乳牛尾と搾乳する夏(してない 羊牧場の朝は早い。
夏の今は日の出と同時に起き、羊舎に向かう。まずは羊たちを放牧地に移動させて、放牧している間に羊舎の掃除をする。
なーんてナレーションを入れながら、俺は伸びた髪を適当に結んで玄関に向かう。昨日一昨日は涼しかったけど、今日は暑くなりそうだ。昼前には一回羊舎に戻した方がいいよなぁ。七時になれば××さんも来るから、そこで少し相談しよう。
さー、今日も俺の羊たちは元気かな! そう思って玄関のドアを開ける。開けようとした。したんだけど、ゴン、と鈍い音がしてドアが大きく開かない。何で? 昨日までは普通に開いてたよな? てか、ゴン? 何かあるのかな。
頭だけでも隙間を通らないかと思ったけど、無理だった。仕方ないのでポケットからスマホを出す。腕は何とか通ったのでカメラを起動して玄関前を撮影する。どうか変なものが映っていませんように、と思いながら確認すると、そこにいたのは一匹の乳牛だった。
え? 乳牛?
俺はもう一度画面を見る。何回見てもそこにはいるのは乳牛だ。牛柄のマイクロビキニに、サイハイブーツ。お尻からすらっと伸びた尻尾が少しだけ動いた。どこの子なんだろう、と思ったけど耳標がついていない。迷子になったとか逃げてきたっていうより、捨てられた? ええ? こんな立派な大きさの乳牛を? 俺んちの前に? 俺の、じゃなくてもよかったのかな。どこでもよかったのかな。え? こんな良さそうな乳牛を? ヒト型の乳牛って数が少ないから、ミルクが高く売れるって聞いたんだけど。金の問題じゃない?
「おーい、大丈夫かー?」
声をかけてみたけど返事はない。もしかして弱ってる? 俺がドアをぶつけたせいじゃないよな?
怖くなったのでリビングの窓から外へ出て、玄関に回った。やっぱりドアの前で倒れているのは乳牛だ。肩に触れると若干冷えているように感じた。一晩中ここにいたのだろうか。家の中でタオルケットをかぶって寝るには快適だったけど、家の外で何もなしで寝るには少し寒かったかも。
どうしてここにいるのかは分からないけど、とにかくここに寝かせておくわけにはいかない。俺は自分よりも大きい乳牛の脇の下に後ろから腕を入れて、膝を支えにして上体を起こした。引きずるように家の中に入れて、どうにかリビングに寝かせる。座布団を並べて簡易ベッドを作ってみたけどどうかな。毛布と水を用意したけど、相変わらず乳牛から返事はない。
呼吸は荒くないから、寝てるだけだと思う。野良の乳牛かとも思ったけど、耳には耳標がついていたであろう穴が空いているので、うーん、考えたくないが……。今にもミルクがこぼれそうなぐらい張った乳も気になる。大学で乳牛は毎日搾乳しないと病気になるって習ったんだよな。遠い記憶でうっすらとしか覚えていないんだけど。
「ごめんね。ちょっと出て行くけど、すぐ戻るから」
声をかけてから俺は家を出た。羊舎に向かいながら××さんに連絡をする。乳牛のこと、分かるかなぁ。うちには搾乳機もないし……。羊を放牧地に動かしてる間に××さんから返信が来た。乳牛一頭だけで、病気の心配がないのなら搾乳機を使わないで直接絞ってもいいそうだ。あくまでも応急処置だから、オススメではないそうだけど。
送ってもらったリンクを開くと、搾乳機を使わない搾乳のやり方が写真と動画で紹介されていた。直接搾乳ってそうか、俺が乳牛の乳を吸うのか……!
一口飲んで、変な味がしたら止める。その場合は吸うより時間がかかるけど、絶対に手で絞ること。乳牛が嫌がったり暴れたりすることも稀にあるそうだ。だから優しく焦らずゆっくりやるように、大きく注意書きがされていた。