、ルームメイトがベッドに腰をかけ、おどろおどろしい装丁の本と見つめ合っているところだった。その背表紙から覗く瞳は、器用に彼の気持ちを映し出し、うるさいのが来た、と白い眉間に皺が寄せられる。
    「アレどこやったっけ⁉ 花瓶!」
    「言っておくけど、あれは花瓶と呼ぶにはお粗末過ぎるからネ? ちゃんとしたの買いなヨ」
     騎士さま儲けてるんでしょ、とじとりとした視線を向けながらも、夏目はレオのベッドにそれを放ってくれる。
     コルク栓に穴をあけて試験管を通した一輪挿しは、薔薇を手にしたまま寮室で作曲していた際に、夏目が応急処置的に作ってくれたものだった。シンプルである分、華やかな薔薇をよく引き立てていて、レオは大層気に入っている。
     洗面所で薔薇の茎を水に浸しながら少しだけ切り取り、そうして試験管の一輪挿しへ差し入れる。それだけで、一息に空間が華やぐから不思議だ。
    「……でも、何で青なんだろうな」
     部屋にぽつりと映える薔薇を眺めながら、半ば独り言じみた呟きが落ちる。
    「……まあ、意味はあるんだろうけど、さてネ。それこそボクがあれこれ賢しらに語るのは野暮ってものだヨ」
    「うーーん? っていうか、青い薔薇って確かなんか……うーーーん⁇」
     そのまま唸り声を上げながら考え事に没頭していくレオに、夏目は小さく肩をすくめた。
     分からないことは面白いと思う。答えを導き出すまでに、無数の可能性が広がっているから。それは、レオが普段から大切にしている信念だったが、それでもさすがに、答え合わせができないということは、地図がないまま迷宮をさ迷うことと同じだ。
     普段であれば、レオの妄想を振り切って明確に答えを与えようとする司は、この薔薇の贈答について、意識的に口を閉ざしているようだった。だからこそ、レオは折に触れてこのことについて考え込んでしまう。
     司がレオに花を贈ること。それは必ず薔薇の花であること。 常に色が青であること。 それを楽しみに待つ自分がいること。
     ぼんやりと思考に沈む中で、いつの間にやら握ったペンは、音符の連なりを描いている。我に返った時には、日がすでに傾き始めていて、夏目は部屋から居なくなっていた。
     そうして完成した此度の傑作を司に贈ろうとしたものの、なかなかタイミングが掴めず、楽譜を寮の郵便受けに突っ込んでおくことにする。結局、貰った薔薇の花弁が萎み始めた頃にまた飛行機に飛び乗って、そのまま日本を後にした。


    ♪♪♪


     少なくともレオは、「出来やしないだろう!」という挑発のつもりでそれを掲げていた。
     Knightsを相手取りレオ自身の進退を賭けた、かのジャッジメントの直前。紅郎から、ナイトキラーズの衣装に付けるコサージュについて、意見を求められたことがあった。
     併せてその時に、色や本数によって様々な意味を持つ薔薇の花言葉の話を聞かされたのだ。判断の一助とするために語られたその内容に、レオは強く興味を惹かれた。そうして、並べられた色の中で、「それ」が一番適切だと確信したのだった。
     力一杯に覆して欲しかった。自身の挑発と、これまで歩んできた道を。そして願うなら、そのまま無能な王の首をはねて、そして――。
     それは間違いなく挑発であり、同時に諦観でもあった。アイドルとしての「月永レオ」は、これでもう、すっかり終わりなのだ、と。
     そうして立ったステージは結局のところ最高で、必死で叱咤した自分の身体も、ブランクを誤魔化せる程度には何とか保ちそうだった。表舞台から去るには打ってつけの機会だと思った――あの瞬間までは。

