高校生夏太郎とダブり尾形(1/3)01手をつなぐ
「ん」
夏太郎がベッドに腰かけてハンドクリームを塗り込んでいると、尾形が隣に座って手を出してきた。出された手と尾形の顔を見比べる。尾形はまっすぐに夏太郎を見たまま手を下げない。
二人の間にはハンドクリームが転がっている。夏太郎が塗っていたのはそれだ。飲食店でのアルバイトで手が水に触れる機会が増えた結果、指にあかぎれができた。それを見た先輩がハンドクリームを勧めてくれたので素直に受け取り、毎晩塗り込むようにしていたらぱっくり割れていたあかぎれは落ち着いてきた。
初めは不思議そうな顔をして見ていただけだった尾形だが、夏太郎がせっせと塗っているのを見て多かれ少なかれ興味を持ったらしい。たまたまクリームを出しすぎたときに、夏太郎が「尾形先輩も塗ります?」と聞いたら黙って頷いて両手を出してきた。
夏太郎はクリームでぬるついた手で尾形の手の甲、手のひら、一本一本の指と撫でていく。にちゃにちゃとした音を立てながら自分の手から尾形の手へとハンドクリームを移す。かさついていた尾形の手が、どんどんすべすべになっていくのが面白い。
狭い部屋の中が甘い香りで包まれる。アルバイト先の先輩は「いい香りでしょ?」と笑っていたが、夏太郎は「まー、ハイ、そっすね」とあまり興味がなかった。「なくなったら教えてね。また買ってきてあげる」と言われたので、タダでもらえるならいいか、と思った。最近は二人分塗っているので減りが早い。そろそろあの人に言ってみよう。本当に買ってもらえたらラッキーだし、冗談だよと笑われたら自分で無香料のものを買えばいい。
とはいえ自分の手と尾形の手が同じ香りになるのは、それはそれで興奮した。学校ではダブりの尾形先輩にパシられている自分だが、家では揃いのハンドクリームを塗っている。そんなこと、誰が想像できるだろうか。
「爪もツヤツヤですね」
「だな」
もうハンドクリームは塗り終わったが、夏太郎は尾形の手を離さない。尾形の指にあかぎれはできていないが、関節にはしっかりと、念入りにハンドクリームを塗り込む。尾形先輩の手が俺みたいになったら嫌なんで、と初めの頃は言っていたが、もうそんなのはどうでもいい。
この大きな手を、骨ばった指を握るのが楽しいのだ。じっとしている尾形の指の形を確認するように一本ずつ丁寧に揉み込む。指の付け根を触ると少しだけくすぐったそうに身をよじるのが可愛らしい。
口には出さないが、夏太郎はこの時間が嫌いじゃなかった。尾形も言わないが、嫌いではないだろうと夏太郎は思っている。だって、嫌いだったら、静かにしているはずがない。手を差し出すはずがない。目を向けるはずがない。
「はい、おしまいです」
「ありがとな」
ぱ、と夏太郎が手を離すと尾形は礼を言いながら体を倒す。キラキラと蛍光灯の光を反射させる爪を見ながら、夏太郎の膝の上に自身の頭を乗せた。
「寝るんすか?」
「ちょっとだけ」
「夕飯食べていきますよね? 母ちゃんが今日は炊き込みご飯と餃子だって言ってましたよ」
「……食べる」
ベッドの上に足を上げた尾形は、体を丸めながら夏太郎の腹に顔を寄せて目をつぶった。枕の上に置いていたスマホを取った夏太郎は、母親に連絡を入れながら膝の上の尾形の頭を撫でる。
綺麗にセットされた髪を崩さないよう、優しく手を往復させていたら尾形に掴まれた。ゲームのロード画面から目を離して尾形を見る。掴まれた手は尾形の頭の上から引きずり下ろされた。ベッドの上に落とされて終わりかと思ったが、尾形は夏太郎の指に自分の指を絡めて力を入れたり抜いたりしている。
軽快な音楽を流しながらスマホの画面にゲームのタイトルが映った。もう一度尾形に目を落とす。わずかな隙間から見える尾形の目はつぶっているようで、夏太郎は少し考えてからスマホをマナーモードにした。
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02抱きしめる
夏太郎がアルバイトを始めた理由の一つとして「部屋に通称人をダメにするソファを置きたい」があった。うん十万円するほどの高価なものではないので、アルバイトを始めて一月後には買えたし、部屋に置くこともできた。できたのだが、夏太郎がそれを使ったのはこの半年で数回しかない。
というのも、朝は座る余裕のないほどギリギリまで寝ているし、学校終わりにそのままアルバイトへ行き、そこから帰ってきた日は疲れ果てて半分眠りながらリビングで夕飯を食べてすぐベッドへ倒れ込む。アルバイトがない日は尾形がついてきて夏太郎がそれに座るより先に陣取るようになった。
