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    25chan_awa

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    25chan_awa

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    磯咲で、少しすれ違いしちゃう話。
    いそがいさんは甘え下手で、さきちゃんは色々と耐えちゃいそうなイメージがあったので。。

    #磯咲

    口内炎と甘え下手「おはよう」
    「「おはようございます」」
    磯貝が挨拶しながら企画室に入ると、同じチームの2人は挨拶を返した後、不思議そうに顔を見合わせた。
    そして磯貝に向き直って首を傾げた。
    「磯貝さん、めちゃくちゃ機嫌悪いですね?」
    「何かあったんですか?」
    図星だった磯貝は眉間に更に力を入れる。
    そして席に着き、パソコンの電源を入れて大きく息を吐いた。
    「…朝起きたら口内炎ができてた。しかも下の左右の奥歯の裏側」
    「ああ〜!それはめちゃくちゃ痛いやつ!」
    「この頃忙しいですもんね。いつもより帰る時間も遅くなってきてますし…」
    「うんうん。食生活乱れますよねぇ…寝る時間も遅くなってて」
    「まあそれも明後日の納期までだ」
    納期と書かれた卓上カレンダーを見ながら、磯貝はマスクを外してコンビニで買ってきたホットコーヒーを口に含む。
    いつもなら飲める温度まで冷めているソレも、今の磯貝には刺激が強い。
    「……ッ…!」
    苦虫を噛み潰したような表情をする磯貝に、企画部の2人は同情の視線を送るのだった。



    翌る日の昼休み――
    磯貝がマグカップを持ってコーヒーを淹れに給湯室へ向かっていると、同期の青柳と出会した。
    「おう、青柳」
    「あら磯貝君、久しぶり。給湯室に行くの?今、森ヶ崎部長が使ってるからちょっと後の方が良いかも」
    「そうか」
    森ヶ崎が隠れて甘いものを食べるのは社内でも有名な話だ。
    なので、磯貝はその場に立ち止まった。
    そんな磯貝を青柳はじっと見つめて首を傾げた。
    「なんかいつも以上に機嫌が悪そうね…それに顔色も少し悪いわよ。大丈夫?」
    その言葉に、磯貝は大きくため息を吐く。
    「あー……昨日から口内炎になってな…」
    「あらら…それはご愁傷様。口内炎にはビタミンが良いわよ。ビタミンB2とB6だったかしら?卵とかレバーとか、あとアボカドとかも良かったはず」
    青柳の言葉に磯貝は首を振った。
    「両側に出来てるせいで物噛むと痛すぎて食欲なくてさ。とりあえずビタミン剤とゼリー飲料でしばらく凌ぐわ」
    「ちゃんと栄養のあるもの食べないと治りが遅くなるわよ?20代の頃みたいに無理できる年じゃないんだし」
    「ぐっ…」
    正論に何も言い返せなくなった磯貝は、誤魔化すように話を変える。
    「てか俺って、そんなにわかりやすいか?昨日も企画部の二人にもバレたんだけど…」
    「うーん。何と言うか…眉間の皺がいつもの3割増しって感じだから」
    磯貝は思わず眉間に手を添えた。
    「まあ普段から機嫌悪そうな顔してるし、そこは気にしなくても大丈夫よ」
    「失礼な奴だな」
    「磯貝君に言われたくないわね…あ。もうそろそろ終わる頃じゃないかしら」
    青柳が給湯室の方に顔を向ける。
    「じゃあお大事に。コーヒーを飲むのもほどほどにね?」
    「…おう」
    最後の最後まで言い負かされた気分で、磯貝はため息を吐くしかなかった。



