止まらぬハレーション(つきいと+誓) LIMEの通知音と共に、目にも鮮やかな写真が届けられる。
スマホ画面にちらりと明滅した光と、店内代行へ赴いているはずの彼女の名前。気づいてしまった以上は集中できそうになく、俺は表計算ソフトと格闘する手を止めて、メッセージに既読をつけることにしたのだ。
弥代衣都:比較的綺麗に撮れたので、一番にお見せしたくなりました。
見事な大輪だ。打ち上げはじめから花開くまでの動きが鮮明に、まぶたの裏に浮かぶような一枚だ。鮮やかな黄金色をメインとしながら、ところどころに赤や緑の差し色があって目にも楽しい。針でなぞられたように細やかな光は実に繊細で、画面越しにこぼれ落ちるのではないかとすら錯覚させられる。
「弥代さんは、写真撮影もお上手だ」
スマホで花火を撮影するのは難しいと聞くが、まるでそれを感じさせない。
おこげがあくび混じりにみゃあ、と一言鳴き、俺を一瞥すると窓の側へと歩き出す。
そういえば。と、思い出した。この辺りでも今日、小規模ながら花火が上がるはずだったと。
スマホを手にした俺は階上へと上がり、ベランダに出る。いつもどおり首都圏らしく、あまり澄み切っていない空だ。陽が沈んでから数時間たった現在は、生温くも穏やかな風が頬を撫でていく。
遮るものが少ない方向へと当たりをつけて、スマホを構えれば。程なくして遠くから、ひゅるるると銀笛の小気味よい音が鳴り響いた。
単発の撮影で何度か画面をタップして、連写モードを二~三回程度。保険として動画撮影もする。
区切りのよいタイミングで一通り確認してみたが、その半数以上は到底使い物にならない出来栄えだ。規模の小ささを差し引いたとしても、光が弱く花火の形として認識できない。辛うじて花火らしい写真を見繕えたが、それも光が滲んでぼんやりとしている。弥代さんが送ってくださった写真のような、繊細な、細やかな光が表現できていない。
(まあ、予想はしていたが……)
何だか自分に失望したかのような心地だ。どうせならばお返しにと思ったが、そう上手くはいかない。
「無難にお礼と感想だけ伝えるか……」
「おや」
独り言ちたところ、丁度ベランダに顔を出した一人の影。
「誓さん」
翻訳の仕事に区切りがついたのだろう。誓さんは興味深そうに俺のスマホ画面を覗き込み、にっこりと口角を上げた。
「これはこれは……大河の撮る花火は興味深い」
「どこがだ。綺麗に撮りたかったが、ちっとも上手くいかなかったのに」
「そうでしょうか」
誓さんは再度、俺のスマホに閉じ込めた花火を、まじまじと見つめて言う。
「ハレーション、ですね」
「……ハレーション」
間抜けに繰り返した言葉はどこか聞き馴染みがあるような気がしたけれど、具体的にどこで知り得たフレーズかは思い出せそうにない。
「暗闇で花火やライトアップした景色などを撮影する際、こうして光が滲む現象です。レンズにうっかり触れた直後に撮影するとこうなります」
「そうなのか」
「スマホ撮影において、よくある現象でもありますね。ですが」
細い目の眦を緩やかに下げて、尚も誓さんは続ける。
「光の滲んだ写真というのも味わい深く、実に乙なものです。撮影した人物のあたたかな想いもまた、じんわりと滲むようで」
私は好きですよ。誓さんはそう言い残すと、ふふ、と愉快そうに笑いながら離れていった。
こうして写真を撮り始めたいきさつを、頭の中で丁寧になぞる。
弥代さんが送ってくれた、繊細でうつくしい花火の写真。おそらく……否、間違いなく、お忙しい合間を縫って共有してくださった貴重な一枚。写真にはどこか、彼女の誠実さと思いやりが汲み取れるようで。
うつくしさに胸を打たれたのだ。花火はもちろん、彼女の、心根のうつくしさに。
だから俺は、同じものを返したいと。そう願ったのかもしれない。
手元には、光が滲む不格好な花火(ハレーション)。 先ほどまでとは別の意味で、送る勇気がなくなってしまった写真。
写真だけではなく心までも、今の俺は持て余しているようだ。