学校もアルバイトもない休日に座りはするが、亀蔵と遊びに出かけたり、尾形に呼び出されたり呼んでもいないのに尾形が来たりして、結局夏太郎自身はあまり使っていない。
しかし今日は違った。
いつもなら夏太郎よりも先に夏太郎の部屋に入り、ソファの上で溶ける尾形が「トイレ」と言って寄り道をした。夏太郎は足早に自室に入り、ブレザーを脱いでソファに座り込んだ。尾形がどうするのか興味が湧いたので、部屋の隅に追いやっていた座布団を斜め隣に置く。これで部屋の中に入ってきた尾形はドアの一番近くにある座布団か、いつものソファに座っている夏太郎を跨いだ先にあるベッドかを選ぶことになる。
ネクタイを外し、テーブルに投げた。スマホでソシャゲを立ち上げ、何でもない風を装って尾形を待った。
がちゃ、と部屋のドアが開いて尾形が入ってくる。ソシャゲの音楽だけが流れる部屋を一瞥した尾形が「ふぅん?」と鼻を鳴らしたような気がした。
夏太郎はスマホから顔を上げない。あぐらをかいたままイベント楽曲を選択した。画面にカウントダウンが表示される。
「おい」
「んー、はい」
難易度が高いので尾形を構う余裕はあまりない。これは失敗したな、と夏太郎は思った。尾形の様子を伺いたかったのに、これじゃあ何も見れないじゃないか。前かがみになりながら画面に流れてくるマークに合わせてタップする。
「かん」
名前を呼ばれたような気がして、一瞬だけソシャゲから尾形に意識を向ける。その油断に気づかれた。スマホから目を離していないというのに、だ。
尾形は一番手前の座布団でも、奥のベッドでもなく、部屋の真ん中であるソファの上の夏太郎の膝の上に狙いをつけた。前かがみになっている夏太郎の肩を押して姿勢を起こし、生まれた極狭スペースに無理やり座る。
肩を押されたぐらいでは変わらず画面を見続けられていた夏太郎だが、自分のあぐらの上に尾形が乗ってくるとなれば話が変わる。
「あ、ちょ、せん」
抵抗しようとしたが、画面にミスの文字が出たので諦めた。パーフェクトボーナスを逃したのなら、もう後はどうなってもいい。スマホから手を離して尾形を受け入れる。
夏太郎に背を向ける形で落ち着いた尾形が、画面の中で残念そうな顔をしているソシャゲのキャラをつつく。
「はは」
「誰のせいだと思ってるんですか」
あぐらを解いた夏太郎は膝を立てて尾形を挟んだ。ばしばしと何度か膝で叩くも尾形は気にするそぶりを見せない。「んー? お前がミスったんだろ?」と笑いながら背中を反ってきた。確かにそうかもしれないけど、ミスった要因はそっちにあるだろ、と言いたいのを飲み込んで夏太郎は尾形の腹に腕を回す。目が合った尾形が唇の端を持ち上げた。夏太郎は尾形の肩に顎を置いて頬を膨らます。
「尾形先輩のばーか」
「ほー?」
夏太郎が尾形の腕ごと抱きしめているので身動きが取れない。と思っていたが、尾形はあっさりと右腕を抜くと、自身の左肩に乗っている夏太郎の顔の真ん中にある鼻をつまむ。
「う」
「夏太郎は本当に可愛いなぁ?」
そう言いながら尾形は体重をかけてきた。夏太郎はソファにずぶずぶと体を沈ませながら「先輩は可愛くない!」と唇を尖らせる。
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03ゲームをする/映画を見る
「これ」
夏太郎を背もたれにしている尾形がテレビに映る映画を指差す。尾形の肩を顎置きにしていた夏太郎が「ん?」と返事をすると「去年」と言葉を切った。
「そうです、日本アカデミー賞になったやつです」
「ああ……」
「なんか思い出したんで、見てみようかなと」
日本アカデミー賞を受賞した、主演がアイドルの映画、ということぐらいしか知らなかったので、想像よりも重い話で驚いた。尾形は画面から顔を背け、自分の肩に顎を乗せる夏太郎の頬に額を当てる。
「見ないんですか?」
「いい」
ふーん、と夏太郎は返事をして映画に目を戻した。少女に教わりながら、ぎこちなくバレエを踊る主人公。少女の母親になりたいと願う主人公。ただ幸せになりたいだけなのに。自分らしく生きたいだけなのに。
尾形は強く目をつぶる。自分の腹の上に置かれた夏太郎の手を握る。男はどんなに願っても子どもは産めない。陰茎を切り、子宮を作っても、だ。
ぐ、と尾形を挟む夏太郎の膝に力が入る。
カーテンを閉め、電気も消した部屋の中でテレビ画面だけが眩しい。
尾形は体をねじって夏太郎の胸に頭を乗せる。高さを調節していたらソファから尻がずり落ちた。夏太郎の心臓の音を聞きながら目をつぶる。俺もコイツも生きている。それだけでいいような気がしてきた。
「あー、ハニーポークジンジャーうまそう」
「はちみつ生姜焼きな」
