磯咲小ネタアイデアとは急に湧き上がってくるものである。
新しい文房具のアイデアが急に頭に思い浮かんだ磯貝は立ち止まった。
急に固まった恋人に、並んで歩いていた咲子は不思議そうに首を傾げる。
「磯貝さん?」
今日は咲子との久しぶりのデートだった。
仕事を忘れてのんびりと散歩をしようと訪れた公園だったので一度はやり過ごそうと思った。
だが、そういう時に限ってアイデアはどんどんと脳内を駆け回る。
「…本当ごめん。ちょっとだけ待ってもらっても良い?」
「はい、どうぞ?」
咲子が不思議そうな表情を浮かべつつも頷くと、磯貝は近くのベンチへと咲子を促す。
二人並んで座ると、磯貝はカバンの中からタブレットを取り出した。
ロックを解除し、ペイント系のアプリを立ち上げて近くを歩き回っている鳩をスケッチしていく。
(うわぁ…!)
咲子はその様子に目を輝かせた。
タブレットにどんどん書き込まれていく鳩はものすごく生き生きとしていて、更にその横に書き込まれる文房具のアイデアは実現されれば是非欲しいと思うものだった。
咲子は磯貝の横顔を盗み見て、愛おしそうに笑みを浮かべた。
隣に咲子がいることなど、きっと忘れてしまったのだろう。磯貝は真剣な表情でブツブツと独り言を呟いている。
(…そうだ!)
咲子は磯貝の邪魔をしないように、こっそりと立ち上がった。
アイデアを思いつくままに書きとめた磯貝は、ようやく我に返った。
(しまった…!)
「…ごめん、集中しすぎた!」
慌てて横にいた咲子に話しかけると、
「にゃ〜」
そこには野良猫が1匹。嬉しそうに磯貝に返事をしたのだった。
目をぱちくりと瞬きさせ、磯貝は首を傾げる。
「池田さん?」
「んにゃ?」
そんなわけないとわかっているのだが、つい恋人の名前を呼んでしまった。そんな磯貝に、猫は不思議そうに鳴く。
磯貝は再度我に返って、辺りを見回した。だが咲子の姿はどこにも見えない。
怒って帰ってしまったのだろうか、と磯貝はスマホを取り出そうとした時。
「あ、磯貝さーん!」
少し離れたところから、咲子が笑顔で駆け寄ってきたのだった。
「すみません。思ったよりも混んでまして」
咲子の両手には、それぞれコーヒーとタピオカドリンクが入ったプラカップが握られていた。
咲子はコーヒーの方を磯貝に差し出す。
「はい、どうぞ。公園の入り口にキッチンカーが来てるのを思い出しまして」
「ありがとう…あ、いくらだった?」
「良いですよ、いつもご馳走になってますから」
磯貝は再度礼を言いながら咲子からコーヒーを受け取った。
そんな二人のやり取りを黙って見守っていた野良猫がベンチから降りる。
「にゃー」
そして磯貝の足元に頭を擦り寄せて一度鳴き、そのまま去っていった。
「あれ?猫ちゃんと遊んでたんですか?」
「いや、気づいたら隣にいて…」
「ふふっ、相変わらずモテモテですね」
咲子が笑うと磯貝はホッとした反面、申し訳ない気持ちになった。
「怒ってないの?」
「何でですか?」
「せっかくのデートだったのに仕事しだしたから…」
「えっ、全然気にしないで下さい!」
咲子は少し驚いた表情を浮かべて首を振った。
「私、磯貝さんの作る文房具が大好きなので、むしろ近くで見れて得した気分です!」
拳を握りしめて嬉しそうに頷く咲子。
磯貝は少し困ったような、それでも照れ臭そうな表情を浮かべた。
「…そう言ってくれるのは池田さんだけだろうな」
「えっ、そんなことないですよ?私、本屋さんとかで磯貝さんの文房具を嬉しそうに買っていく人たちをいっぱい見てますよ?」
咲子が不思議そうに言うので、磯貝は笑ってしまった。
咲子には『ファン』の部分にかかった言葉だと伝わったようだ。もちろん、そういう意味で言ったのではなかったのだが。
「そっか…ありがとう」
咲子は不思議そうに首を傾げた。
だが磯貝があまりに嬉しそうだったので、まあ良いか、と咲子もつられて笑ったのだった。