盲愛注意報発令中、ご注意ください (お題:喧嘩/グルアオ)「どうして、そんなこと言うんですか…」
ポツリと呟かれた言葉を聞いてアオイの顔を見れば、今にも泣き出しそうな状態だった。
その様子に一瞬たじろいだけれど、ぼくは間違ったことは言ってない。
「ぼくはただ、その男達が本当に信用できるのか聞いただけ。
だって普通に考えておかしいでしょ。恋人がいる相手に、どっか行こうって誘うなんて」
「だから、他のクラスメイトも一緒に星を見に行こうって話になっているんです。
それなのに、どうして行っちゃダメだなんて言うんですか!
あと、私の友達を悪く言わないでください!」
怒って声を張り上げるアオイを見て、深くため息をつく。
クラスメイトだとしても、その中に男もいるんでしょ。
そんな状態で、星を見に出かけるなんて普通に危ないだろ。
もしそいつらがアオイのことが好きだったら?
いくらポケモンバトルが強いって言っても、所詮は女の子。
力では男に負けるし、押し倒されたりしたらちゃんと切り抜けられるの?
できないよね?
そんな可能性がある限り、ぼくはその会に参加する許可は出せない。
…何度も説明しているのに、アオイは全くわかってくれない。
それどころか、クラスの子にそんなことをする人はいないだなんてふざけたことを言い出すところに、また腹が立った。
なんでぼくよりそいつらの味方をするの?
ぼくとアオイは恋人同士だよね。
ならそんな事態になるかもしれないって考えて、前もって阻止することはそんなおかしいことじゃない。
このぼくの心配を、子供扱いしているとか 対等に扱ってないとか…馬鹿馬鹿しい。
あんたは、自分の魅力をこれっぽっちもわかってない。
アオイはテラスタル以上に輝いていて、誰にだって優しいし 誰からも好かれる。
人をあまり疑おうとしない無防備な状態で男達の前にほいほい出て行ってどうなるのかなんて一切考えてないし、ぼくがどんな気持ちでその遊びの計画を聞いているのか考えようともしないじゃないか。
「そんなに星を見たいんなら、今度休みの時に連れて行くから。
ぼくと一緒に見れるんだからいいでしょ?
だからこの話は終わり。今すぐその誘いを断って。
できないなら、ぼくがメッセージ打つから」
連絡先も全部消すからスマホロトムを出してと手を差し出せば、強く弾かれてしまう。
驚いてもう一度彼女の顔を見ると、喜怒哀楽 全ての感情が何もかも抜け落ちたような無表情でぼくを見ていた。
…なんで、ぼくがそんな目で見られないといけないんだ。
もう一度催促しようとすれば、アオイはソファーから立ち上がって帰る支度をし始める。
「ちょっとアオイ!」
あまりの態度に引き止めようとすれば、彼女はラルトスを出して抱き上げると短くテレポートと指示を出す。
「しばらく、あなたの顔を見たくありません」
はっきりとした口調でそう告げると、アオイとラルトスは目の前から消えた。
残されたのは中途半端に手を伸ばした状態で立ち上がったぼくだけ。
顔も見たくない。
その言葉が全身に重くのしかかる。
けれど、ぼくは間違ったことは言っていない。
だから…アオイも後からきっとわかってくれるはずだ。
そしていつものように怒り過ぎたと謝ってくれる…だから大丈夫だと高を括っていたけれど、それから二週間経っても彼女から電話どころかメッセージすら来なくなった。
今までも何度か喧嘩をしたことはあった。
無鉄砲さを注意したりすれば子供扱いするなと怒って、こんな風に急に連絡が来なくなったりしたけれど 一週間もすれば気まずそうな雰囲気を出しながらぼくに会いにきてくれてそのまま仲直りしていた。
今回アオイは本気で怒ってる?
でもどうして?
