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    mya_kon

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    mya_kon

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    30日CPチャレンジの夏尾の21〜30です。
    タイトルの通り、高校生の夏太郎とダブりの尾形です。尾形は家庭の事情で2年ダブってます。特に説明はないですが、二人は付き合ってます。やったね!

    #夏尾
    natsuo

    高校生夏太郎とダブり尾形(3/3)21料理/お菓子作り

     甘い香りがしたので、百之助はぼんやりと目を開けた。自分の右隣で寝ているはずの夏太郎は、その先のテーブルの前に座っている。ちょうど部屋に戻ってきたところのようで、お盆の上のコップに牛乳を注いでいた。
    「おはよう、百」
    「おはよう……」
     挨拶を返すと、牛乳は二つ目のコップにも並々と注がれる。自分のために入れているのだと気づいた百之助は布団から這い出た。パジャマだけではまだ肌寒い。昨晩、寝る前にソファへ投げたパーカーを羽織りながらテーブルについた。
     夏太郎が「どうぞ」とフレンチトーストの乗った皿を差し出したので、ありがたく受け取った。
    「いただきます」
     両手を合わせてからフレンチトーストを頬張る。隣で夏太郎も同じく両手を合わせた。
    「そういえば、今日の昼は二人だから」
    「うん」
    「家にあるもので何かするか、買いに行くか食べに行くか」
    「焼きそば」
     夏太郎の口の端についたパンくずを親指で掬う。
    「焼きそば?」
    「夏の作る焼きそばがいい」
    「はあ、まあいいんだけど、先週も焼きそばだった」
    「うん」
     牛乳を飲む。不思議そうな顔をする夏太郎を見て、百之助は首を傾げた。
    「お前の作る焼きそばが好きだから」
     好きなものは毎日でも食べたい。
    「ええ? んふふ、ええ? そうなのか?」
     面食らった夏太郎は顔を赤くしながら後ろに倒れた。ソファに体がずむ、と沈む。
     体をひねってその様子を眺めていたら、夏太郎が恥ずかしそうに顔を両手で覆った。百之助は夏太郎に覆い被さって「隠すなよ」と顔から手を剥がそうとする。すると夏太郎は腕に力を入れた。
    「やだ、やぁだ」
    「見せろ」
    「恥ずかしいからやだ」
     夏太郎の上に乗っても腕はどかない。それならば、と百之助はパジャマの中に手を差し込んで夏太郎の腹筋を優しく撫でた。
    「あ!」
    「半分は俺のだしな」
    「あー、ま、待って、ううう」
     くすぐったそうに身をよじって百之助の手から逃げようとするが、ソファに沈んだ体は思ったように動かない。「人をダメにする」といわれるだけあるな、と百之助は思いながら筋に沿って指を動かす。
    「もう!」
     腹の上を這い回る百之助の手を止めるために、夏太郎が顔から手を離した。両手で手首を掴まれて、そのままTシャツの中から引きずり出される。
     恥ずかしさとくすぐったさで涙目になった夏太郎に睨まれるが、そこに怖さは全くない。百之助は夏太郎の目尻にキスをして、隣に寝転んだ。
    「俺の焼きそば、作り方通りに作ってるだけだぞ」
    「知ってる。でも夏が作るのが一番うまい」
    「母ちゃんが作るのより?」
    「うん」
     指と指を絡めるように手を繋ぐ。ふーん、とにやけるのを我慢しようとしている夏太郎を見ながら、百之助はニヤリと笑った。
    「愛がいっぱい入ってるのかもな」


