あの夜を超えて朝を迎えると何故かみんな生きていた。『何故』はエドさんや凛子さんたちが調べているけれど僕は麻里やKKたちが生きていれば理由なんてどうでも、ではないけど、良かった。
麻里は元気に高校に通ってるし、KKは復縁する気はないみたいだけど刑事に復職して祓い屋は副業にするらしい。国家公務員って副業OKだっけ?そこは凛子さんが上手くやるんだろう。
僕も大学卒業のために卒業論文や就職活動をしている。何社か内定をもらったんだけどKKにオマエも祓い屋を続けないかと誘われたので副業OKのところを選ぶつもりだ。
正直オマエはオレたちと離れて真っ当な生活をしろと言われると思っていたから嬉しかった。あの夜を経てKKは僕にとって相棒であり人生の先輩であり好きな人になってしまったからだ。離婚しているとはいえKKには妻子がいるのだから伝えるつもりはない。けれど祓い屋に誘われる時に
「これからの人生にオマエがいないのは考えられない」
って言ってくれたからそれで十分だった。
麻里との生活や大学生活に問題がないか心配はしてくれるけど意外と彼女はとかそういう話はしてこないし、依頼以外にも日中に渋谷探索したり行きつけのお店を教えてくれたり僕の行きたい場所に付き合ってくれたり、年の離れた友人として?いい距離感で過ごせていたと思う。
社会人になってもそれは変わらず、僕たちは日中は表の仕事をして、裏では依頼があれば化け物退治をしたり悪霊を祓ったりしていた。
あの夜から般若がいなくなったお陰で僕たちが出動するような依頼は激減したらしいけど、依頼がなくても僕たちは週末にご飯を食べたり飲んだりしていた。
麻里が夏休みに入って志望校が決まり、その大学の近くに住みたい。絵梨佳ちゃんとルームシェアがしたいと言い出した。
確かに麻里が希望する進路に合った大学だし、学力的にも経済的にも無理がないけどここから公共交通機関を使って通うのは面倒な立地だ。今絵梨佳ちゃんが住んでいる場所からなら通いやすいのも事実で。
「それにお兄ちゃんもそろそろおじさんと住みたいでしょ」
「えっ、KKと!?」
麻里には僕がKKのことを好きだとバレていないはずだ。前に
「お兄ちゃんってKKさんのこと好き?」
と聞かれて内心驚いたけど平静を装って
「そりゃあ好きだよ、何だかんだで良い相棒だし師匠だからね。煙草減らしたり塩分控えたり靴下脱ぎ捨てるのはやめてほしいけどね」
と続けると自分から聞いたくせにふーんと興味なさそうに背中を向けて
「まあおじさんなら仕方がないか」
と呟いて自分の部屋に行ってしまった。
おじさんだけど、最近は改善しつつあるって凛子さんが楽しそうだったから仕方なくないと思うんだけど。
とにかく麻里の将来は応援したい。でもどう考えても『KKと住みたい』には繋がらないだろう。
なのに次にアジトに行った時に報告書を書いていたKKが煙草を灰皿に押し付けて絵梨佳から聞いたがと前置きして
「で、どうする……一緒に住むか?」
と聞いてきたので驚いた。何でとかどこにとか奥さんと子どもさんはとか色々と疑問に浮かぶ。でも本音を言うとKKと同棲、もといルームシェアは僕の感情的にも経済的にもとても魅力的だ。なので僕は疑問を飲み込んでチャンスにしがみつくことを選んだ。
「KKがいいなら……」
「いいも何も、オレは元から……」
珍しく口ごもったKKはビジネスバッグから袱紗を取り出した。わざわざ僕の前に立って、中から数珠を取り出す。
「新しい数珠?」
今は基本的に護身珠を着けている。さすがに三つはスピリチュアルっぽいし、他のは仕事の時だけでいい。KKが取り出したのはそれによく似た更に質の良さそうなものだった。
「護身と、霊視するともうひとつの数珠と共鳴して方向がわかる」
もうひとつと言われてKKの手首を見ると同じものが装着されていた。つまりKKと繋がってられるってことだ。
「……こんなのもらっていいの?」
「本当は誕生日にやるつもりだったんだが、早い方がいいだろ」
まあ身を守るものならそうかもしれない。仕事柄森の中やビルの上を走り回ったりするからお互いの位置がわかった方がいいし。
「まあ麻里の高校卒業までまだあるからゆっくり考えてくれ」
数珠を左腕に着けられて僕はプロポーズされたみたいだと呑気に考えた。
新社会人は当然忙しく、かといって祓い屋稼業も疎かにしたくないし、麻里の受験も手伝ったりしてあっという間に年が明け、合格通知と共にアジトメンバーを含めたお祝いと二人分の引っ越しの準備が始まり、気がつけばKKの家を遅い大掃除をして空けた部屋に僕の荷物が運び込まれ、麻里との数年ほどだけど思い出の家は引き払われた。
「えっ、本当に一緒に住んでいいの?」
「何を今更」
オレとオマエの仲だろ、と呆れたように言われてそういえばKKは一匹狼を気取るけど寂しがり屋だったと思い返した。
最近健康に気を使いだしたし、僕の手料理が食べたいと言っていたから家賃の代わりに作れということなのだろう。別に僕も大したものは作れないんだけど。
基本的に掃除と食事当番は僕、洗濯とゴミ出しはKKになった。特にKKは不定期な仕事なので基本的にだけど。それからいくつかルールを決めて僕たちのルームシェアは始まった。
既にお互いのことはよく知っているし、KKが多少やらかしても許せるしいざとなったらハッキリ言うので問題なく過ごせていると思っていた。休みの日は買い出しに行って、足りない時は連絡すればKKが買ってきてくれたりもした。
空気清浄機を買ったらそこでしか吸わないし、そもそも煙草の数は減っていっていた。
僕の仕事も順調でまだ二年目だけど先輩になったし、KKの本職も人に任せることを覚えて残業が減ったらしい。麻里と絵梨佳ちゃんも凛子さんの助けも借りつつ楽しくやっていて、よくアジトに来る。
だから金曜日の夜にソファで寛いでいたらKKに押し倒されてキスされた時は飛び上がるほど驚いた。
「エッ、今……きっ?えっ!?えええ!?!?」
「ンだよ、Z世代はキスもナシかよ」
アリかナシかで言われたら全然アリだけど!ていうかKKが考え事をする時に煙草じゃなくて唇を指でムニムニ弄ってるのを見てキスしたいって思ってたけど!