ぼくは間違っていない。
自分の好きな子が他の男と一緒にいて欲しくないなんて気持ち、彼氏なら誰だって持っているはずだ。
だから、全ての男の連絡先を削除しようとしたり、男が参加するであろう誘いを断るように言ったのに。
「声が…聞きたい」
ジムの控室のソファーに寝転がりながら呟いた言葉は、そのまま天井に向かって消えていく。
二週間も何のアクションが来ないってことは、もうぼくのことはいらないってこと?
こんな口うるさくて雪山にこもる年上より、気楽で同じ場所に住む同年代の方がやっぱりいいわけ?
考えれば考えるほど体が鉛のように重く感じて、息さえ辛い。
どこかが軋むような痛みを感じて、耐えるように歯を食いしばった。
ロトロトロト…
着信音が聞こえてアオイからかと思って飛び起き通知画面を確認すれば、ジムスタッフからの電話だった。
多分挑戦者が来たんだろう。
気分はすこぶる悪い。でも、これはぼくの仕事だから しっかり対応しないと。
あの日視察に訪れたアオイに負けてから、自分の中で決めたルール…もう一度、ジムリーダーとしての仕事をきっちり責任を持ってやり遂げること。
「はい」
『ジムテストをパスされたので、挑戦者がそちらに向かっています。
バトルのご準備をお願いします』
「わかった。連絡ありがとう。すぐに行くよ」
そうでないと、あの子の隣に立つ資格なんてない。
これを放棄することはできないしジムリーダーとしてもあり得ないから、ぼくはバトルの準備に取りかかった。
スポーツでもなんでもメンタルを制御することができないと、いくら実力があっても総崩れしてしまう。
現役時代はそれには十分気をつけていたけれど、引退後は半ば自暴自棄になっていた影響もあってそこを疎かにしてしまっていたから、あの日以降止めていたメンタルトレーニングを再開した。
そのおかげかどうかわからないけれど、プライベートでどれだけ気持ちが揺らいでいてもそれを仕事に持ち出して ポケモン勝負にまで影響することは大分少なくなった。
ただそうやってきっちり分けたことへの反動か、バトルが終わって控室に戻ると心と体が重くて動けなくなる。
…アオイに会いたい。
その気持ち以外何もないし、だんだん食事の量が減り夜も眠れなくなった。
トレーニングの成果で仕事面では問題なくても、やっぱりプライベートではアオイがいないとぼくはダメになる。
なんで電話してきてくれないの?
ぼくにはもう一生会いたくない?
ぐっとスマホロトムを握り締めると、力を入れ過ぎたのか 自力で逃げ出されてしまった。
アオイ、アオイ、アオイ、アオイ…。
ごめんとロトムに対して謝った後 心の中で何度も愛おしい子の名前を呼んでいる内に、気がつけばジムの営業が終わる時間帯になっていた。
もう限界だった。
だからぼくは、ジムを出た後そらをとぶタクシーを呼んでとある場所まで今から向かうように伝えた。
グレープアカデミーの校舎前。
顔も見たくないと言われたけれど、ぼくはそんなことこれ以上耐えられない。
だから、アオイのところに行くことにした。
最終便までまだ時間はあるし、最悪テーブルシティで泊まって次の日の第一便で帰れば間に合う。
とにかくアオイに会いたいという感情以外、ぼくには何も残っていなかった。
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グルーシャさんと喧嘩した。
原因は、私が来月クラスの友達とベイクタウンで星を見に行くことを、何気なく彼に話をすれば 参加しないように強く求められたから。
特に腹が立ったのは、クラスメイトを悪く言われたこと。
いくら好きな人からの言葉だとしても、これだけは譲れない。
クラスの友達も私にとって大事な人達の一部だから。
会ったこともないのに一方的に男だから信用できないとか、危ないとか言われるのは我慢ならなかった。
それって私の見る目がないって言われている気がするし、誰と仲良くするかを決めるのは私だ。
確かにグルーシャさんの方が年上で人生経験豊富かもしれないけれど、私だって何も知らない子供じゃない。
ちゃんと自分で判断できるのに、どうして信じてくれないの?