    「――Leader」

     耳に優しい低音が響く。
     はたと我に返れば、舞台袖は火が消えたように静まり返っていて、ステージの幕引きから随分時間が経っているだろうことが分かった。
     辺りを埋め尽くすように五線譜が散乱しているから、これはかなり大作の部類に入りそうだ。悪役としての黒い衣装は冷えた汗で張り付いていて、少しずつ戻ってきた五感と共に、ステージで感じた奔流のような感情も甦ってくる。冷たい薄闇のなか、燃えるような髪を揺らして、司は正面にゆっくりとしゃがみ込んだ。
     おそるおそる交えた視線には、どうしても少しの気まずさがあった。だって、「我儘を言うな」と腕を引かれたあの瞬間、レオは思わず放心してしまったのだ。
     もう先はない。確かにそう思っていたはずなのに、肩を並べて司と歌う光景が、一瞬だけ瞼の裏側で瞬いた。妄想とすら呼べないような、不思議な感覚だった。
     どんな罵りにも耐えるような心構えがあった。そのはずだったのに。
    「……もし、よろしければ」
     歓声の過ぎ去った緞帳の内側で、司は口火を切る。
    「その薔薇のCorsage、いただいてもよろしいですか?」
     今度は取り繕うことなく、目を見開く。それは、まるきり想像だにしない要求だった。
    「……今のは『勝者の願いごと』に含まれてるの?」
     少しだけ自嘲気味に、そしてまた、少しだけ面白くなってきて、そんな風に尋ねた。
    もしかしたら、またいつものようにぷりぷりと怒り出すんじゃないか、と微かにそんなことも画策していたように思う。
    「いいえ、違います」
     射貫くような響きをもった否定は、それなのにどこか優しい。
    「あえて言うのなら、掴み取った『奇跡』の記念に」
     真っ直ぐにこちらを見据えて跪いてみせる司に、咄嗟に言葉を返すことができなかった。
    「奇跡、だなんて」
     震えた言葉尻は波紋のように、舞台袖の片隅に染み込んでいく。
    「ごめんな。これは……おれが、おれのことを諦めた証なんだよ」
     司の掌に着地したコサージュの青は、ぽたりと落ちた涙のようだった。


    ♪♪♪


     やけっぱちに胸に掲げた青いコサージュから、その諦観が消え去ったのは一体いつだったのだろう。あいつがそれを掬うように受け止めてくれた瞬間なのかもしれないし、もしくは、渡したそれを胸に掲げて、彼がパフォーマンスをしている姿を見た瞬間だったのかもしれない。兎角それは文字通り、すっかり綺麗に昇華されてしまって、ほとんど思い出すことも無くなっていた。





    「――どうぞ」
     此度の薔薇は前回から一ヶ月ほど空いて、慌ただしく来日と出国を繰り返す中で、空港のロビーで手渡された。曰く、この間の楽曲のお礼です、と。
     荷物になってしまったら申し訳ないと少しばかり逡巡されたけれど、一本だけなら荷物だなんて言うほどじゃないと笑って受け取った。
     それはやはり今までと同様に、深く鮮やかな青色をしている。
    「折角だから聞いておきたいんだけどさ」
    「はい」
     今日は時間があるからと、空港のロビーに連れ立っている司に、何気ない体で問いかける。
    「何で青い薔薇なの?」
     同じ高さの瞳を覗き込むように目を合わせれば、彼はほんの少しだけ目を見開いたようだった。
    「……お嫌いでしたか?」
    「そういう訳じゃなくて!」
     首を傾げるようにしながら為される上目遣いは、どうにもわざとらしさが勝って、払い除けるように声を上げる。ルカたんの自然な可愛さを見習ってほしい。
    「うーん、ほらスオ〜ってどっちかって言えば赤とか似合いそうだから……?」
     赤。ポツリと呟くように言う様は、少しだけ珍しいように思う。
    「なるほど、そちらを贈った方がよろしいのでしょうか?」
    「えっ、待って、そういう話ではな……ない? 無いような気がする……?」
     赤い薔薇。それがスタンダードに深い愛情を表すことは、花言葉に詳しくなかったとしても周知の事実だろう。何故そう善処しますとでも言い出しそうな応答になるのか、レオは混乱する。
    「とりあえず違くて! 何で『青』の『薔薇』なのかと思って」
     何とか本題に引き戻して、この時点で大分ぐったりとした。こういう場面における司は、計算づくでない状態の方が何かと厄介なのだ。
    「おまえってさ、贈り物に意味とか込めるタイプだろ?」
    「それは、まあ、そうですが」
    「なんでかな~ってずっと考えてたんだ。珍しくなんにも説明してくれないしさ。これって、ジャッジメントの時に渡したコサージュと関係あるの?」
    「……そうですね」
     少しだけ考え込むようにして、司は口元に指を寄せる。そうして、ゆったりとした瞬きの後に、決意が宿る瞳で静かにこちらを見据えた。
    「……あれは『あなたと共にありたい』と望んだ時に、掴み取ったものだったので」
     司はそのままレオの正面へと立ち、身体ごと向き合う。空港のロビーの環境音が遠くなり、レオは何となく、ジャッジメントのステージ上で向き合った、あの一瞬を想起した。
    「この薔薇は、あなたをこいねがう……欲、のようなものだったんです」
     抱える薔薇へ翳すように、司の手が伸ばされる。
    「共にステージに立ってほしい、隣にいてほしい、あなたに笑っていてほしい……私から、目を離さないでほしい。これは詰まるところ、そういう思いがこもった薔薇なんですよ」
     包装をそっと指で寄せて、薔薇の花弁をなぞる司から、何やらそんな言葉を聞いた。
    「……は、な、なに⁇」
     瞬間、司が発した音の意味が頭に追いついてきて、頬に勢いよく熱が集まっていくのを感じる。レオの混乱の傍ら、司ははにかむように微笑んで、それでも決して視線を逸らしてはくれない。
    「……ただ、まあ確かに、客観的に見れば、いつまでも『奇跡』に縋っているようで、少しばかりみっともなかったかもしれませんね」
     低い音で続いた言葉は、どこか自己満足的と言うか、相手への理解を前提としていないような、そういった響きだった。この後輩にはそういう所がある。でも、そういう部分はレオにだって大いにあるから、お互い様なのだろう。
    「ねえ、レオさん。次にあなたが帰った時に、私は何色の薔薇を贈ると思いますか?」
     ふと悪戯を思いついた子供のような、そんな無邪気な表情で問いかけられて。
    「……ん?」
     種類、色、本数。昔紅郎に聞いたそれが、瞬時にレオの頭を駆け巡った。
    「次に会う時まで、たくさん『妄想』して下さいね」
     お気を付けて、と持ち上げられた左手に、そっと唇を寄せられた。そうして軽く背を押されれば、キャリーバッグの重みに引っ張られるように、レオの身体は搭乗口へと動き出す。手元の青と、最後に見た蘇芳色のコントラストが、瞳の奥で瞬いて。
     思わず、あの情熱をそのまま映したような、そんな色の薔薇が贈られる未来を妄想してしまった。