    ────────────────
    22肩を並べて戦う

    「百! 助けて!」
     ばたばたと騒がしい音がしたと思ったら、夏太郎が転がるように部屋へ入ってきた。百之助は読んでいた漫画から顔を上げた。
    「どうした」
    「やばい、どうしよう」
     コン、と軽い音を立てて缶がテーブルに置かれる。それは柿の種とピーナッツが一緒に入っているもので、袋入りのものより多く入っている、と夏太郎の父親が嬉しそうに酒のつまみで食べているのを何度か見た。
     涙目の夏太郎は缶のフタを開ける。百之助はその中を覗き込んで、夏太郎に目を戻す。缶の中にはピーナッツしか入っていなかった。確か彼の父親は「いいバランスで食べていくのが楽しいんだよなぁ」と笑っていたはずだ。
     百之助が黙ったまま首を傾げると夏太郎が「やばいの!」と声を上げた。
    「ちょっとだけのつもりだったのに」
    「ピーナッツしか残ってないな」
    「そうなんだよぉ、やばいんだよぉ」
     缶のフタを戻す夏太郎の口の端には牛乳がついている。ちょっとだけのつもりだったようだが、しっかり味わったようだ。百之助が呆れた顔でそれを指摘すると、夏太郎は慌てて手の甲で拭った。
    「素直に謝れば」
    「バカ! 百だって親父の怖さ知ってるだろ! しかも食い物だぞ! 一番やばいやつじゃん!」
     分かっているなら、最初から手を出さなければよかったのでは? と思ったが、百之助はそれを口にしない。覆水盆に返らず、今更食べた柿の種は戻ってこないからだ。
    「…………柿の種だけ買ってくればいいんじゃねえか?」
    「それだ! 百、天才!」
     手を叩いた夏太郎の顔が明るくなる。
     スマホを掴んで立ち上がった夏太郎を見上げていると、
    「百も行くよ」
    「は」
     腕を引っ張られて無理やり立たされた。なんで俺も……とぼやきはするが、読みかけの漫画はテーブルの上に置いているし、スマホはパーカーのポケットにしまっている自分を思うと笑えてくる。
    「アイス」
    「食べよう食べよう」
    「夏のおごりな」
    「う、うう〜〜〜〜、まぁ……もし親父にバレたときは一緒にいてね?」
    「バレないように柿の種買うんだろ」
    「もしだよ! 万が一!」
     百之助が置いた漫画の隣にピーナッツだけが入った缶が添えられる。百之助はそれを見ながら部屋を出た。


    ────────────────
    23言い争い

     ベッドの上で枕に顔を埋めたまま動かない百之助を見下ろし、夏太郎は腕を組んだ。百之助がこっちを見てないことは分かっているが、どうしても気が収まらないので両頬をパンパンに膨らます。
     学校で急に不機嫌になった百之助は、そのまま夏太郎の家に帰宅したようだ。制服のブレザーも脱がず、カバンはベッドの横に落としたまま。夏太郎の母親が、夕飯を用意した旨を伝えにきたときからベッドに寝転んでいたらしい。夏太郎は学校から直接バイトに行ったので、その辺りのことを知らない。遅い夕飯を食べているときに母親から話を聞いた。
    「ひゃーく」
     ベッドの横に立って名前を呼ぶ。百之助からの返事はない。夏太郎はもう一度頬を膨らました。
     百之助が何故ここまで臍を曲げているのか、夏太郎には分からなかった。教室で友人と話して、席に戻ってきたら百之助が机に突っ伏して寝ていた。それはいつものことだったが、夏太郎の呼びかけに反応がなかったのだ。寝ているのかな? と思いながら授業を受けた。
     昼休みになった途端、体を起こした百之助はそのままどこかに行ってしまった。購買かトイレかと思っていたのだが、百之助はなかなか帰ってこない。連絡を入れても既読にならないし、もちろん返事もない。結局、授業が始まるギリギリになって百之助は戻ってきたが、そこからまた机に突っ伏した。
     教師に注意されれば体を起こすが、頬杖をついていたと思ったらずるずると頭が落ちていく。具合が悪いのかと聞いてみたものの、やはり無視された。
     放課後になる頃には夏太郎も心配するのを止めた。理由は分からないけど百は俺と話したくないみたいだ。じゃあこっちから話しかけなくてもいいや。いの一番に教室を出て行った百之助の背中を見ながら、夏太郎はバイト先に向かった。
    「怒ってるの?」
    「…………」
    「具合悪い?」
    「…………」
    「もー……」
     夏太郎はパジャマに着替えてソファに座る。スマホ越しに百之助を見るが動きはない。ソシャゲの周回をしている間も動かない。そろそろ寝たいが、百之助がベッドの真ん中にいるので夏太郎が入る隙間はない。
     今日はソファで寝るか、と思いながら夏太郎はトイレに入った。戻ってくると、パジャマを着た百之助がソファの上で丸くなっていた。
    「百」
     日中は暖かくなってきたが、夜になると少し冷える。掛け布団もなしで寝るのは風邪をひきそうだ。声をかけても返事はない。夏太郎はため息を吐きながらベッドの上の毛布を百之助にかけた。大人しく被ってくれるか分からなかったが、すぐに剥がされることはないようだ。
    「言いたくないなら言わなくてもいいけど、ちゃんと言ってくれないと俺は分かんないからね」
     毛布越しに肩を撫でる。
    「おやすみ」
     ぽんぽん、と百之助の肩を軽く叩いて夏太郎はベッドに上がった。
     電気が消えた部屋に、二人分の寝息が響いた。


