夏の農業はなかなかに大変である。
なにせ暑い。畑というのは土地を拓いその場所を確保しているため、基本日当たりがよく陽を遮るものはない。つまり、日中は夏の日差しを浴びての農作業となる。
もちろんそれを避けるため、朝方の比較的涼しい時間から農作業を取り掛かるのだが、今の夏ときたら陽が昇れば朝の早い時間でも汗が噴き出し肌を伝い落ちていく。
しかしながら、夏は夏の恵みがあり、孫家としては農業の夏休みはない。
それだけを耳にすると、なんとも過酷な仕事だろうかと思ってしまうのだが、孫夫婦は農家だからこその「夏の楽しみ」を満喫してもいる。
「ひゃーっ、うっめぇなぁ!」
「ほんと、おいしいだ! 身体に染み渡るーってやつだべっ」
畑の近くに細いがなみなみと水が流れている。孫家の畑を潤すために惹かれた農業用水路だが、パオズ山が抱える水なので真夏の昼間でも声が出るくらいに冷たい真水だ。
そこに夫婦そろって衣服をまくって露わにした足首に水を付けて、夏の日差しの中、悟空とチチは水路の水で冷やしておいた缶ビールを飲んで歓声を上げている。
「悟空さ、トマトときゅうりどっちからいくべ?」
「キュウリくれっか? あ、あれも一緒にな」
「お味噌だべな。ちゃあんと用意してあるだよ」
そういってチチが引き寄せる籠の中には生で食べられる野菜達が冷やされており、水気を纏って太陽の光にきらきらと輝いていた。
ぼきん! と小気味よい音をたてて悟空がキュウリを齧る。チチはキュウリやトマトほどは数はないトウモロコシを手に取り、皮を剥いてあらわれたトウモロコシにしては少し薄い色の印象を受ける実を食んでいる。
「ん、聞いてた通り甘いだなぁ。市場に卸しても大丈夫そうだべ」
「それ生で食べられるやつだよな。悟天が珍しがってたし、オラも喰いてぇぞ」
「今回はお試しだったから最初からうちで食べる量しか作ってねぇだよ。だからおいしく料理するだ」
「そいつぁ楽しみだ。でもよ、ちっとまちきれねぇからさ」
「 ? 」
「ひとくち」
並んで座る夫が妻に少し身体を傾けて大口を開ける。
いたずらっぽく笑う表情は子供っぽく見えて、しかしながら黒の双眸の奥には雄の色が潜んでいる。
トマトやきゅうりほどはないとはいえ、トウモロコシはまだ数本冷やされている。わざわざ食べさしを要求する意味などないが、そこはまぁ、夫婦の戯れだ。
だからチチも笑いながらトウモロコシ自体を差し出すのではなく、白身を帯びた実の一粒を摘み、その指先を悟空の口元へと伸ばした。
「甘ぇ」
悟空の感想は、純粋にトウモロコシのそれか、それとも一緒に口に含んだ妻の指先を含むそれか。
ふたりの足元を流れる水路に夏の太陽が輝いていた。