だから、あの時しばらく顔を見たくないと言ってグルーシャさんのお家から脱出したのだけれど…テレポートで離脱する瞬間、酷く傷ついたあの人の顔を見てもう少し言い方があったんじゃないかなと思ってしまった。
…こうやって何でもかんでもすぐにムカついて怒ること自体が、子供扱いされてしまう原因なのかもしれない。
だけど、今回については私は折れるつもりなんて毛頭ないから、あの日以降グルーシャさんにメッセージを含めた全ての連絡を絶った。
それだけ私は怒っていることをアピールするために。
…そのせいで、仲直りするタイミングを逃してしまったから、今更どうしようか考えている。
あれからグルーシャさんからの連絡もない…。
私の方から絶対に謝りたくないし、だからと言ってグルーシャさんも頑固だし。
そんなことを考えながら日中図鑑登録のためポケモンの捕獲に勤しんでいたけれど、こんな状態で身に入るはずもなく 捕獲数も低調なまま日が暮れてしまい 慌てて寮に帰った。
無駄に一日潰しちゃったな…ととぼとぼ寮への道を歩いていれば、入口で誰かが立っていることに気がつく。
綺麗な水色の長い髪を靡かせながら憂い顔で誰かを待つ男性は、…グルーシャさんだった。
「えっ、なんでここにいるんですか?」
驚きのあまり思わず声をかけてしまうと、私の存在に気づいた彼は走ってこっちに向かってくる。
勢い良くぶつかってきたかと思えばその勢いのまま後ろに倒れそうになり、なんとか気合いで踏ん張ったけれど、シャリタツみたいにのけぞった状態のまま力強く抱き締められて非常に痛い。
「ちょっ、グルーシャさん!いた…いだだだだ!!!」
ギブアップを伝えるために彼の体を叩くけど、何かボソボソ呟くだけで離してくれない。
でもこんな開けた場所で話すわけにもいかないし、かといってこれ以上は私の骨が危ないし…と悩んだ結果、慌ててある提案をした。
「あの!私の部屋に来てください!そこで話しましょう!」
彼は無言でこくりと頷くと、私の手を繋ぎ始める。
寮は学校関係者以外立ち入り禁止だから、私は誰にも見られていないことを注意しながら自室へ彼を連れて行った。
晩ご飯の時間も過ぎていたからか、廊下には人があまりいなかった。
ラッキーだったと安心しながら部屋の扉を閉めると、またグルーシャさんにその場で抱きつかれた。
「…一体どうしたんですか?人が多いから、今まで寮には来たことないですよね?」
何度かデートの帰りに送ってもらったことはあるけれど、グルーシャさんはどんな格好でも目立つ人だから、校門あたりまでしか来たことはない。
だから急に何事かと聞いてみても、彼は無言のままだった。
「グルーシャさん、私達今喧嘩中だと思うんですけれど」
このままだと埒が開かないと思った私がもう一度口を開けば、ようやく話す気になったようだ。
「…れようとしないで」
「え、なんですか?」
「ぼくと、別れようとしないで…」
は、え、別れる?
そんな話にまで発展してましたっけ?
「あの…グルーシャさんと別れるつもりなんてないですけど…。
いや、まだ怒ってはいますけど そこまでの怒り具合でもないですし…」
飛躍した話についていけないなりに、そこまでの話はしてないことを伝えたら 抱きしめる力を少し緩めてくれた。
「…本当に?」
私の肩に顔を押しつけながら出てきた不安そうな声色に、どうしてこの人はここまで追い込まれているのか不思議になった。
もしかして、二週間も連絡しなかったのはやり過ぎた?