    ────────────────
    24仲直り

     どこかでくしゃみが聞こえた気がして、夏太郎はぼんやりと目を開けた。部屋の中はまだ暗い。ゆっくりと瞬きを繰り返しながら、このまま寝直そうと考える。しかし中途半端に起きてしまった頭は、なかなか夢の中に入ってくれない。
     その理由は大体予想ついている。
     夏太郎は上体を起こして、ソファで眠る百之助を見た。先ほど聞こえたくしゃみは十中八九彼のものだろう。トイレを挟んだ隣の部屋で両親が寝ているが、さすがにそこからのくしゃみはここまで届かない。
    「百」
     名前を呼ぶ。
     暗闇に慣れてきた目は、百之助の体が揺れたことを見逃さない。
    「こっちおいで」
     ベッドの空いているスペースを叩く。静かな部屋の中では、わずかな声もよく通る。夏太郎の声とともにベッドを叩く音も百之助の耳に届いているだろう。
    「ひゃーく。起きてるんでしょ?」
     もそり、と百之助が動いた。夏太郎は一際優しい声を掛ける。
    「百、おいで」
    「ん……」
     肩から落ちた毛布をそのままに、百之助はベッドに上がった。夏太郎が上げた掛け布団の中に体を入れる。夏太郎は百之助にちゃんと布団がかかっていることを確認すると、そのまま背中を撫でた。
    「今日、ずっとどうしたの?」
     じり、と顔を近づける。百之助は目をつぶった。このまま黙秘を続けるのか。
     額をぶつけると、観念したように百之助が口を開いた。
    「……ずっと」
    「うん」
    「ずっと、お前といたら、いけない気がして」
    「え、なんで」
     夏太郎の言葉に、百之助は口を閉じる。背中を撫でていた手で、今度は頬を撫でた。そんな寂しいことを言わないでほしい。
     甘えるように夏太郎は鼻を鳴らす。鼻先を合わせると、百之助が夏太郎にわずかにすり寄った。
    「お前には友だちがたくさんいるし」
    「んぇ? 百の友だちでもあるよ?」
    「え?」
    「え?」
     近くの幹線道路を走るトラックの音が聞こえた。
     暗闇の中で夏太郎と百之助は見つめ合う。
     先に沈黙に耐えきれなくなったのは夏太郎だった。
    「ふは」
     息を漏らすように笑って、百之助をいつもより強く抱きしめる。
    「ねーえ、俺に友だちがいることと、百が俺と一緒にいないことが繋がるの?」
    「……」
    「百ぅ?」
     口を慎む百之助の頬をむにむにと揉む。言わないならイタズラするぞ。
    「思い出作りとか」
    「うん?」
    「俺以外とも作りたいだろ」
    「? そりゃあ友だちとの思い出作りも必要だけど、百が一緒にいてもいいでしょ? それ言ったら、百だって俺以外との思い出作りしないの?」
    「と……友だちだと思ってなかった……」
    「ええー? それ言ったら、みんなびっくりするよ?」
    「…………」
    「どうでもいいって思ったでしょ」
    「……思ってない」
    「もー」
     夏太郎は大げさなため息を吐いて百之助にキスをした。目を合わせて、もう一度唇を重ねる。
    「俺の思い出の中に、百がいないの嫌だからね」
     むくれた夏太郎の声に百之助が笑う。
    「悪かった」
    「ん。いいよ」
     仲直りだ、と呟いた夏太郎の声が闇に溶けた。