    金曜日の朝――
    昨晩に試作品の作成依頼に必要な書類の準備と手続きが完了し、あとは部長の最終レビュー待ちの状況。
    磯貝は会社の最寄り駅の改札を出ながら、今日のスケジュールを頭で組み立てていく。
    今日さえ終われば週末はゆっくり休める。
    食事が碌に取れずにヘロヘロな状態で駅から一歩出た時。
    「磯貝さん」
    「おおう!?」
    ひょこっと現れたのは咲子だった。
    まさか恋人がいきなり現れるとは思わなかったため、磯貝は素っ頓狂な声を出してしまった。
    「池田さん!?」
    「おはようございます」
    メッセージのやり取りはそれなりにしていたが、磯貝が多忙と言うこともあって、直接会えたのは2〜3週間ぶりだった。一緒の会社とはいえ部署が違うので、タイミングが合わなければ、社内でバッタリ出くわすことがほぼないのだ。
    磯貝は素っ頓狂な声を出してしまったのを咳ひとつで誤魔化し、口を開いた。
    「おはよう。久しぶりだね、どうしたの?」
    「あの、これ…会社でお渡しするのは目立つかなと思って…」
    咲子がおずおずと差し出したのは少し小さめの紙袋。
    磯貝がそれを受け取り中を覗く。
    スープジャーと小さめのタッパー、そして少し大きめの箸箱が一つ入っていた。
    「これ…」
    「口内炎のせいで、ご飯を食べれてないとお聞きして…」
    「どうしてそれを…あ!青柳か!あいつから聞いたの?」
    「えーと、まあ…そんなところです…」
    いつもハキハキと話す咲子が言い淀むので、磯貝は不思議そうに首を傾げた。
    よく見ると咲子の表情が暗いものだったのだ。
    「池田さん?」
    「あ…すみません、余計なお世話かもとは思ったんですが…」
    「ううん、ありがとう。嬉しいよ」
    磯貝が頭を少し下げて礼を言うと、咲子はホッとした表情を浮かべた。
    だがまた少し浮かない表情に戻る。何かを言いたそうな、でも迷っているような、そんな表情だった。
    磯貝がそれを問うため口を開こうとした瞬間。
    「容器を返すのはいつでも大丈夫なので気にしないで下さいね。では私はコンビニに寄るので」
    咲子はペコリと頭を下げ、この場を去って行った。
    磯貝は紙袋を持ったまま、ポカンとその後ろ姿を見送るしかなかった。



    その日の昼休み――
    無事に最終レビューが通り、納品が完了した。
    企画部の2人からの昼食の誘いを、まだ口内炎が治っていないからと断った磯貝は自席で咲子から受け取った紙袋を取り出した。
    正直言うと食欲はまだなかったのだが、食べないという選択肢は磯貝にはない。
    スープジャーとタッパーを取り出し、それぞれ蓋を開ける。
    「おお…」
    スープジャーの中は卵と鮭の雑炊、タッパーの中はアボカドの白和えが入っていた。
    卵の黄色、鮭のピンク色、アボカドの緑色は磯貝の目を楽しませ、出汁をきかした雑炊の香りは磯貝の鼻をくすぐる。
    「…いただきます」
    磯貝は手を合わせて呟いた。
    そしてまずは雑炊をスプーンで掬い、口に運ぶ。
    程よい温度で保たれたそれは、するりと磯貝の喉を通っていく。
    出汁の旨味と鮭の塩っ気が口の中に広がり、雑炊の温もりが胃に染み込んでいく。
    「うまい…!」
    次は箸を掴み、アボカドの白和えを口に運んだ。
    アボカドよく熟れていてとても柔らかく、こちらもするりと喉を通る。おそらく豆腐の和え衣にとろみをつけてあるのだろう。
    どちらも素朴で優しい味わいで、まさに作り主のようだ。
    磯貝は夢中で口に運んでいく。
    時たま痛みが走ったりもしたが、それよりも食欲が痛みに優ったのは久しぶりのことだった。

