美味しい釜飯の作り方 もう夕飯食べた?まだなら一緒に食わん?
任務終わりに確認したスマホに届いていたメッセージに誘われ弓場は某大手チェーン店の格安居酒屋に赴いていた。『安い・旨い・早い』の三拍子が揃ったこの店は全国の大学生を中心に広く親しまれており弓場も定期的にお世話になっている。週の半ばにも関わらず賑わう店内を見渡せば、目当ての人物はこちらに気がつき手を振った。
「待たせたなァ」
「むしろ早くて驚いたわ。弓場ちゃん実は腰にジェットとか搭載しとる?」
そう言ってこちらにメニューを手渡してきた生駒は既に新メニューと思われる鉄板焼きで一杯よろしく始めていた。酒が強い割に甘い酒を好む生駒らしく、生駒の手元には可愛らしいさくらんぼとバニラアイスが乗っかった緑色のグラスが抱えられている。これも今季の新メニューというやつだろう。弓場も若干そのメロンクリームソーダ酎ハイに心惹かれつつ、ザッとメニュー表に目を通した。
「あ、釜飯はバッチリ先に頼んどいたで。時間かかるもんな、あれ」
「流石じゃねえか。釜飯食わねえと始まんねえからな」
「分かる。食べ過ぎてお袋の味みたいなとこあるもんな」
「いや、それはねえな」
「急に突き放すやん」
生駒は真顔でショックを受けながらバニラアイスをスプーンで掬った。
任務終わり、このように生駒が突然弓場を夕飯に誘うことはよくあった。元々が京都出身で知己の友人がゼロの状態であった生駒にとって、同学年で共にボーダーに所属している弓場はご飯に誘いやすいメンツの内の一人なのであろう。「一人で飯食うんは寂しいもんな」と以前より口にしていたこともあり、ご飯を誰かと共に食すことは生駒にとってそこそこの死活問題なのかもしれない。ただ、それもここ最近では頻度はグンと減っていた。いや、むしろ特定の場合以外は弓場を呼ばなくなっていたはずだ。弓場は今日誘われた原因にあたりをつけつつ、注文したメロンクリームソーダ杯で喉を潤してから口を開いた。
「水上は今日は大学か? それともどっか飲みに行ってんのか?」
「え、まだ俺なんも言うてないのに……」
「何度も同じ理由で呼ばれてりゃ流石に察するだろ」
一年ほど前から生駒に恋人ができた。相手は生駒と同じ隊に所属する後輩の水上で、よく生駒の後ろに引っ付いて行動を共にしていたのは見かけていた。射手として戦況をコントロールするのが上手く、ランク戦でぶつかっては総がかりで集中砲火を喰らう陣形に追い込まれるなどの煮え湯を飲まされてきたが、個人としての印象は薄い。精々生駒の飛び交う話の中によく出てくる後輩の一人で、蔵内などと仲が良さそうといったくらいだ。以前ならば。しかし最近では水上の下手な知り合いよりも水上のことを知っている自負が弓場にはあった。なんせ生駒が水上の話をこれでもかと話すようになったからだ。
水上と生駒の関係を知っているのは弓場とその他数名の片手で数えられる程度の人間らしく、話したがりの生駒にとって恋人の惚気話ができる数少ない機会ということで、水上が出かけて生駒が一人で夕飯を食べる日は決まって弓場に誘いがかかった。お陰で弓場は水上が朝が弱く、いってらっしゃいのキスをしないと拗ね、テレビの犬を可愛いと褒めると「俺のほうが可愛いですけどね」と張り合ってき、夜も一緒にベッドに入らないと「寒いやないすか」と拗ねることを知っている。水上は六割くらいの打率でよく拗ねていた。なので今日も同じ理由で誘われたのだろうと訊ねれば、しかし予想に反し生駒は「うーん」と眉間に皺を寄せ腕を組む。
「ちげえのか?」
「んー、まあ家にはいないっちゃ居ないんやけど」
「だけど?」
「実はなあ、水上と喧嘩してもうて」
そう言って気まずそうに釜飯の下で揺れる火に視線を落とす生駒に思わず弓場も動きを止める。なんせ生駒とは付き合いが長いが、怒る生駒を想像できない程度には生駒は穏やかで気も長い男であったからだ。水上はまだしも生駒が怒るとは何事だろうと話の続きを促せば、これまた珍しく生駒は言葉を選ぶように何度か口を開けたり閉じたりを繰り返すと、ようやく話を始めた。
「あいつちょっと嫉妬しいのラムちゃんボーイなとこあるやん?」
「そこまで可愛いもんじゃねえだろとは思うけど、そうだな」
「そんで今日もまあ、そんな感じの話になって。俺のインスタにタカシ出過ぎで近過ぎやろって言われて。まあそれはいつものことやしただの話のきっかけなんやけど」