夢じゃないのかと頬を抓ってみたら痛かった。何してるんだとKKが鋭い視線を落としてくる。
「な、何で!?」
「ガキだって付き合ってたらキスくらいするだろ……ましてオレたちは同棲してるんだからいい加減」
「付き合ってる!?同棲!?いつから!?」
ハア!?とKKが僕に覆い被さったまま素っ頓狂な声を上げた。
「一緒に住んでるだろ」
「ルームシェアじゃないの?」
「数珠をやった」
「護身と誕生日プレゼントじゃなくて?」
「好きっつっただろうが」
「いつ!?!?!?」
「オレの行きつけの飲み屋で!オマエの初めての誕生日祝いに!」
そうだっけ!?僕は記憶を引っ張り出す。お酒はそんなに強くはないけど記憶を飛ばすほどでもない。あと誕生日だからと奢ってもらって万年筆ももらったのでその時のことは結構覚えている。
確かに一時期主に般若のせいで人間が嫌いになったがオマエのお陰でそれなりに好きになれたとか言っていた。僕は元々KKは優しい人だと返して。それでもオマエが一番だと。
「相棒って意味じゃなくて!?」
「相棒に好きなんて言うかよ」
そういうものなの!?KKとは世代差もあって感覚がズレることも多々あるけどまさか告白でこんなにすれ違うなんて。告白!?
「えっ、KKって僕のこと好きなの???」
「でなきゃ仕事外でツルんだり馬鹿高い揃い数珠をやったり一緒に住むかよ!もしかしてオマエ……一年半以上付き合ってると思ってたのはオレだけかよ!?」
ショックを受けるKKに返す言葉がない。
そう言われれば二人で出かけたのはデートだった?僕もそうだったらいいなと思ってオシャレしてたけど。KKもちゃんとした格好で僕はこっそり惚れ直してた。好きとかオマエがいいって言葉は愛の告白?あの夜で反省してからの素直な感想だと思ってた。デイルさんたちもKKはよく話すようになったって言ってたし。奢りたがってたのは年上だからではなく彼氏だから?いや僕も男だけど!それに妙に優しいのは身近に保護者のいない僕や麻里の身の上とかを心配してではなく?いやでも絵梨佳ちゃんにも優しかったし。でもよく考えたらKKは基本的に男性に厳しく女性に優しいから僕が特別ってこと?喧嘩してもルームシェアを止めるとは言わなかったのは別れることになると思っていたから?そういえば頭を冷やそうと僕が出ていこうとしたら必ず止めてKKが散歩と称して外に行っていた。
ようやく、年を跨いで、KKから向けられていた好意を理解して僕は全身が熱くなってきた。
一方でKKは顔を背けポケットを探る。でも随分前から煙草は常備していない。
「なんだよ……もしかしなくても久しぶりの色恋に舞い上がってたのはオレだけか?」
「だって……KKは絶対に僕のことそういう対象に見てくれないって思ってたから」
ただの相棒で師弟。それでも十分過ぎるくらい特別扱いだ。
だから、まさか、KKが僕のこと好きだなんて。
今度はおでこにかさついた唇の感触。またキスされたと理解すると顔が沸騰しそうになる。
「つーことはオレの気持ちは伝わってなくても、オマエも同じだと考えていいんだよな?」
「そりゃあ……僕だって休みにわざわざ会ったり一緒に暮らそうと思ったのはKKが好きだからで……!」
今度は舌が入ってくる。巧みな舌使いに必死に応えて背中に手を回して。
「いいってことだよな?」
僕が誤解しないようにはっきり言って!