    久しぶりに満腹感を味わった後、磯貝は給湯室でスープジャーとタッパー、箸箱を洗っていた。
    満腹で頭が回るようになってきた磯貝は今朝の咲子の様子を思い出す。
    (何か変な様子だったよな…黙ってて心配かけたから怒ったとか…?いや、そんなことで怒る子じゃないし、そもそも怒ってる様子じゃなかったような…)
    磯貝は考えを巡らせながら、洗い終わったものを清潔な布巾で拭いていく。
    (まさかヤキモチとか?……いや、それないか。なんか想像できん)
    思考が堂々巡りし始めた時、後ろから声をかけられた。
    「あ!磯貝さん、お疲れ様です」
    「どうも、お疲れ様」
    振り返ると咲子と同じシステム物流部の滝が給湯室を覗き込んでいた。
    磯貝に気軽に声をかけられる数少ない女性の1人である。
    「そういえば、口内炎になったらしいですね。大丈夫ですか?」
    「…青柳は君にも話したのか?」
    磯貝が嫌そうな表情をすると、滝は手のひらを振って否定した。
    「いえ、情報源は青柳主任といえばそうなんですが、主任から直接聞いたわけじゃないです。昨日、森ヶ崎部長が磯貝さんとすれ違った時に顔色が良くなかったって話を青柳主任にして、青柳主任が磯貝さんが口内炎であまり食事を取れてないようだとお返事されてたのが聞こえてきて…」
    「なるほど…」
    そこでふと磯貝は思い至った。
    「あのさ…それって他にも聞いてる人居た?」
    「池田先輩と小湊先輩も席にいらっしゃったので、多分聞いていたかと」
    磯貝はそこで咲子が言い淀んだ理由がようやくわかった。
    直接聞いたわけではなかったので、あの言い方になったのだろう。
    一つ疑念は晴れたが、まだ状況が切り開けたわけでもない。
    「森ヶ崎部長も同情されてましたよ。口内炎、できる場所によってはめちゃくちゃ辛いですよね…私も昔は食生活乱れてた時によくなってたのでわかります」
    うんうんと頷く滝を少し見つめ、磯貝は意を決して口を開いた。
    「…あのさ、今時間あるかな?俺の友達の話なんだけど、女性の意見が聞きたくて…」
    「はい、私で良ければ大丈夫ですよ。何でしょう?」
    こういう時の『友達』というのは十中八九フェイクである。
    滝はそれに気づいてはいたが、決して揶揄することなく磯貝に話の続きを促す。
    「ありがとう。えっと…その友達が風邪をひいてさ。彼女には心配かけたくないから黙ってたらしいんだ。でも結局、他人経由でそれがバレたらしくて…」
    「気を回したつもりで墓穴掘っちゃったんですね」
    滝の言い放った言葉は磯貝に見事に突き刺さる。
    「それでどうしたんですか?」
    滝が気にせず先を促すので、磯貝はダメージを受けたまま話を続ける。
    「ああ、うん…えっと、それでその彼女はそいつに栄養ある食事を使ってくれたりして、特にそいつを責めることはなかったんだ」
    「できた彼女さんじゃないですか」
    「本当にその通りで…ただ、その彼女はやっぱり何か言いたそうな、浮かない表情をしてた…らしいんだ。やっぱり怒ってるんだと思う?」
    「まあ自分には話してくれず、それを他人経由で知ったら多少怒りはするでしょうね」
    滝はそこで少し思案して、軽く挙手した。
    「うーん…もうちょっと情報が欲しいです。その他人経由でっていうのは女性ですか?あとそのお友達との関係性は?」
    「うん、女性。友達とは同期」
    「…であれば、ヤキモチの可能性が高いのでは?よくある『他の女性には話すんだ、酷い』的な」
    「うーん、俺も一瞬そう考えたんだけど、そんな感じにも見えなくて…」
    磯貝が困った表情で首を捻る。
    その様子に滝はふとある人物が頭に浮かんだ。
    そして色々と合点がいく。本人達にも事情があるだろうから、と滝はそこに触れることはなかった。
    「なるほど、ヤキモチ妬くタイプって感じじゃないですもんね。…であれば……」
    滝は少し考えた様子を見せ、そして指をパチンと鳴らした。
    「寂しい」
    「…え?」
    思っても見なかった言葉に磯貝が少し間の抜けた声を出す。
    「そうですよ、きっと『寂しい』って感じたんだじゃないですかね」
    「寂しい?」
    「だって自分の好きな人が辛い時に自分を頼ってくれなかったんですよね。それって寂しくないですか?」
    「あ…!」
    「しかも同期の人には話してるんですよね?自分は頼りないのかなって不安も感じたのでは…」
    「いや、それについては別に自ら話しにいったわけでは…」
    「理由がなんであれ、結果として『自分には話してくれず他の人には話した』って状況には変わりないと思いますが…」
    「…確かに」
    磯貝はがっくりと項垂れた。
    パズルのピースが全て嵌まった気がした。
    「困った…」
    友達の話、という前提を磯貝はもう既に忘れてしまっている。
    磯貝のそんな独り言に、滝は慰めるように回答した。
    「ちゃんと面と向かって話し合いするのが良いと思いますよ。少しでも悪かったと思うならまず謝って、それから黙ってた理由と、他の人はなぜ知っていたのか、その時の状況を正直に話すのが一番かと」
    「うん…その通りだ」
    磯貝は顔を上げた。
    その顔は少し晴れ晴れとしている。
    「もう大丈夫そうですか?」
    「うん、ありがとう」
    「いえいえ、お役に立てられたのなら良かったです。それでは…」
    「あ、ちょっと待って!お礼にならないかもだけど…」
    滝が深々と頭を下げて給湯室を出て行こうとしたので、磯貝は慌てて引き留めて給湯室から少し先にある自販機コーナーを指差した。
    「もし良かったら」
    「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて」
    難儀だけど律儀な人だ、と滝は内心思いつつ、コーラをご馳走になったのだった。