    ────────────────
    25お互いを見つめる

     学校終わりに直行したバイトから帰ってきて夕飯も風呂も終えた夏太郎は、ベッドに寝転び頬杖をつきながら、ソファで小説を読んでいる百之助をじっと見ていた。
     百之助はその視線に気づいていたが、あえて無視をしていた。何か言いたいことがあれば話しかけてくるだろうが、何も言ってこないのだ。夏太郎のちょっとした暇つぶしだろう。
     そう思っていたが、さすがに十分も黙って見つめられれば気になる。何度も同じ文章を読んているが頭に入ってこない。コイツらは何杯コーヒーを飲むのか。
     顔を上げると当然のように夏太郎と目が合う。
     まだ夏太郎は黙ったままだが、先ほどまでと表情が変わった。瞳にキラリとした輝きが入る。百之助の好きな夏太郎の顔だ。嬉しそうな、きゅるんとした可愛い顔をしている。
    「……」
    「……」
     じぃ、と百之助を見ながら夏太郎が頭を右に左にと倒している。ずっと可愛い顔をしたままなので、これは自分の可愛さをアピールしているのだ。
    「夏」
    「なぁに?」
    「何、はこっちのセリフだろ」
     百之助は読んでいた本をテーブルに置いてベッドに上がる。夏太郎は端に寄って百之助の入るスペースを作った。窓際が百之助の定位置だ。初めの頃に「お客様だから」とベッドの奥側に寝かされていたのが、今ではそれが当たり前になる。
     これまで一度も寝ている間に夏太郎がベッドから床に落ちたことはない。お互い寝相がいいんだろうな、と話したこともあるが、あれだけくっついて寝ていれば落ちることもないだろう、とも思う。
    「ずっと人のこと見て」
    「んふふ。今日バイト中に聞こえた有線でさぁ、目と目で通じ合うって言ってて」
    「ほお?」
    「百に俺の気持ち通じるかなって」
     ベッドに二人並ぶと、夏太郎が嬉しそうに百之助の頬をむにむにと触る。その手を取ると、夏太郎がふふふと笑いながら百之助にすり寄ってきた。額を合わせて、百之助は「気持ちなぁ」とつぶやく。
     あんなに可愛い顔をした夏太郎が考えることは一つぐらいしかない。まだ二年半かもしれないが、もう二年半の付き合いになるのだ。夏太郎からの愛情表現は真っ直ぐで、純粋で、元気があって、分かりやすい。逃げようとしても、隠れようとしても、最短距離で百之助を貫いてくる。
     どうせ刺されるなら最初から両手を広げて待ち構える方がいい。
    「百かわいいーだぁいすき、だろ?」
     わざとらしく感情を乗せずに言うと、夏太郎はそれを気にする様子もなく
    「当たり!」
     と百之助に覆いかぶさってきた。ご機嫌な夏太郎の頬を撫でながらコイツが犬なら尻尾がもげそうなぐらい振ってるんだろうな、と思う。頬ずりされると夏太郎からシャンプーの香りがほのかに立つ。
    「じゃあ百の考えてること当てようか」
    「おー、できるのか?」
    「夏かわいーい、だいだいだいだいだぁいすき! でしょ?」
    「正解」
     感情たっぷりに答えた夏太郎の首に両腕をかけて引き寄せる。ついでに足も回してぺしゃんこにした。
     きゃあ〜、なんて嬉しそうな声を上げながら夏太郎が百之助に全体重を乗せる。
     その重みに、百之助は「悪くない」と満足そうに笑った。