呑気な感想に、尾形は笑いながら夏太郎の胸に頬ずりをする。確かにそれはうまそうだけど。
「母ちゃんに連絡……」
そう言いながら夏太郎が体を起こした。尾形はされるがままに上体を縦にする。退かされるかと思ったが、夏太郎の左腕はがっちりと尾形を抱いたままだ。空いている右手でスマホを取った夏太郎が倒れるのに合わせて尾形も横になる。
「今日の夕飯に間に合うかな」
「どうだろうな」
「明日でもいっか。尾形先輩も食べましょうね」
と母親へ連絡を入れた夏太郎が笑う。尾形はその顔を見上げながら「こいつ、俺が明日も来ること前提なんだよなぁ」と思いつつ黙って頷いた。
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04デートに行く
「ひ」
部屋に入ってきた夏太郎が短い声を上げる。
ソファの上で丸くなって寝ていた尾形が、それを聞いてわずかに目を開けた。ドアの前で動きを止めている夏太郎を見ると「ふん」と鼻を鳴らしてまた目をつぶった。
「え、いや、え?」
リュックを下ろしながら夏太郎が尾形の足元に座る。尾形はつま先をぴぴ、と揺らして返事とした。状況が理解できない夏太郎は慌ててスマホを確認するが、尾形から連絡は来ていない。昨晩送った桜の写真に既読マークがついて終わっている。遡ってやりとりを見直してみても、今日会う約束をした痕跡はない。
頭の中を疑問符でいっぱいにしている様子の夏太郎にもう一度目をやって、それからゆっくりと尾形は手を伸ばした。
尾形が夏太郎の家に来たときは彼の母親がいた。あまり自宅にいたくない尾形は、約束があろうがなかろうが夏太郎の家に来る。今までにそういう話を彼女としたわけではないが、学校帰りや休日、夏太郎がいる間は概ね入り浸る尾形を見て何かを察しているのかもしれない。夏太郎の母親は特に気にする様子もなく尾形を受け入れる。
その優しさに甘えて、今日も尾形は夏太郎の家に来た。
「アラ、今日は亀くんと遊びに行ってるみたいだけど」
「ははぁ」
「そうだ、私これから買い物行くんだけど、その間お留守番しててくれる?」
「いいですよ」
というやりとりがあったのだが、その連絡を尾形はしていなかったし、夏太郎の様子を見るに彼の母親もしていなかったのだろう。尾形は彼女が家から出て行き、鍵を閉めるのを玄関で見ていた。夏太郎は無人の家に帰ってきたつもりだったのに、自室に入ったら人がいたのだ。それは驚いて悲鳴も上げる。
伸ばされた尾形の手に引き寄せられるように夏太郎は身を乗り出した。
その手に顎を乗せると尾形が嬉しそうに笑う。こしょこしょと顎をくすぐられて夏太郎も笑った。
「デートは楽しかったか?」
「でーとぉ? ……尾形先輩、ちょっと怒ってます?」
「怒ってない」
「ふぅん」
ずも、と夏太郎の腕がソファに沈む。尾形に覆いかぶさって顔を覗くと、顎を撫でる手が頬に動いた。夏太郎はその手に自身の手を重ねる。
「今度は尾形先輩とデートしたいです」
「今度はって何だ。やっぱり今日のはデートだったってことじゃねえか」
頬をつねられながら夏太郎は声を出して笑った。
「先にデートって言ったのそっちですし、やっぱり怒ってるじゃないですかぁ」
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05キスをする
「尾形せんぱーい、出かける用意できましたー?」
夏太郎がトイレから部屋へ戻ると、尾形は頭から布団を被ったままベッドの上に座っていた。起き上がっただけいいかな、と思ったが、色々計算すると目当ての店でモーニングを食べるためにはあと十分で家を出たい。
となると起き上がっただけではまだ危ない。朝の支度で必要なことはいくつかある。髪のセットはしなくてもいいにしたって、トイレに行ったり、顔を洗ったり、パジャマから着替えたりと忙しいのだ。
「おーい」
声をかけながら、ずるりと尾形の頭から布団を落とすと、彼は出窓の向こう側にある隣家を見ているようだった。視線の先には窓とカーテンの間で眠る猫がいる。
「猫、見てるんですか?」
「見てる」
「……これから俺とモーニング行くのに?」
尾形からの返事はない。夏太郎は唇を尖らせながら尾形の隣に座る。
確かに隣家の猫は可愛い。何度か撫でさせてもらったし、一緒に撮った写真もある。今よりもずっと幼い夏太郎が、猫を抱いて嬉しそうにしている写真はリビングの棚の上に飾られている。その猫だということは尾形も気づいているだろう。
夏太郎が布団ごと尾形に抱きついてみるが反応はない。
尾形、猫、尾形、猫、と見比べる。そんなに猫がいいのか。確かに猫は可愛いけど、今、尾形先輩の隣にいるのは俺ですよ?
