「先輩、イコさん以外にダメって言いませんよね」
「んなことあらへんやろ」
「あくまで'ダメ'って言い方の話ですって。あかんとか無理とかは俺らにもばんばん使わはるけど、ダメって実はあんま使わはりませんよね」
「別にばんばんは使うてへんわ。その言い方やと俺めっちゃケチつける奴みたいやん」
「贔屓ですか!?」
「海、その言い方はあかん。誤解深まる」
「イコさんとマリオからも水上先輩になんか言うてくださいよ〜」
誰が持ち込んだかわからない雑誌に掲載されたこじつけのようなクイズに目を通していた。
さっきまで隣で海とその回答について話していた穏岐が、暇を持て余したと言わんばかりに水上へ話し掛ける。所謂うざ絡みにも似た後輩達からの攻撃にも動じず、水上は雑誌の頁を捲る。
「贔屓はあかんでー」
「もう一声」
穏岐おまえ面白がっとるやろ、と言いかけたところで生駒が顔を向ける。水上もつられてそちらを見た。隊長との相談事優先か、オペレーターは資料に視線を落としたまま談笑に加わる気はないようだ。
「ダメダメダメやで」
それ俺がわりと真面目な時に使うたヤツでしょ。という台詞もまた、思い浮かんだにもかかわらず口から出ることはなかった。代わりに飛び出したのは、そんな指摘よりよほど無意味で馬鹿げた感想だ。
「そのダメは俺に効く」
水上が横目でスマートフォンの画面を眺め、肘を着きながら茶を飲んでいた時のことである。
「ダメやで、水上」
目が泳いでしまった。どうしてか目ではなく口を隠してから、そっと瞼を伏せる。そうして覗き込んでくる相手に抵抗したのだ。同時に顔に触れた手で顔に熱が集まっていないことを確認した。
「ほんまに効くんやなぁ」
「意地悪いっすよ」
「ごめんやで」
興味津々の大きな目玉から逃れ、息を吐き出す。呆れたわけではなく好意が増したので気を落ち着けたのだ。生駒の素直さは皮肉屋と自負する水上にとって美徳でしかない。
大人しく引き下がった生駒は立ち上がりコップに飲み物を注ぐ。
「お前も飲むか?」
「…お願いします」
互いの存在にすっかり慣れた水上の私室。これもまた慣れたコップの受け渡しを行ないつつ、生駒が途切れた会話を続けた。
「せやけど何でもちょっと共感してもらえたと思うと嬉しいっちゅうか楽しいやん。せやろせやろーみたいな」
貰った飲み物に口をつけたところで、水上は空気ごとそれを喉に通してしまう。咳き込んだあと、慌てる生駒を見上げながら低い疑問符を発した。わざとではない。
「は?」
その低音と表情の抜けた顔に戦いたように肩を跳ねさせた生駒はしかし、頬ではなく水上の耳が赤くなっていることに気付く。反応が宜しくない。不意打ちで言ってはいけなかった。つまりダメということらしい、と察したのだ。生駒の口元がゆるむ。察された側も、そうとわかって首にも赤みがさしていく。
「俺もお前にダメ言われんの癖になってるとこあるわ」
口が動いたにも関わらず今度の「は?」は声にならない。
「あれ、言うてへんかった?」
言わずもがな、その新事実は水上には効果覿面だった。