「あのよく一緒に大学でつるんでる」
「でもそっから今日はちょっと、俺のお見合いの話とかも出て……」
「あぁ……」
「断ってるんやで? それは水上にも言うてるし。でもそっちの話に逸れたあたりでちょっと俺も意地悪な気持ちになって『そんな信用ない?』って言うてもうて」
「なるほどな」
「そしたらあいつ謝って、『頭冷やしてきます』言うて家出てってもうて。んで俺も一人で家で待つのは寂しくなり今に至るという、わけ、ですね」
生駒はそこで言葉を切るとまたゆらゆらと燃える釜飯の炎に目を向ける。生駒の手元のメロンクリームソーダ杯はすっかり汗をかき水浸しになっていた。なるほど、先ほどから気になっていたもう一つの事象にもこれで理由がついた。
「じゃあさっきからお前のスマホの通知が鬼ほど鳴ってんのは」
「家に帰ってきた水上が鬼電とメッセージを飛ばしてきてますね」
「ふーん。ちなみに今晩は帰る気あんのか?」
「うぅ、いや、仲直りした方がええのは分かってるんやけど……」
「けど?」
「時間が経てば経つほど俺も後悔が押し寄せてきて。恋人おるのに何度も見合い話きてたらそら不安になるよなとか、それなのに意地悪な言い方したなとか。あと怒ってる水上怖いし……」
「あぁ? ビビってんじゃねえぞ!」
「待ってや、こっちも怖かったわ。前門の水上、後門の弓場ちゃんや」
つまり話をまとめるとなんてことのない、ただの痴話喧嘩というわけだ。ただそれが滅多に喧嘩することのない二人であるので仲直りのきっかけが掴めず右往左往しているということだろう。弓場は先ほどから絶えず震え続けていた生駒のスマホに少々引きつつ、ぼんじりを串から外した。
「ここでグダグダ言ってても仕方ねえだろ。こういうのは長引かせても意味無いしな」
「分かってるけど。でも自己嫌悪で水上に合わせる顔が無いって言うか」
「じゃあ逆に聞くが、お前が家に帰ってきたら家で待っていたはずの水上がなんの連絡も無しに消えたらお前はどう思う?」
弓場の言葉を聞き生駒が弾かれたように顔を上げる。まるで夢から覚めたかのような顔であった。
「心配になるな、それは」
「だろ?」
「弓場ちゃん、呼んどいて悪いんやけど俺そろそろお暇するわ」
「まあ、そうだな。迎えも来たしな」
「え?」
生駒の背後を指差した弓場に釣られ生駒が振り返る。振り返った先、そこには息を乱した水上が入り口付近で店内を見渡す姿があった。手を挙げて呼んでやれば、こちらに気がついた水上が小走りで近寄ってくる。生駒は何度も弓場と水上を交互に見ると、「なんで?」と目を丸くした。
「俺が呼んだ」
「はぁ、はぁっ、ゲホッ、はぁ、はぁ、見つけ、ましたよ、はぁ」
「ちょお、大丈夫か? ひとまず水飲み?」
「ゲホッ、はぁ、あのっ、はぁ、イコさん」
「お?」
今にも死にかけといった様子の水上が生駒の肩を掴む。額に伝う汗が、水上が随分と生駒のことを探し回っていたことを教えた。
「俺、あの、はぁ、あんたがおらんと、夜も眠れんし」
「え、え?」
「飯食うても美味く無いし、正直一人の夜とか暇すぎて、はあ、ほんま、最近だとどうしたらええか、分からんくて」
「お?」
「だから、頼むから、俺んこと……、捨てないで、ください」
段々と語尾が小さくなっていくと共に水上の頭も下がっていく。驚きでポカンと口を開けた生駒は錆びたブリキ人形のように首を動かすと助けを求めるかのような視線を弓場に送った。
「ほら、水上も頭下げてることだし帰ってやったらどうだ」
「弓場ちゃん……」
「心配しねえでもこの釜飯は俺が責任とって食ってやる」
「お、俺が頼んだ釜飯……」
そうは言いつつも生駒は引っ掛けたコートを取ると席を立つと、飼い主に叱られた犬みたいになっている水上の手を取った。
「埋め合わせは今度するな」
「ラ・メールのパウンドケーキ」
「それいつも瞬殺で売り切れるやつやん」
ボーダー近くの人気のケーキ屋のパウンドケーキを頼めば生駒からクレームが飛ぶ。けれども真面目で義理堅いやつだ、弓場がこう言えば後日何がなんでも土産を片手にやって来るであろう。去りゆく二人の背中を見送りながら、弓場は期待に胸を膨らませた。
釜飯は少し冷めてはいたが、良いことをした後だからかいつもより美味しく感じた。