    ────────────────
    26結婚する

     部屋に戻ってきた夏太郎は、ソファに座る百之助の足の間に座る。ふんふんと鼻唄を歌いながら、自分の両脇に立つ百之助の膝を軽く叩いてでリズムをとった。百之助も夏太郎の鼻歌に合わせて膝をパカパカ揺らす。
     正面に置かれたテレビは真っ暗で、楽しそうな二人を静かに映していた。
    「ふふふ」
     日付が変わると夏太郎の誕生日になる。明日は夏太郎がリクエストしたものが夕飯に上がるし、ケーキも大きいものが食べられる。プレゼントだって欲しいものを伝えてきた。
     自然と夏太郎は機嫌が良くなり鼻歌も溢れる、というわけだ。
    「夏」
     ハーフパンツのポケットをまさぐった百之助が、自身の膝の上に握りこぶしを置いた。
    「好きな方選べ」
    「えー? なになに、飴かな」
     夏太郎は握られた百之助の両こぶしをつつきながら「どっちにしようかな〜」と少し考える。
    「左!」
    「左だな?」
    「うん。なぁに、味が違うの?」
     百之助はたまに、こうやって握りこぶしの中に小分けのお菓子を入れて夏太郎に選ばせる。どちらを選んでも出てくるものが同じのときもあれば、味が少し違うもののときもある。最近二人の中で流行っている遊びだ。
     だから夏太郎は今日もそういうものだと思っていた。飴ならリンゴ味が食べたいな、なんて思っていた。
     なのに。
    「味、ねぇ」
     開かれた百之助の手のひらの上に乗っていたのは、銀色の小さな指輪だった。
     ころん、としたそれは部屋の明かりを反射してキラリと光る。
    「え? ……え?」
     もう一度夏太郎は百之助を振り返った。百之助が右膝をぱたんと倒したので、夏太郎はその太ももの上に自分の足を投げた。見上げた百之助は、目を丸くしている夏太郎を見下ろしてにまにましている。
    「ひゃくぅ?」
    「左がお前の」
     ん、と差し出された指輪を手に取る。輪になっているから指輪かと思ったが、指輪にしてはサイズが小さく、小指にすら入らなさそうだ。どうすればいいんだろう。指輪じゃないの? 夏太郎は指輪と百之助の顔とを忙しく見比べた。
    「ええー、じゃあ右は?」
    「右?」
     にや〜っと笑った百之助が、少し勿体ぶりながらゆっくりと右手を開く。そこに入っていたものは、今夏太郎が手にしているものと全く同じものだった。
    「えー? ええー?」
     自分が持っているものと百之助の手の中のものを見比べる。どう見ても、何回見ても同じ指輪がそこにある。一応百之助の手の上に並べてみても、やはり同じだった。
     くるくると入れ替えたらどっちがどっちのものか分からなくなるだろう。夏太郎は小指に指輪をはめてみたが、爪の途中で引っかかってしまった。
     百之助が夏太郎の肩を引き寄せる。
     夏太郎は百之助の胸に頭を預ける。
    「指輪、だよねぇ?」
    「指輪、だな。一応」
    「そう……、いつの間に?」
    「お前がバイトしてる間に」
    「ええー、でもそうかぁ。えー?」
    「ま、指にははめられないけどな」
     そう言って百之助はハーフパンツのポケットからネックレスのチェーンを取り出す。夏太郎の小指の先から指輪を抜くと、チェーンを通して夏太郎の首に留める。同様に自分のものも首から下げた。
    「学校にもつけるならこれぐらいがいいだろ?」
    「そう、だね? ええ? ねえ、百、これ……」
     顔の横にぶら下がっている百之助の指輪をつつく。確かに指輪をはめて学校に行くのは、今までしていなかった分気が引けるが、ネックレスであれば服の下にしまえるので気にならない。チェーンはどうしても見えてしまうけど、そこは目をつぶろう。
     夏休み明け、友人にいじられるとしても指輪よりネックレスの方が誤魔化せる。いや、二人の仲は公認なので今更隠したり逃げたりする必要もないのだが、好奇心でいじられるのはあまり好かない。だから指輪をはめるよりネックレスをぶら下げる方がいい。
     それは分かる。それは分かるのだが。
     ちらりと百之助が壁に掛けられた時計に目を向ける。ちょうど長針と短針が十二の上で重なった。
    「誕生日おめでとう、夏太郎」
    「ありがとぉ……え、で、ねぇ、これ」
    「十八歳になったからな」
     すり、と手の甲で頬を撫でられて、夏太郎は百之助のシャツを弱々しく掴んだ。
     百之助からの視線に熱がこもる。その目から逃げようと夏太郎は身をよじったが、百之助の腕がそれを阻む。がっちりと肩を押さえられているし、背中には百之助の左膝が背もたれのように立っている。仕方なしに夏太郎は体を縮めた。せめて少しでもその目から距離を取りたい。
     嬉しいことが起きるかもしれない。でも、まだ、覚悟していない。
     聞きたいけど聞きたくない。
     知りたいけど知りたくない。
    「ま、待って、ね? ひゃ」
     口を塞ごうと夏太郎が左手を伸ばすと、手首を掴まれて押し返された。
    「待たない。夏太郎、これは婚約指輪だ」
    「こん、やくぅ……」
    「そうだ。高校卒業したら結婚しよう」
     掴まれたままの夏太郎の左手のひらに百之助が口を近づける。目が反らせない。
     結婚? 俺と百が?
     夏太郎が返事をするよりも先に、百之助が薬指の根元にキスをする。べろり、と百之助の舌が絡んでくる。
     顔が熱い。心臓が痛い。涙がにじむ。
     嬉しくて嬉しくて死んでしまいそうだし、百年先も生きられそうな気もする。
     結婚して、家族になって、ずっと一緒にいるんだ。
     考えなかった未来ではないけど、話してはいなかった未来。百之助は少し、家族の話をしたくなさそうだったから。
    「予約、な?」
     笑った百之助に、夏太郎は何度も首を縦に振った。