    ♪♪♪


    「そういえば、青薔薇にしたんだねぇ? てっきり、かさくんなら赤にするのかと思った」
     白のマントをたなびかせる怪盗の装いに身を包み、今宵の絢爛豪華なステージに向けた準備の最中、司はそんな言葉を受けた。
     泉の指摘は、マント留めのコサージュのことだろう。今回のライブの「怪盗衣装」は、コサージュの薔薇の色を個人が定める方針で、衣装のデザインが為されていた。
    「あら、でも素敵じゃない? 『不可能』から『奇跡』へと変わった花言葉なんてロマンチックだし、とっても司ちゃんらしいわ。確か他にも『神秘的』とか『一目惚れ』とか、それはもう色んな意味が」
    「そう言う話じゃなくてさぁ! 色合いのバランスの話をしてんの!」
    「まあまあセッちゃん、俺たちKnightsに限って青が似合わないなんてことは無いでしょ」
     凛月の仲裁に、そもそも似合わないとは一言も言ってないでしょお! と泉はまた声を荒げている。その騒がしさは、普段と変わらないKnightsの日常風景だったが、司はふと、輪の中に居ない一人の影を想起してしまった。
     帰還した王。この先もずっと空席なのかと思っていた矢先、玉座を埋めた我らが王さま。
     あんなに反目していたのに、すでに無くてはならない存在だと思ってしまっている自分がいる。あの人のことなんて、分かっていることの方が少ないのに。
    (理解を……したいと思う)
     あの人のことなんて、分かっていることの方が少ないけれど。それでもあの瞬間、ただ一つだけ。ジャッジメントが終わった舞台袖で、涙のように掌に落とされたこの薔薇に、レオの深い悲壮と諦観が込められていたことが分かったから。そして、その薔薇を、そんな孤独な悲壮に浸しておくなんて、絶対に嫌だと思ってしまったから。
    「っていうかさ、ス~ちゃんのそのコサージュ、『王さま』のでしょ。ナイトキラーズの?」
    「う、よく分かりましたね……」
     いつの間にやら背後に擦り寄っていた凛月に、内緒話でもするように問いかけられた。こういうところが猫のような人だと常々思う。
    「まあ俺もさ、ほんの少~しだけ意外だったから。でも、それ聞いたならまあ納得かなぁって」
    「……納得、と言いますと?」
     司自身、どうしてそんな風に拘ってみせたのか、自分の行動であるはずなのに、判然としない面もあった。それでも、「各自好きな色を」と説明された際に、青い薔薇を――あの人から譲り受けたそのものを、この胸に飾りたいと、そう思ったのだ。
     凛月は楽しそうに笑いながら、青いコサージュを整えるように触る。
    「だって、これがス〜ちゃんの『左の胸に咲いた欲望』ってことでしょ?」
     歌詞をなぞってはくすりと笑う先輩に問われ、そこで初めて、何かがすとんと腑に落ちたような気がした。
    「……ええ、そうですね」
     花言葉が意味を転じたように、花に込められた思いだって、転じることを願っても良いのだろう。そうしていつか、この悲壮を、悲壮ではないものとして、あの人へ返すことができたなら。
    「この薔薇は、あの人の諦観と同じ根を持つ花で、そして、それを覆したいと願う私の欲そのものです」



    【終】





    【→続く】
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