特別ながんばれごはん――とある週末。
磯貝と咲子は仕事終わりに落合い、スーパーに買い物に来ていた。
給料日前なので、今日は家で一緒に食事をすることにしたのだ。
理由は二つ。
一つは、いつも磯貝が多めに出しているとはいえ、外食続きだと咲子の負担が大きくなりやすく、何より咲子が磯貝に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになるから。
そしてもう一つは磯貝は小柄のわりによく食べる方なので、咲子にとってこの上なく料理をする甲斐があるためである。
「あ!今日は豚バラ肉が安いですね!」
咲子が半額シールを貼られた肉のパックに目を輝かせる。
そして少し思案した顔をした。おそらく家の冷蔵庫の中の食材やカゴの中に既に入れていた野菜を使ったメニューがないか照らし合わせてるのだろう。
そして閃いたのか、可愛らしい笑顔を磯貝の方に向けた。
「回鍋肉はどうでしょうか?甜麺醤ではなく赤味噌を使うレシピを前に見つけたんです!」
「それは美味しそうだね」
名古屋名物の味噌に愛着がある磯貝は口に笑みを浮かべて頷く。
「では今日は味噌回鍋肉で!」
咲子が磯貝が押していたカートのカゴに肉のパックを入れる。
「付け合わせはトマトとレタスの野菜サラダに、昨日作っておいた茄子の煮浸しがあるので、あと必要なのは明日の朝ごはん用の食パンくらいですかね…あ!卵!卵も買わないとです!」
献立を楽しそうに立てる咲子を磯貝が微笑ましく見守りつつ、2人はゆっくりスーパーを見て回る。
そしてパンコーナーに着いた時に、咲子が何かを思い出したように声を上げた。
「そういえば…磯貝さんって仕事が忙しい時期、モチベーションを保つために毎日何かされたりしてますか?」
「モチベーション?うーん、そうだな…」
急な質問ではあったが、磯貝はそういうことにだんだんと慣れてきたのか、あまり気にした様子もなく少し考え込んで答えを出す。
「昼飯に好きなものを食べに外に行くとか、かな…」
「やっぱり名古屋のごはんですか?」
「いや、前にも言ったけどそれだけ食べてるわけじゃ…」
咲子の返しに磯貝が苦笑を浮かべて反論しようとしたが、すぐに言い淀んだ。
「あー…でも確かによく考えると、忙しい時は名古屋めしばっかり選んじゃってるかも…食べ親しんでるものって、食べたら何かホッとするし」
「確かに!故郷の味ってホッとしますよね!」
咲子はいつの間にか出していたメモ帳にメモを取っていく。
「実はうちの部が来週から繁忙期に入るので、この前皆でモチベーションを保つ方法について何があるか話をしてたんです。新しいマニキュアを買って毎日少しずつ色を変えて楽しむとか、お取り寄せパンを毎日一つずつ解凍して食べるってアイデアが出たりしたんですが、私はどうしようかと迷ってまして…それで磯貝さんの方法も参考にさせて頂こうかと」
パンコーナーのパンを見て、ふと思い出したということのようだ。
「今でも週一で美味しいものを食べることを楽しみにしてますが、皆の話を聞いてたら毎日できることがあれば更に頑張れそうだなって思って…」
「なるほど」
咲子が既にやっているのは週一のごほうびごはん。例えばそれを毎日する、となると先立つものが必要で、下手すればその月の残りの週を我慢しないといけなくなり、本末転倒になるため却下だ。
だが咲子のことなので、磯貝のように食べ物系の方が性に合うだろう。かと言って、いつも持っていく弁当を豪華にする、というのも残業続きになることを考えると少しハードルが高い。
「「う〜ん…」」
2人で首を捻って考えながらレジに向かう。
その時、レジの側に貼られているポスターが磯貝の目に入った。
「…あ、くじ引きやってるんだね」
「えっ、そうなんですか?」
咲子もポスターを見てみると『3000円以上のお買い上げごとにくじ引き1回』の文字が大きく踊っていた。
1等はA5黒毛和牛の肉から始まり、高級魚、醤油などの調味料に卵、そしてハズレはお菓子の詰め合わせがもらえるようだ。
