或る朝磯貝が目を開けると、虎のぬいぐるみの顔がドアップで目に入った。
「!!?」
驚いて起き上がると、今いる場所が咲子の部屋であることを思い出した。
磯貝はぬいぐるみの持ち主はどこかと部屋を見回すと、遠くからシャワーの水音が聞こえてくる。
どうやら先に起きていたらしい。
磯貝は虎のぬいぐるみの頭を持ち主の代わりに撫でてベッドから降りた。
眼鏡を探すとベッドの側のローテーブルの上に、丁寧に畳まれたTシャツと短パンと共に置いてあった。
記憶ではこれらは床に放りっぱなしにしていたはずなので、おそらく先に起きていた咲子が畳んでくれたのだろう。
下着姿のまま、昨夜のことをまざまざと思い出して、磯貝は一人顔を赤くした。
頭に浮かんだ情景を振り払いつつ、Tシャツと短パンに着て眼鏡をかけ、簡単にベッドメイキングを行う。
そして虎のぬいぐるみをベッドの定位置に置いて、キッチンへと向かい、湯を沸かし始めた。
湯が沸くまでにインスタントコーヒーの瓶に、マグカップを2つ、そしてグラスコップを1つ用意する。
残り時間で朝のニュースをスマートフォンでチェックしていると湯が沸き上がった音が鳴る。それと同時にシャワーの音が止んだ。
ちょうど良いタイミングにほくそ笑みながら、磯貝はインスタントコーヒーの粉をマグカップにそれぞれ入れて、湯をマグカップの半分より少なめにゆっくりと注いだ。片方のマグカップには更に砂糖を1杯入れておいた。
粉と砂糖が完全に溶かしきったのを確認して、冷蔵庫から氷を取り出し、中のコーヒーが跳ねないようにそっとカップに入れる。アイスコーヒーの完成だ。
グラスコップの方にも氷を入れて、冷蔵庫にあったミネラルウォーターを少しだけ注ぐ。
そのタイミングで咲子がキッチンにやってきた足音がした。
磯貝は咲子の方へ振り返る。
「おはよう」
磯貝が居るとは思わなかったのだろう。
咲子は驚いた表情を浮かべていた。
「おはようございます…もしかして起こしちゃいました?」
「ううん。自然に目が覚めた」
そう言いながら磯貝は咲子にグラスコップを渡す。咲子は礼を言いながら受け取り、そのまま一気に飲み干した。
「あー、美味しいです。この頃お風呂上がりが暑くなってきたので、冷たいものを飲むと生き返りますね」
咲子がそう言って微笑んだので、磯貝もつられて笑みを浮かべる。
髪を濡らしたままキッチンにやってきたのも水分補給をまずしようとしたからだろう。
バスタオルを頭にかぶり、風呂上がりなので当然素顔の状態の咲子は、いつもとはまた違った可愛らしさがあった。
こういう姿を見れるのは恋人の特権だな、と磯貝は少しばかり感じた優越感を、淹れたばかりのアイスコーヒーを一口飲むことで誤魔化した。
「池田さんのアイスコーヒーも淹れておいたけど飲む?」
「わ〜!飲みます!」
目を輝かせた咲子に、また笑みを浮かべながら磯貝は砂糖を入れた方のマグカップを渡した。
キッチンのシンクにもたれて、二人並んでコーヒーを飲む。
今日の天気の話から、どこかに出かけようかなんて話をポツリポツリとする。
穏やかな時間に日々の喧騒などすっかり忘れてしまいそうだ。
だがそんな時間は引き裂くかのように、磯貝と咲子の腹の音が同時になった。
タイミングの良さと音の大きさに、二人は吹き出してしまった。
きっとアイスコーヒーが刺激になったのだろう。
まだ朝食を取ってないことを二人は思い出した。
「近所の喫茶店のモーニング食べに行こうか?」
「良いですね!」
「じゃあ急いで風呂入ってくる」
磯貝はアイスコーヒーを飲み干してシンクの中に置いた。
「私も急いで身支度終わらせておきますね」
「うん。早くしないと池田さんの背中とお腹がくっつきそうだもんな?」
「もー!磯貝さんのお腹の音も凄かったじゃないですか!」
磯貝のからかいの言葉に、咲子も同じように返す。
そうして二人はまた微笑みあっだのだった。