    ────────────────
    27どちらかの誕生日に

    「今度の百の誕生日さ」
    「もう来年の話か?」
    「そう。だってさぁ、俺の誕生日色々もらったしさぁ」
    「指輪もな」
    「そう。これ、本当に嬉しいんだからね」
    「何回も聞いてる」
    「何回でも言うよ」
    「はいはい」
    「ふふん、ずっとつけてるし。百もずっとつけてるじゃん」
    「その為に買ったからな」
    「ふふー。ね、お揃い。じゃなくて、百はさぁ、誕生日に欲しいものある?」
    「欲しいものなぁ」
    「できるだけ頑張る」
    「……シフト増やすのか?」
    「んん、まぁ、そうなるよね」
    「やだ」
    「あー、出た。もー……」
    「お前が欲しい。そうだ、夏が欲しい」
    「それは……さぁ……」
    「欲しいものも特にない」
    「ひゃくぅ」
    「推薦もらえたからって油断するなよ」
    「ええ? それ今関係なくない?」
    「素行が悪けりゃ取り消しもあるんだからな」
    「怖いこと言わないでよ!」
    「だからバイトばっかしてないでなぁ……」
    「家でおとなしくしてろって?」
    「そうだ」
    「もー……。分かった、じゃあ百の誕生日は夢の海行こ」
    「あー」
    「お泊まりしても良くない?」
    「泊まるほど遠くないだろ」
    「そうだけどさ、いいじゃん。お泊まりデートだよ?」
    「……」
    「可愛い部屋もあるし」
    「……」
    「ひゃーく?」
    「部屋は俺が選ぶ」
    「やったぁ!」


    ────────────────
    28馬鹿らしいことをする

    「なんか、変なの」
     クローゼットの中の洋服ダンスの中身をひっくり返して、新居に持っていくものと捨てるものを分けながら夏太郎は呟いた。
     高校を卒業したら実家を出て百之助と二人暮らしを始める。と言ってもここから電車で三〇分ほどの距離しか離れていない。本当は実家からでも大学には通えたが、せっかく結婚するのだから二人で暮らしてみたら? と提案してきたのは他でもない夏太郎の両親だった。
     そういうわけであれよあれよという間に新居が決まり、引っ越しの日も決まり、こうやって準備をしているのだがどうにも現実味がない。部屋の中に積まれる段ボールの数はどんどんと増えているというのに、だ。
     空になった本棚を見上げる。百も家で箱詰めしてるのかな。つってもほとんど物がなかったからな。すぐ終わっちゃうんだろうな。
     そう思いながら掴んだのは懐かしのメイド服だった。広げてまじまじと見る。すっかり忘れていたが、やはりコレを着た百之助が見たい。でも二年前ですら入らなかったのだ。今更入る気もしないが、どうにか……何かのタイミングで……。
     夏太郎は目をつぶり、様々な可能性を計算する。百之助がメイド服を着ることを了承するかどうか、百之助の体がこれに入るかどうか。
     着ることに関して勝算があるかないかで言えば、正直ある。確実にある。
     お互いの強みは自分の顔で、お互いの弱点はお互いの顔なのだ。隠しようもない事実として、お互いにお互いの顔が好きなので強めにねだって断られたことはない。もちろん夏太郎も百之助の頼みを断ったことがない。
     問題は百之助の体が入るかどうかだが、最悪メイド服が破けるぐらいだろう。それはそれで興奮するかもしれない、と夏太郎は考える。ならば、答えは決まりだ。
    「馬鹿なことするな」
     と笑われるかもしれないが、夏太郎はメイド服を新居に持っていくものとして綺麗にたたむ。破けたら破けたで新しいものを買えばいい。そのときはメイド服じゃないものを買うのもありかもしれない。
     ミニスカポリスとか、猫の着ぐるみパジャマとか。