    金曜日夕方――
    定時で上がれた咲子がタイムカードを押して会社を出ると、磯貝がひょこっと姿を現した。
    「池田さん」
    「キャッ!…磯貝さん!?」
    今朝とは立場が反対だな、と磯貝は独りごちながら紙袋を咲子に手渡した。
    「これ、返そうと思って…」
    「あ、わざわざすみません。いつでも大丈夫でしたのに」
    出入り口に留まっていると邪魔になるので、駅へと二人は並んで歩き出す。
    歩きながら咲子が紙袋を受け取ると、朝より少し軽く感じた。
    中を覗くと咲子の好きな菓子がたくさん入っていた。
    「すみません、なんか逆に気を使わせてしまったみたいで…」
    「いや、俺の方こそ心配かけてごめん…弁当ありがとう。めちゃくちゃ美味かったよ」
    「お口に合ったみたいで良かったです」
    磯貝の言葉に咲子は嬉しそうに微笑んだ。
    今朝と違い、普段の様子を取り戻していた。
    「……」
    「……磯貝さん?」
    「あ、その……」
    磯貝は少し立ち止まって、磯貝は咲子をまっすぐに見つめた。
    「今日、この後予定ある?もし無かったらちょっと時間欲しいんだけど…」
    「今日はこのまま帰る予定だったので大丈夫ですよ」
    「良かった…じゃあここじゃ何だし何処か食べに…」
    「磯貝さん、お口は大丈夫なんですか?」
    「あ、そうだった…」
    磯貝が困った表情を浮かべたのを見て、咲子は少しモジモジしながら言葉を紡ぐ。
    「あの、もし…磯貝さんが良ければなんですが…」