頬を膨らました夏太郎は尾形の肩に顎を置く。
「百之助さん」
ぴくりと尾形が反応した。
あの猫にはできないこと。尾形に触れて、尾形の名前を呼んで、それから。
「にゃあ」
「はは」
笑った尾形が夏太郎を振り返る。布団の中から左腕を抜いて、夏太郎の頭を引き寄せた。
重なる唇に、伝わる温度。
「あの猫見ながらお前のこと考えてたつったら?」
「……俺を見ながら、俺のこと考えてくださいって言います」
うなじを撫でられて、その気持ちよさに目を細めた。狭い視界の中には、嬉しそうな尾形の顔しか見えない。もー、早く着替えて欲しいのに。夏太郎は抱きしめる腕に力を入れながらそう思った。移動時間をどうにか短縮すれば。時間内に注文できれば。
笑う尾形を見ていると、モーニングはまたの機会でもいいような気になる。それなら別の店に行ってランチメニューを狙ってもいい。どうせ今日は一日中一緒にいるのだ。
「んぅ」
ゆっくりと動く尾形の指に、思わず声が漏れる。それに気づいた夏太郎が耳まで赤くしたのを見て、尾形は口を大きく開けて笑った。それから勢いよく布団から抜け出す。
「飯だな」
顔を真っ赤にしながら布団を抱く夏太郎は何度も頷いた。そう、飯、朝飯、モーニング。
尾形は夏太郎の額にキスをするとニヤニヤとしながら部屋から出て行った。残された夏太郎は布団に顔を埋める。ほんっとうに! あの人は!
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06衣装交換
尾形が脱いだライダースジャケットを手にしたまま夏太郎は動きを止めていた。部屋に入ってきた尾形は、暑い、と言ってライダースジャケットを脱ぎ、それからすぐに「お前の母ちゃんに呼ばれたから」と部屋を出て行った。夏太郎はソファに脱ぎ捨てられたそれをハンガーにかけようと手に取り、ほんのちょっとだけ「着てみたい」と好奇心がわいた。
ライダースジャケットには憧れがあった。ドラマや映画でそれをかっこ良く着こなす人々の姿を見て、俺もいつかは……! と思っていた。合皮を使ったものはいくつか試着してみたが、どうしても心の中で「でもなぁ……」と思ってしまい買うにはいたらず、かと言って本革を使ったものが置かれているであろう店は、構えから雰囲気があって尻込みをしてしまう。
しかし今、夏太郎の手には本革を使ったライダースジャケットがある。自分のものではないが、自分の部屋にはあるし、尾形のものということは半分自分のものだと思う。その証拠に、尾形は夏太郎の家に泊まる際、勝手にクローゼットの中からパジャマを取り出して着ている。パジャマは夏太郎のもののはずだが、尾形は気にすることなくまるで自分のもののように扱うのだ。それはつまり、尾形のライダースジャケットを夏太郎のものとして扱っても問題がないのではないか?
夏太郎は羽織っていたパーカーを脱いで、尾形のライダースジャケットに腕を入れる。ずし、とした重みが上半身にかかる。皮は重いと聞くが、ここまで違うのか。これまで試着してきた合皮製との違いに夏太郎は感心した。
中に着ていたシャツの裾を整えながら全身鏡の前に立つ。白シャツとライダースジャケットの相性は抜群だが、何かがしっくりこない。鏡の前で体を左右にひねり、その理由を探す。パンツがゆるいのがいけないのか? しかし尾形が穿いているスキニージーンズのような、ぴったりとしたものを夏太郎は好まないので手持ちにない。
チャックを閉めると雰囲気変わるかな? と思って閉めてみるも目の前の違和感は消えない。夏太郎は腕を組み、頬を片方だけ膨らます。どうしたら尾形先輩みたくかっこ良くなれるのか。
適当に上の方で一つにまとめていた髪を下ろす。センター分けの前髪を七三になるように流してみたが、違和感が大きくなっただけだった。仕方なく前髪を元に戻し、後ろ髪をハーフアップにする。束ねた髪はゴムから抜ききらずに団子にしてみた。
最初よりは幾分かマシになったような気がするが、しっくりはしない。ポケットに手を入れてポーズを取ってみるも、どうにもならない。
「うーん」
夏太郎は唸りながらライダースジャケットのチャックを下ろした。新しいパンツを買えば違うのか。そもそも自分には似合わないのか。鏡の前でポーズを変える自分の姿をどんなに見ても、どうしたらいいのか見当がつかない。やっぱり俺にはまだ早いのか。
そんなことよりハーフアップの俺、なかなか良くない? 首の回りに髪の毛があると邪魔に感じるからできれば一つにまとめてしまいたいけど、これはこれで良いと思う。