    ────────────────
    29可愛らしい事をする

     積まれた段ボールの横のソファに座る百之助を、ベッドの上から眺める夏太郎は「そういえばさぁ」と話しかけた。
    「ん?」
    「それ、百のも買う?」
    「それって?」
    「人をダメにするソファ」
     元々自分用に買ったものだが、百之助が思いの外気に入ってずっと使っている。どちらがより長い時間このソファの上で過ごしてきたかを調べたら、きっと百之助の方が長いだろう。もちろん夏太郎も使ってはいるが気がつくと百之助が先に座っているので、大人しくベッドに上がるか、一緒にソファを使うかになる。
     ちなみに夏太郎が先にソファにいるとき、百之助は絶対に一人でベッドに行かない。無理矢理にでもスペースを作らせて一緒に座る。
     おおよそ三年使い続けたそれは買ったときよりもボリュームダウンしているので、夏太郎としては新しいものの購入を検討していた。
     ここにそのソファを二つ並べるほどのスペースはないが、新居となれば話が変わる。二つ並べてもいいし、二人掛け用の大きなものを買ってもいい。
     百之助は自身が座るソファを見て、ベッドに寝転がる夏太郎を見て、もう一度ソファ、夏太郎と視線を動かす。それからゆっくり首を傾げた。
    「俺、の……?」
    「それに二人で座るのもいいけど狭くない?」
    「せまい……?」
     たどたどしく言葉を繰り返す百之助を見ながら、今度は夏太郎が首を傾げる。
    「二人用の大きいやつもあるけど」
    「これがいい」
    「へたってるよ?」
    「……このサイズがいい」
     それはつまり。
     黙った二人は首を横に傾けたまま見つめあった。
     夏太郎は起き上がってベッドから降りる。
     百之助は足を開いてソファに隙間を作る。
     空いた隙間に夏太郎は腰を下ろし、百之助を挟むように足を広げた。向き合って座ると、二人ともお互いの腰のあたりで指を組む。ふふふ、と笑った夏太郎は百之助の肩に顔を埋める。ぐりぐりと額を押し当てた。
    「大きいの買ったら、こんなくっつけないもんね?」
    「……」
     黙る百之助の首筋に口づけを落とす。夏太郎を抱く腕に力が入って抱き寄せられた。
    「ベッドもさぁ、大きいの買おうとしたら嫌がったし」
    「今のサイズでもずっと寝てるだろ」
    「でも流石にシングルでずっとは狭いでしょ」
    「狭くない」
    「寝返り打てないし」
    「う……てる」
    「打ててないよぉ」
     がぶり、と甘噛みをすると、百之助の頭が倒れてきた。くっついて寝るのは好きだけど、健康のためにも寝返りを打つスペースは確保しないといけない。これから先も、長くずっと一緒にいるためには、お互い健康第一だ。
     そういうわけで新居のベッドはダブルサイズになった。そこが広いならソファが狭くてもいいか。
     百之助の頭と肩に挟まれながら夏太郎が笑う。
    「ひゃーく、楽しみだね」
    「ほんとにな」
     あと三日で、二人だけの生活が始まる。