    咲子の提案は、彼女の家で食事することだった。
    「実は昨日クリームシチュー作りすぎちゃったので、来て下さって嬉しいです」
    咲子がコンロの上に置いたままの鍋の蓋を外す。
    その中にはシチューが鍋いっぱいに入っていた。
    とてもではないが一人では食べきれない量だ。
    「おお、これは凄いね。それにめちゃくちゃ美味そう!」
    磯貝が目を輝かせて頷くのを見て、咲子は照れたような笑みを浮かべた。
    「口内炎のこと調べていたらクリームシチューが候補に出てきたんです。なので今の磯貝さんでも美味しく食べられるかと」
    「……えっ?」
    「本当は今日の昼に持って行こうと思ってたんですが、あまり食べれてなかった時にお肉を急に食べたらお腹がびっくりするかなと思い直しまして…」
    つまり、これは磯貝のために用意されたクリームシチューだったのだ。
    もし磯貝が咲子を待っていなければ、咲子は一人で帰ってこれを一人で食べるつもりだったのだろうか。
    そこまで考えて、磯貝は胸がギュッと詰まるのを感じた。
    「…本当にごめん!」
    磯貝は咲子に深々と頭を下げた。
    咲子は驚いて目を見開き、慌てて磯貝に頭を上げるように促す。
    顔を上げた磯貝はいつもとは打って変わって、眉が下がって不安そうな表情を浮かべていた。
    「あの…磯貝さん?」
    「口内炎のこと、黙ってたのは池田さんに心配かけたくなくて…いや、たかが口内炎だしっていう理由もあるんだけど…」
    咲子はもう一度驚いた顔をして、慌てて首を振った。
    「いえいえ!恋人だからって何でも話さないといけないってわけではないですし、気にしないで下さい」
    咲子の困ったような表情に、伝えたかったことの半分も伝わってないことに気づいて、今度は磯貝は首を振った。
    「いや、そうじゃないんだ。俺が言いたいのは……」
    磯貝はどう言えば自分の気持ちが伝わるのか思案する。
    (悲しませたこと、不安にさせたことを謝る?それはこっちの想像であって池田さんはまだ何も言ってないのに?)
    (じゃあ池田さんには知らせず青柳に話してしまったことを謝る?池田さんはそれを本当に望んでるのか?)
    (結局心配させて、こうして手間をかけさせてしまったことを謝る?それは池田さんに失礼すぎないか?)
    どれも違った。もちろん伝えたいことの一部ではある。
    だが、一番伝えたいこととは。そして、どうしても伝えたい理由は――
    「俺さ、池田さんだけには嫌われたり幻滅されたくないんだ。誰よりも信じてるし頼りにしてるのは池田さんだけで…一番大切なのは池田さん、君だけなんだ」
    磯貝がまっすぐに咲子を見つめて放った言葉に、咲子は大きな瞳を更に見開いて息を飲んだ。
    「俺は、その…そもそもあまり人を頼ったりというか、弱味を見せたりするのが苦手で…今までも一人で何とかなってきたし、今回も何とかなると思ってた…だから余計な心配かけなくても良いや、格好悪いところ見せたくないしって勝手に判断して池田さんの気持ちを全然考えられてなかった…俺が池田さんの立場なら一番に言って欲しいって思うのに…」
    磯貝は拳を強く握りしめる。
    「青柳が知っていたのは、偶然会った時にただ聞かれたから答えただけで、頼りにしてるとか信頼してるとかそんな理由じゃまったくなくて、ただ事実を述べただけだったんだ。俺にとっては本当にただそれだけで…実際、企画部の2人にも青柳の前に同じことを聞かれて答えてたし…」
    磯貝はもう一度頭を下げた。
    「本当にごめん。これからは勝手に判断しないで、困った時はちゃんと池田さんに相談する」
    「……」
    何も言わない咲子に、磯貝は恐る恐る顔を上げる。
    咲子の瞳からは涙が一粒、頬を伝っていた。
    仕事で磯貝が厳しすぎることを言っても泣かなかった咲子が泣いてる事実に、磯貝は戦慄した。
    「ご、ごめん!!そんなに傷つけてたなんて…!!」
    磯貝が慌ててハンカチをポケットから出してそれを差し出すと、咲子はそれを受け取りながら首を振った。
    「す、すみません。そうじゃないんです。なんというか…安心して…」
    言葉にするとそれを更に実感したのか、咲子の瞳から涙がポロポロと落ちていく。
    磯貝は狼狽えたまま、おずおずと咲子に両手を伸ばして彼女の体を引き寄せた。
    咲子が抵抗しなかったので、そのまま抱きしめる。
    咲子は磯貝の肩に顔を埋めて体を震わせた。
    「磯貝さんがご飯食べれてないって聞いて…メッセージでやり取りしてる時にそんな素振りもなかったのでびっくりして…」
    「うん、黙っててごめん」
    「話してくれなかったのは私が頼りないからかなって思って…でも何かしたくて…お弁当も迷惑かもって思ったりもしたんですが我慢できなくて…」
    「そんなことない、嬉しかった」
    「磯貝さんは私が居なくても良いんじゃないかって考えがずっと止まらなくなって…でもそうじゃなかったんですね。良かった…」
    「本当にごめん。もう絶対そんな思いはさせないから…」
    磯貝は抱きしめる力を強めた。
    咲子の涙が止まるまでそれは続いた。
    そして咲子がゆっくり体を離す。
    「す、すみません。泣いたりして…もう大丈夫です」
    咲子はスッキリした顔で笑う。
    目元が赤くなっている以外はもう普段の咲子に戻っていた。
    「お腹空きましたね。すぐにお鍋を温めるので、磯貝さんは向こうで休んで待ってて下さい。残業続きに口内炎もあってお疲れでしょう?」
    気遣ってくれる咲子に、磯貝は控えめに微笑んで首を振った。
    「もし池田さんが良いなら、ここに居ても良い?…その…会えなかった間の話を聞いて、欲しいな」
    磯貝の可愛らしいお願いに咲子は嬉しそうに頷いた。
    磯貝がゆっくりと、咲子と会えずに残業三昧だった間の話をし始める。
    咲子は鍋が焦げ付けないようにお玉でたまにシチューを混ぜながら、磯貝と楽しく話の花を咲かせたのだった。
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