自身のあご髭を撫でながら鏡に近寄っていくと、ドアの前に尾形が立っていることに気づいた。夏太郎が体を大きく揺らしたのを、尾形はニヤニヤと笑いながら見ている。
「続けないのか?」
「い、や、え……、いつから……」
「お前がパーカーを脱いだあたりからだな」
「もう全部じゃないすかぁ!」
夏太郎は顔を真っ赤にする。部屋の中に飛び出しているクローゼットのせいで、ドアの前が死角になっていたとはいえ全く気づかなかったのは恥ずかしい。
近づいてきた尾形がスマホの画面を見せてきた。そこには尾形のライダースジャケットを着て、鏡に向かってポーズをキメている夏太郎がしっかりと映っていた。
「は! あ? け、消してください!」
「それは叶えられない願いだな」
夏太郎がスマホを奪おうと手を伸ばすと、尾形も逃げるように天井に向かってそれを掲げる。どうしたって身長差がある分、夏太郎は不利だ。尾形の肩に手を置いて背伸びをしたところでスマホには指先さえも触れられない。
「だいたい! それ! 残しておいて! どうするつもりなんですか!」
飛び跳ねてみるも、タイミングよく腕を逸らされる。夏太郎が唇を尖らせると、尾形は「はは」と笑った。
「家で見返す」
「はあ? なん」
尾形が夏太郎の腰を抱いた。顔にふう、と息を吹きかけられる。
「家に一人は寂しいからなァ」
「あ、う」
そう言われると夏太郎は何も言えなかった。
尾形が生まれた時から家に父親はいなかったこと、母親が去年亡くなり、同居していた祖父母も最近亡くなったことは何となく知っている。本人からはっきり聞いたわけではないが、風の噂や教師同士の雑談をたまたま聞いて知った。尾形が高校一年生を三回やっている理由についても様々な噂が飛び交っているが、そちらについては信憑製がなさすぎるので夏太郎は全て聞き流した。
尾形が何も言わないので夏太郎も聞かない。気にならないわけではないが、必要があれば向こうが話してくるだろう。一度だけ学校帰りに尾形の家に寄ったことがあるが、狭いワンルームの中には何もなかった。あそこで尾形とその母親や祖父母と暮らしているとは思いにくいので、経緯はどうであれ確かに一人で暮らしているのだろう。
「かーん?」
「うう」
短く呻いた夏太郎は腕を下ろす。代わりに尾形に抱きついた。眉尻を下げながら尾形を見上げる。
家の中には大抵誰かしらがいて賑やかに過ごしている夏太郎には、あの部屋の静かさや寂しさが想像できない。だから、せめて。
にっこりと笑った尾形が、またスマホの画面を見せてきた。夏太郎は首を傾げながらそれを素直に見る。
今度は顔を真っ赤にした夏太郎が大きく映っていて、夏太郎はもう一度「それ残しておいてマジでどうするんですか!」と叫んだ。
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07コスプレ
「お前、これ無理、だって……!」
尾形が苦しそうな声を上げる。夏太郎は尾形の後ろから抱きつき「大丈夫ですって。頑張りましょう?」と呑気な言葉を掛けた。
「ッ、入らない……絶対無理だ」
「やってみないと分からないじゃないですか」
「もうやって、んだろうがァ……人ごとだと思って……」
「うー、でもでもぉ」
ぐ、と夏太郎が抱きしめる腕に力を込める。
う、と尾形がその腕の中で小さく呻いた。
肩越しに夏太郎は尾形を見上げた。やっぱり無理なのかな。いけると思ったんだけどな。
「尾形先輩、お腹、もうちょっと力入れてください」
「これ、以上は……ッ、無理……」
ぐるぐると尾形の腹をさするが、首を横に振られた。尾形の言う通り、腹にはずっと力が入っている。夏太郎はどうしても我慢ができなくて、力技に出た。尾形を抱く腕に力を込めて、そのまま持ち上げる。驚いた尾形が「あ」と声を漏らした。
「ほら! 入りましたよ!」
夏太郎が嬉しそうな声を上げた。確かに尾形の体にはパッツパツになったメイド服が入っている。
「む、りだろ、これ……」
つっかえていた腹を通ったことで多少は楽になるかと思ったが、そうではなかったようだ。尾形は相変わらず眉間にシワを寄せている。
夏太郎は顎を撫でながら首を傾げた。
「でもあとはもう腕だけ出すし」
「バカ……っく、これ……」
夏太郎のサイズに合わせてクラスメイトが用意した文化祭用のメイド服を、尾形が着ることになったのは何故なのか。どう考えても体格差がある。まだ体が出来上がっていない夏太郎と、すっかり成長した尾形では幅も厚さも違う。