「本当です」
「…じゃあなんで、連絡してくれないの」
「喧嘩中だから、です」
「仲直りしたらまた電話してくれたり、会えるようになるの?」
「グルーシャさんがちゃんと反省してくれているのなら…」
「わかった」
「何がわかったんですか?私が何に怒っているのか、ちゃんとわかってます?」
おかしな方向に行ってそうな気がして、何が原因でこんなことになっているのか私は確かめる。
だってそこをきちんと解決できてないとまた同じことが起こるし。
「友達からの誘いにぼくが口を出したから」
…ほら、やっぱりわかってない。
そんなことで私はここまで怒りませんよ。
「違います。全然…違う。
私の友達を悪く言ったことに怒っているんです。
あなたは私のクラスメイトと会ったことないですよね?
なのに危険だって一方的に言ってきたし、連絡先も全部消して関わらないでって…そんなの納得できません」
また、抱きしめる力が強くなる。
「ぼくよりその人達の方が大事なんだ」
「どっちが大事とかじゃなくて、どっちも大事なんです。
逆に友達がグルーシャさんのことを悪く言ってたら同じくらい怒りますよ。
私は、大切な人の悪口なんて聞きたくないだけです」
それもダメですか?と聞けば、渋々ダメじゃないと返事が返ってきた。
でもなんだか、私の気持ちは通じていない気がするな…。
だから、続けて問いかけた。
「グルーシャさんは、何が心配なんですか?」
「…他の男と仲良くすることで、アオイが離れていきそうだから。
だから、ぼく以外のとは関わってほしくない」
思いがけない言葉に驚いてグルーシャさんの方を見たけれど、私の肩に埋めたままで今どんな表情をしているのか全く見れない。
でもあの日感じたムカムカがお腹の底から蘇ってくる。
「ふざけないでください!私が異性として大好きなのは、グルーシャさんだけです!それすら疑われるのは本当に嫌!!
あなただって私に同じこと言われたらどう思いますか?」
「…すごく、腹が立つ」
でしょうね!?
私の好きな気持ちごと疑われると…すごく悲しいんですよ。
だから、そんなこと言わないでください。
そう伝えれば、グルーシャさんはやっと顔を上げてくれた。
明るい室内で見れば、二週間前よりずっと疲れ切った顔をしていて、本気で私が他の誰かを好きになっちゃうんじゃないかって心配していたことに呆れてしまった。
「私、中途半端な気持ちでグルーシャさんに告白してませんし、一緒にはいません。
もう一度言いますけれど、異性として好きなのはあなただけ。
いくら仲良くなっても他の人を好きになるなんてこと、あり得ませんから!」
「…ごめん」
今にも消えそうなほど絞り出てきた謝罪の言葉に、今度は私の方からグルーシャさんに抱きついた。
「私も、この前言い過ぎました。ごめんなさい。
顔も見たくないって言っちゃったから、グルーシャさんに連絡するタイミングを見失ってたので、どうしようか悩んでました」
「ぼくもごめん。アオイのこと心配し過ぎて、やり過ぎた」
「なら、仲直りしてください」
「うん、こちらこそ」
証としてお互いキスをし合い無事解決できたと思ったけれど、そこからまた私の体を解放してもらえなくなってしまう。
え、まだ何か不満があるんですか…?
「二週間も会えなかったから、もう少しこのままでいさせて…。
あと、今日はここに泊まっていい?」
「…わかり、ました。本当はダメですけど、今日だけは特別です」
そんな全然可愛くないこと言いながらも、私もやっと仲直りができて嬉しかったから 残りの時間をグルーシャさんと一緒に過ごしたいと思った。
あとでバレて怒られてしまってもいいや、だなんて普段は思わないことを考えてしまう。
ただグルーシャさんには火の手が回らないようになんとかしよ。
それからお互いの気が済むまでぎゅっと抱き締め合っていたけれど、あんなクールだけどちょっとだけ過保護な人だと思っていたグルーシャさんが、本当はこんなにも私と別れることを恐れていたことを知って驚いた。
そんな不安を思いっきり吹っ飛ばせるくらい、もっと私の大好きを伝えなきゃ。
私だって、あなたとは離れたくなんてないんですから…。
終わり