    ────────────────
    30「ホット」(暑い・熱い・情熱的・えっち)な事をする

     夏太郎はコンビニでお湯を注いだカップそばの中身がこぼれないよう、細心の注意を払って床へ置いた。
     それから改めて空っぽの部屋を見渡す。段ボールすら置かれていない百之助の部屋は、ここでどういう生活をしていたのか全く予想がつかない。ワンルームのこの部屋は、夏太郎が背を向けている突き当たりの窓から一直線に玄関が見えて、その右手に小さなキッチンと洗濯機置き場、左手にユニットバスがあるだけだ。
     今この部屋にあるのは寝袋が二つと、二人分の小さなカバンと今しがたコンビニで買ってきた夕食だけだ。せっかく最後の日になるのだから、と泊まりに行きたいと主張したのは夏太郎で、百之助は渋々といった様子で了承した。
     初めから百之助は荷物が少なかった。前に来たときもがらんとした印象の部屋だった。なので新居に持ち込む荷物は段ボール二つ分と言われても、それほど驚かない。が、やはりここでどういう生活をしていたのかは想像できない。
     夏太郎がスマホで時刻を確認すると、そろそろカップそばが食べ頃だ。ぺりぺりと蓋を剥がしていると百之助がトイレから出てきた。
    「そろそろだよ」
    「分かった」
     個包装になった七味を三袋入れる百之助を見て、夏太郎も一袋だけそばにかけた。
    「いただきます」
    「いただきます」
     二人で手を合わせてカップそばをすする。
    「でも引越しそばって、引越し先で食べるんじゃないの?」
    「…………明日はお前の親と飯行くんだろ?」
    「行く。全部まとめたお祝いで」
    「だろ? だからだよ」
    「そっか」
     ずるるるると麺をすすりながら夏太郎は納得した。
     明日は結婚祝いと大学合格祝いと就職祝いと高校卒業祝いと引越し祝いで、家族みんなで食事会をする。それぞれ一つずつ祝ってはいたが、せっかくだから全部まとめて豪華に祝おうという話になった。
     引越しの当日にやるか? と思ったが、それぞれの予定を合わせようと思ったらそこしかなかったので仕方ない。
     夏太郎は慣れない七味の辛さに、買ってきたお茶を飲みながら百之助を見る。自分は一袋だけ入れてこれなのに、その三倍入れている百之助は涼しげな顔をしてそばをすすっている。
    「辛くないの?」
    「慣れた」
    「そっか」
     手の甲で額の汗を拭う。この辛さもいつかは慣れるものなのか。百之助がおいしいと思うものを、俺もおいしいと思えたら嬉しい。無理のない範囲でやってみると決めた。
     目が合った百之助が笑う。
    「そんなに辛いか?」
    「辛いよ。暑いし」
     とはいえ夏太郎はつゆまで全部飲み干した。二人分のゴミをまとめてから、百之助の隣に座る。
    「へへ」
    「なんだよ」
    「んんー、ちょっと、緊張、してる」
    「緊張?」
    「だってほら、その……初めてだし」
    「ははァ」
     笑った百之助の手があぐらをかいた夏太郎の太ももを撫でる。びくりと体を揺らした夏太郎は、うるんだ瞳で百之助を見た。少し汗をかいてうなじがしっとりしている。
    「日付変わったらな?」
    「分かってるよぉ……」
     日付が変わって四月になれば、二人とも肩書きが高校生ではなくなる。大学生と社会人だ。自己責任の範囲が広がる。やれることが増える。
    「百は?」
    「何が」
    「は、初めて……?」
     百之助の手に自分の手を重ねる。太ももを撫でるのを止めた百之助は、大きな黒目で夏太郎をじぃと見てきた。その目に射抜かれて、指先から冷えてくるのが分かる。
     なのに顔が、体が熱い。百之助の親指が夏太郎の手の下でわずかに動く。それだけで、もう。
    「夏」
    「ひゃ」
     名前を呼ばれて、返事をする前に口を塞がれる。
     そのまま肩を押されて、ゆっくりと床に倒された。一つにまとめていた髪が解かれる。
     優しく髪を梳かす百之助の手が気持ちよくて、夏太郎は顔がゆるむのが分かった。甘えるように甘やかしてくれるこの手が好きだ。この目が、この人が好きだ。
     視界に入るのは大好きな百之助の顔だけで、手を伸ばせばその柔らかい頬に触れる。ふにふにと揉むと、その手を掴まれた。
    「安心しろ。俺も初めてだ」
    「わぅ……」
     鼻先がぶつかる。
     どちらのものか分からない呼気が熱い。
     夏太郎は空いてる左手で百之助の頭を撫でた。整髪料で整えられたこの頭も、しばらくしたら乱れてしまうのだろうか。その理由が夏太郎自身になるのか。
    「声、我慢しなくてもいいからな」
    「ええ? でも、お隣さん……」
    「耳の遠い爺さんだ。どうせ聞こえねぇよ」
     そう言って百之助は夏太郎の上に跨る。腹の上に感じる百之助の重さに、夏太郎はより心臓が痛くなった。
     待ちに待った瞬間がすぐそこまできている。というのも変な感じだが、待ってなかったと言えば嘘になるが、そこまで意識していなかったような気もする。
    「百之助」
    「夏太郎」
     名前を呼ぶ。
     耳を揉む。
     額がぶつかって唇を重ねて。
    「ま、まだ八時……」
    「あと四時間あるなぁ」
     それから、それから。
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    DONEこれは……いつか本になるから……と自分に言い聞かせて書いた夏尾……フォロワーが描いた夏尾見て書いた……わああああああああってなりながら……書いた……いつか本になるから……原稿といっても間違いではない……………
    まぐれ、気まぐれ のし、と頭に重さがかかる。確認しなくても分かる。尾形さんが俺の頭の上に手を置いたのだ。しゃがんだ姿勢のまま、俺は木の陰から一匹の鹿を見る。
     遡ること一時間前。
     俺はもっと土方さんの役に立ちたいと思い、茨戸からずっと持っているピストルの腕を上げようと考えた。せっかくなら誰かに教えてもらいたいな、と思ったのでまず最初に有古さんと都丹さんに声をかけた。普段からピストルを使ってる都丹さんや、従軍経験から有古さんなら! と考えたのだ。ところが二人は用事があったようで断られてしまった。
     そうなるととても困る。残っているのは永倉さんと牛山さんと門倉さんとキラウシさんと尾形さんだ。その中で可能性があるとしたら……尾形さんだよなぁ。もちろん尾形さんだって従軍していたし、そうでなくても狙撃の名手だ。射程距離がちょっと変わったくらいで下手くそになるとは思えない。とはいえ、尾形さんにお願いしたところで聞いてくれるとは思えない。
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    もっといっぱいください!「へー、血液パックの宅配もやってんだ……」
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     男の人しかいないかと思ったけど、女の人もいるんだな。前からマッチョの血液は美味しくて栄養満点とは聞いていたけど、何だか手が伸びなかったのは気軽に買える場所に店がなかったのと、なんとなーく飲んだら自分もマッチョになりそうで二の足を踏んでいた。
     マッチョになるのが嫌っていうか、マッチョになって制限がかかるのが嫌というか……。両腕が閉じれないとか、着れる服が限られるとか、注射の針が入りにくいとか聞いていて、えー、じゃあソフトマッチョぐらいがいいなぁ、と思っていたのだ。まあ、今はソフトマッチョを目指している最中だから、多少のマッチョ成分を取り入れたところで問題はないんだけどさ。
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