初めから尾形は抵抗していたが、夏太郎は無理を通してでもメイド服を着せたかった。尾形がメイド服を着たところが見たかった。
文化祭は男装女装喫茶だったのだが、実際男装女装をしたのはクラスの半分で、もう半分は調理担当を盾に制服のまま過ごした。
それはそれで構わない。夏太郎はメイド服を着てノリノリで接客をしたし、校内外の人間から「かわいい」と褒められ、写真をねだられ、とても気持ちが良かった。俺の新しい可能性を発見したかな、と鼻も鳴らした。
「チャックはー……、諦めます。でも、ほら!」
前かがみになったまま動けない、尾形のむき出しの背中を叩く。夏太郎は尾形の前に立ち、その姿を上から下まで眺めて「うん!」と微笑んだ。
「お前、なぁ……」
「かわいいですよ、ほんとに」
尾形が体を丸めているので顔の高さがいつもよりも近い。夏太郎はふふん、と笑いながら尾形に抱きついた。肩に側頭部を乗せて、顔をしかめる尾形の頬にキスをする。
じろり、と尾形が目を動かしたが、夏太郎は機嫌良さそうに鼻歌交じりで何度も尾形の頬に口付けた。
「ね、今度はサイズ合うやつ着ません?」
「着ない」
尾形は夏太郎の腰を抱きながら首を横に振った。夏太郎は嬉しそうに笑う。
「もっとフリフリが多いやつ、ね? 見たいです」
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08買い物
コップ二つと麦茶の入ったピッチャーを持って部屋に戻った夏太郎は、ベッドの上で横になる尾形を見て「珍しいな」と思った。最近は某人をダメにするソファの上を陣地にしていたからだ。枕に顔を埋めている。
苦しくないのかな、と思いながら手にしていた物たちをテーブルに置いた。
「苦しくないんですか?」
首を回した尾形が夏太郎を見る。
「苦しかった」
「ええ……」
夏太郎の質問に答えた尾形は、また枕に顔を沈めた。とくとくとコップに麦茶を注ぐ。一応二人分入れたけど、尾形先輩飲むかな。そう思いながらソファに腰を下ろした夏太郎は麦茶を飲んだ。
ぼんやりとスマホの写真を見返していた夏太郎は「あ!」と声を上げる。
「尾形先輩! メイド服!」
「う」
飛びかかるようにうつ伏せで寝ている尾形の上に乗った。尾形がくぐもった声をこぼしたが、夏太郎はお構いなしに通販サイトのページを開いたスマホの画面を見せる。黙っていると背中を叩かれたので、仕方なしに顔を上げた尾形は目を細めて、もう一度顔を伏せた。
そこには「メイド服 メンズ」で検索された結果が出ていて、男性モデルが着用しているサムネイルのものもあれば、女性用だと思われるものも表示されていた。
「おーがたせーんぱーい? ね? 先輩が好きなの選んでいいですからぁ」
夏太郎は尾形の背中の上で足をばたつかせる。尾形はだんまりを決め込んだ。
「だって、ほら、これとかかわいいですし、こっちはぁ……スカートが長い。俺としては短い方が好きですけど、尾形先輩は長い方が好きですか? あ、これだと袖もひらひらしてんだ。すご」
「着ない」
「えー、なんでですかぁ」
唸りながら夏太郎は尾形の首筋に頭を擦り付ける。
ぶーぶー唇を尖らせても尾形は顔を上げない。
尾形の首の付け根に顎を乗せた夏太郎が「尾形せんぱぁい」と甘えた声を出すと、肩がわずかに反応した。
ワイシャツの襟から出るうなじにそっと息をかける。尾形の声が聞こえた気がしたが、ほとんど枕に吸われてしまい、夏太郎には届かない。
枕の横に置かれた尾形の手に自分の手を重ねる。ハンドクリームが塗り込められてしっとりとした尾形の手の甲に、同じくしっとりした夏太郎の手のひらが吸いついた。アルバイト先の先輩に分けてもらったハンドクリームはこれで三本目だ。「たくさんあるからね」と二本目のときは笑っていた先輩だったが、流石に三本目ともなると「減るの早いね」と少し困ったように笑っていた。
「毎日使ってるんで」
と夏太郎は笑顔でハンドクリームをもらったが、もう次はないかな、とも考える。自分とお揃いの香りがする尾形の手は好きだが、考えてみればアルバイト先の先輩とも同じ香りがするのだ。そう思うと面白くない気分になったので、これがなくなったら一緒にドラッグストアに行って尾形先輩の好きな香りを選ぼう。できれば無香料がいいけど、香りつきも悪くはない。
夏太郎は左手の親指の腹で尾形の親指をなぞる。尾形の小指がぴくりと動いた。ず、と体を前進させる。尾形の頭を胸の下に敷き、右手で持ったスマホを操作して今度は違う検索結果を開く。
