「こういうの見るのわりと楽しいよな」
「そうなのか」
肩にかけた鞄を正し、家具を眺めながら荒船が発した一言に、村上は少しばかり驚いていた。その反応を受けて辺りを見渡していた荒船が質問を投げかける。
「お前はあんまり興味ないのか」
「楽しいとは思うけど…拘りはないかな」
「成程な」
村上は家具を見ることに対してではなく、荒船がこういった場所を楽しんでいることを意外に思ったのだが、伝わらなかったようだ。
「じゃあ…今日付き合わせて悪いなと思ってたんだけど、良かった」
「おう。わりと乗り気だぞ」
しかし、自身の用事に付き合わせてやって来た場所でそう言われれば少なからずありがたかった。
支部のカーテンが汚れたのは今朝のことだ。明るい布地に本物の悪こと別所太一が珈琲をかけてしまった。洗う為にと外したところ足で踏んだまま持ち上げ更に裂けてしまったのだ。流石に新しいものを買おうと判断が下されされ、村上が出掛けるついでにと購入に名乗りをあげた。近くに大型インテリア用品店があることは知っていたが、入ったことはない。もとから会う約束をしていた荒船が土地勘のある人物だったため頼ることしにしたのだ。申し訳なさそうな後輩の姿が蘇る。荒船の台詞も添えて新しいものを持ち帰ろうと決めた。
「お前は支部の部屋に引っ越した時どこに買いに行ったんだ」
「すぐ寝れるようにつけてくれてあったんだ。それをそのまま使わせてもらってる」
「本当に拘りないんだな」
「荒船は?自分の部屋のカーテンって自分で選んでるのか」
「今のはそうだな。けど買ったのはホームセンターだった」
こういった店で時間を過ごすこと自体を楽しむというよりは、インテリアの類いを眺めることが嫌いではないということらしい。そして必要性の有無がまず真剣に選ぶ基準になるようだ。何となく得心がいった。
「買うとか住むとかは別にして見たことある部屋に近いやつ探すのはテンション上がる」
「そういう楽しみ方なんだな」
「まあ、だからいざ自分のものを買う時にも積極的に選ぶとは思う」
それに、映画などで見た部屋の再現を想像するのは確かに面白そうだ。
「色は?」
「センスとか自信ないし、無地で前のと似たやつにしようと思ってる」
「決まってるなら暫く歩いてみるか。せっかく来たし鋼が必要なもんあれば見ようぜ」
二つ返事で頷く。いま必要なものは特に思い浮かばななかったが、荒船がそれを求めて滞在しようと言ったわけではないとわかった。今日の経験おかげで自分の部屋のカーテンを変える時が来ても一人で来れるだろう。それは言わずにおく。
こんなに乗り気でいてくれるなら、自分のものも頼めば一緒に選んでくれるかもしれないと思ったからだ。
「お前となら一緒に選びに来てもに揉めないだろうな」
「えっ?」
「家具の趣味とかで意見食い違ったりしねえだろ。親御さんからしたら手が掛からなかったんじゃないか」
一瞬、甘えにも似た期待を読まれたのかと疑ってしまう。
「…荒船隊は、みんな持ち込んでるもの個性的で自由だよな」
「流石にケンカまではしてねぇぞ。整理したし…まぁ、あの荷物がそれぞれ自分ちにあるなら部屋は特色でるか」
頭の中に隊員達の私物を並べているらしい荒船は、次には見たことのない部屋を空想したようだった。
「お前とルームシェアとかしても内装でケンカになることないな」
「それは、そうかもしれない」
「そうだろ」
日用雑貨の並ぶ棚の間を進みながら、村上は会話をしつつも頭が混乱していると自覚し焦っていた。鈴鳴支部では共同生活をしているが、あくまで建物は組織の支部なので住居とは少し雰囲気が異なる。ルームシェアとなればまた別物だろう。だから、想像して混乱している。表情はできれば見られたくないと思った。
「荒船、下の階に行ってもいいか……」
「下?一階ってことか。ガーデニング用品だぞ」
「…うん」
村上自身、なぜ照れているのかはよくわかっていない。
荒船好みの部屋を把握できてしまう前にと、ろくにフロアを確認せずに移動を願い出る。失敗したと思いはしたが一先ずは場所を変えたい気持ちを優先してエスカレーターへと向かった。き村上は、知れば必ず覚えてしまう。今後意識しないことは難しいだろう。彼の趣味をあえて避ける手段はとれるが、そこまで考えるのは意識しているに他ならないはずだ。そのつもりがなくとも師匠の私生活まで教えてもらうような行為は気恥ずかしい。弟子からの憧れが過ぎる、と思ったのだ。
何時になく自分の趣味を語る荒船自身の思惑は知らないまま、村上は狭い足場に乗った。
「最近こういう瓶詰めの花よく売ってるよな」
「瓶詰め……ハーバリウムって呼ぶみたいだぞ」
「なんだよ」
「食べ物みたいだなと思って。瓶詰めって言い方」
「あー。確かに」
結局は他の階にも移動したのだが最下層で暫く時間を潰せたのは予想外だった。
翌日、影浦もハーバリウムを瓶詰めと呼んでいたことが発覚する。