磯貝はそれを見てあることを閃いた。
「…そうだ!こういうのはどうかな?」
磯貝がアイデアを話すと、咲子は見る見るうちに目を輝かせる。
「磯貝さん!もう一回野菜コーナーとか回っても良いですか?」
「もちろん」
咲子が少し小走りに野菜コーナーへ向かうのを、磯貝はカートを押しながら追いかけたのだった。
「あ〜、とうとう来ちゃったね…」
繁忙期1日目の昼休み。
小湊が少しヘロヘロになりながら呟いたのを、咲子と滝が大きく頷いた。
「午前中、データを入れても入れても全然入力待ちの書類が減らなかったっす…」
「私も…早速今日から残業三昧だね…」
「でも今回、我々には作戦がありますからね!今まで通りにはいかないっす!」
滝はそう言って自分の手を2人に向けてかざした。
薄ピンクのネイルはいつも以上に丁寧に塗られ、ネイルストーンが目立たないように小指にだけ貼ってある。
「「可愛い〜!!」」
「へへっ、いつも使っているものよりちょっと奮発しちゃいました。ここから毎日少しずつ、色変えてグラデーションにしたりしようかと!目立たないレベルにはなりますがね。あとはネイルが禿げないようスプーンやフォークを使う系ご飯で行きます!」
滝が少し照れて笑うのを、咲子と小湊は微笑ましそうにうんうんと頷く。
「私はもちろんコレ!」
次に繰り出したのは小湊だ。
彼女が鞄から取り出したのは、お取り寄せしたパン――クイニーアマンだった。
「「わ〜美味しそう!」」
「でしょ〜?パン仲間から教えてもらって早速取り寄せてみたんだ。他にも色々なパンを取り寄せたから、これで頑張る!」
幸せそうに目を輝かせる小湊に、咲子と滝は周りに迷惑にならないよう小さく拍手する。
「じゃあ最後は私だね」
咲子が弁当箱を取り出したので、小湊と滝は首を傾げた。
「お弁当ということは、いつもより豪華なおかずとか?」
「えへへ〜実はね…」
小湊の問いに答えるように、咲子は弁当の蓋を開けた。
そこには丸いものが綺麗に並べて入っている。
「…あ!これ、もしかしておやきですか?」
「なるほど、長野のソウルフードだもんね!」
「正解〜!」
咲子は嬉しそうに頷いた。
「これね、野沢菜とかかぼちゃとか色んな餡を用意してそれぞれ包んで焼いたのを、ラップに包んで中身がわからないようにバラバラに保冷バッグに入れて冷凍したの。だから、これは食べる寸前まで中身がわからない、くじ引きおやきなんだ〜!2人の話を聞いてどうしようか迷ってた時にアドバイスもらって」
「おおお!池田先輩らしいっすね!」
「しかも手作りなんてさすが池田さん!」
褒め称えてくる2人に咲子は照れ臭そうな笑顔を浮かべる。
「いける…!これならいけるっすよ!待ってろ未入力データども!」
「「オー!」」
燃える滝に咲子と小湊も片腕を上げて応える。
そして3人は手を合わせた。
「「「それでは…いただきまーす!」」」
それぞれの食事に取り掛かる。
楽しそうに食べる小湊と滝に相槌を打ちながら、咲子はおやきを半分に割った。
(あ、肉味噌…!これ、磯貝さんが作ってくれたやつだ)
2人には詳しく話さなかったが、アイデアを出してくれたのが磯貝で、作るのも実は磯貝が半分手伝ってくれていたのだ。
(…あの時の磯貝さん、可笑しかったなぁ〜)
いつも以上に真剣な表情で餡を包む磯貝の顔を思い出して、咲子はこっそりと吹き出した。
最初は餡がうまく包めずにはみ出たりしていたが、手先が器用なのか、複数回包むうちに祖母の手伝いで何度も作ったことがある咲子と遜色ないほどの出来栄えを披露した磯貝。
(初めて上手く包めた時、嬉しそうに笑って見せてくれたのが可愛くて思わず笑っちゃったっけ…)
さっそく口に含むと広がる幸せの味。
故郷の味というだけじゃない。
思い出いっぱいの、咲子にとって特別ながんばれごはんだ。
(…午後からも頑張ります!)
咲子は心の中で磯貝にそう語りかけながら、もう一口、もう一口とおやきを堪能したのであった。