「ひゃーくのすけさーん。メイド服が嫌なら、こっちはどうですか?」
うー、と唸る尾形は夏太郎の胸の下で顔を左右に振った。見せる気があるのかないのか。そんな文句が聞こえた気がしたが、全て枕が飲み込んでいく。
重ねた左手をぎゅうと握った夏太郎は上半身をわずかに起こした。
ほらほら、とスマホの画面を見せると、尾形は「げ」と眉間にシワを寄せる。
「猫がかわいいでしょう?」
「お前な」
尾形は大きく体を揺らして夏太郎を背中から振り落とした。転がる夏太郎は尾形の手を離さない。
「これ」
「はい」
「俺に着せてどうすんだ」
スマホの画面を尾形は指さした。夏太郎はわざとらしく、ゆっくりと目を左右に泳がせる。
尾形の左手を掴んだまま、自身の手の甲にキスをした。
「どうって……」
胸元が猫の形に開いた下着を尾形に着せて「どう」するのか。夏太郎は上目遣いで尾形を見て、にっこりと微笑んだ。
「写真撮って、尾形先輩がいなくて寂しいときに見返します」
それを聞いて尾形も口角を上げる。
次の瞬間、自分の手を握っている夏太郎の人差し指に噛み付いた。
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09友達とみんなで遊ぶ
「あー、イベント周回しないと……」
『まだ残ってんの?』
「素材が集まってね〜〜〜〜」
『ははは、大変だな』
亀蔵と音声通話をしながら、夏太郎はスマホをタップした。ほとんどはオートで流せるが、たまに選択を迫られる。他のソシャゲにあるスキップ機能があれば楽なのに……と思いながらベッドに上がった。
「お前は」
『俺は料理の勉強』
「料理の勉強ゥ?」
『色々事情があるんだよ』
少し照れたような亀蔵の声に、そういえば最近彼女ができたよな、と夏太郎は思う。これはこれは、そういうことかぁ? ニヤニヤしながら顔の見えない亀蔵につっこんだ。
「色々事情ねぇ。あの子だろ〜?」
『うっせ。お前だって尾形先輩とどうなんだよ』
「どうって……別に、順調? 的な?」
何をもって順調というのかは分からないが、特に困ったことも起きていないし、問題も発生していないと思うので順調といえば順調なんだろう。夏太郎はスマホの画面を何度も叩きながら一人頷いた。
『じゃ、じゃあどこまでやったんだよ』
「ど……」
夏太郎が言葉を詰まらせたのは亀蔵の質問に驚いたのもあるが、昼過ぎに来ると言っていた尾形がもう家に来たからだ。まだ十時になっていない。うちに泊まったときはあれだけ朝起きるのをごねるのに。
そうやって目を丸くしている夏太郎のことを亀蔵は知らない。
『おーい? 教えろよー』
「あ、あー……」
通話が聞こえている尾形がスマホを顎でしゃくる。歯切れの悪い夏太郎を恥ずかしがっているのだと勘違いした亀蔵が楽しそうな声で話しかけてくる。気づけ! と思うが、流石にノーヒントでは難しい。
パンツのポケットからスマホを出した尾形は、黙ったままベッドの上に乗り上げてきた。そのままうつ伏せの夏太郎の尻を枕に寝っ転がる。
腰から下はベッドから落ちているので寝にくいのでは? と夏太郎は思ったが、尾形は器用に足でソファを引き寄せていた。
「あー、や、まぁ、それなりに」
『それなりぃ? んだそれ。手繋いだだけだったら怒るぞ』
「やー、だから、それは、それなりというか」
特に何もないが画面をタップする。何か違う話にしたい。夏太郎はそう思いながら画面を何度もタップして、無駄に画面を煌めかせた。
「俺のことはいいだろ。お前料理って、何作るつもりなんだよ」
『ええ〜、それがさぁ、悩んでてさぁ』
どうやら彼女のリクエストは肉系という漠然としたもので、何肉にするか決めるところから始めないといけないらしい。しかしその悩みすら亀蔵は楽しそうだ。夏太郎は話を振っておきながら「惚気かよ……」と話し半分で相槌を打つ。
どれぐらいそうしていたか分からないが、もう少しでソシャゲの周回が終わりそうなとき、夏太郎は「あ」と短い声を上げた。
慌てて枕に顔を埋める。振り返らなくても分かる。暇を持て余した尾形が、夏太郎の服の中に手を入れて背骨をなぞったのだ。
変な声が出そうになる。しかしそれを亀蔵に聞かせるわけにはいかない。
『夏太郎? どうしたー?』
ソシャゲの画面を閉じて、音声通話の画面を開く。背骨をなぞって上がってきていた尾形の指が、回れ右をするように今度は下がっていく。夏太郎はくすぐったさを逃す為に背筋を伸ばした。
そして一瞬だけ枕から顔を上げて
「母ちゃん」
とだけ言い残して通話を切る。これだけで亀蔵は夏太郎の身に何が起きたか分かってくれるだろう。本当は母親が部屋に来たわけでも、母親に呼ばれたわけでもなんでもないが。
振り返れば、つまらなさそうな顔をした尾形と目が合った。
「尾形先輩」
「んー?」
「こっち、来てください」
夏太郎はベッドの端に寄って、空いたスペースを軽く叩く。尾形はつまらなさそうな顔をしたまま素直に上がってきた。
隣に寝た尾形の顔の前に夏太郎はスマホを出す。
「これ、この前教えたやつ。やってます?」
「ダウンロードはした」
「やりましょうよ。クラスでもやってるやつ多いですよ」
画面をタップして素材とアイテムを交換する。なんとかイベント終了までに間に合った。尾形は夏太郎のスマホを取ると、ソファに向かって投げる。夏太郎の「あ」と非難する声と、スマホがソファに沈む「ぼす」という鈍い音がほぼ同時に出た。上半身を起こしてそれを確認した夏太郎は
「もーう」
と言いながら体を倒す。
「俺と遊ぶより楽しいのか」
「えー? それ聞いちゃいます?」
どちらからともなくお互いの耳を触り、頬を撫で、鼻先を当てて、唇を重ねる。
ソシャゲはソシャゲで楽しいが、それ以上に尾形と触れ合う方が楽しいし、幸せな気持ちになる。
分かってて聞くんだもんな。夏太郎はそう文句を言う代わりに、まだ何か言いたそうにしている尾形の口を塞いだ。
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10獣耳(衣装でも/生やしても)
見て欲しいものがあるんですよ〜、と言い残して夏太郎は部屋から出て行った。尾形は部屋の端に中身のほぼ入っていないカバンを置き、ソファにだらしなく座った。先日夏太郎に勧められたソシャゲを立ち上げながらブレザーを脱ぎ、カバンに向かって投げる。
床に落ちなかったことを確認して、尾形はスマホに目を戻した。ローディングの文字は消えて、タイトルが映されている。適当に画面をタップしているとホーム画面に移った。周回でもするか、と尾形が画面をタップしている途中で部屋のドアが開き、
「じゃーん!」
と嬉しそうな顔をした夏太郎が部屋に戻ってきた。
ブレザーは脱いでいるがベージュのカーディガンは着たままで、結んでいた髪を下ろして代わりにオレンジ色に黒色の縞模様が入ったカチューシャをつけている。何かの動物の耳がついているが、尾形にはそれが何か分からなかった。大きな丸い耳をしたオレンジ色の生き物……? と尾形が怪訝そうな顔をしていると、夏太郎が身を返して尻を向けてきた。
カーディガンの裾からカチューシャと同じ柄をした長い尻尾が出ている。
「可愛くないですか? 虎ですよ〜」
「ほーお」
目の前で尻尾がゆらゆらと揺れるので、尾形はその先をつかんだ。夏太郎が上体をひねって尾形を見る。面白がった夏太郎は楽しそうにさらに尻尾を揺らした。
「どうしたんだ?」
「父ちゃんの部屋から出てきたんですよ。昔家族で行ったときに買ったみたいで」
俺覚えてないんですけどね〜と呑気に笑った夏太郎が、尾形にかぶさるように寝っ転がってきた。ずし、と全身にかかる重みに尾形は薄く笑った。
「ね、今度行きません?」
どこに、と聞く前に夏太郎は自分の頭からカチューシャを外し、尾形の頭につけた。
「んふふ、似合いますね」
「ご機嫌だな」
「まぁ、はい。可愛いんで」
頬を人差し指でつつかれる。それに反応せずに尾形が尻尾を揺らしていると、夏太郎が腹の上で頬を膨らました。
「尾形先輩のカチューシャ姿が、ですからね」
「はいはい」
真面目に取り合う気がない尾形を見て、夏太郎は「もうっ!」と胸を叩く。力の入っていないそれは痛くもかゆくもないが、尾形は空いている手で夏太郎の頭を撫でた。髪が結ばれていないのでいつもより撫でやすい。
何も言わずに夏太郎を見ながら撫でていると、最初は眉間にしわを寄せていたがだんだんと恥ずかしそうな表情になる。照れ隠しにまた頬をつつかれた。尾形はその手をとって柔らかな内側にキスをする。
手のひら越しに夏太郎を見ると、顔を真っ赤にしていた。もう何度もキスはしているのだから、いちいち照れなくてもいいだろうと思うが、夏太郎曰く「急にされるとびっくりするんですよ!」とのことらしい。尾形はそんなもんか、と鼻を鳴らした。
「夢の国かぁ、海。行きましょう?」
「いいぜ」
尾形の間髪を入れない返事に、夏太郎は満面の笑みを浮かべた。